【完結】発情しない奴隷Ωは公爵子息の抱き枕

亜沙美多郎

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番外編 エリペールとマリユスが離れていた一年間のエリペール視点のお話

エリペールの一年間④

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 若さだけでどうにか耐えていたのだと思う。
 殆ど眠れず英気を失っていく日々。
 仕事に没頭することでマリユスへの想いを誤魔化してきた。
 体力面と精神面、同時に崩れ始めているのにそれを無視した。
 しかし一度躓いてしまえばそこからの転落は止められず、ベッドに背中が張り付いているかのように動けなくなった。

「エリペール様、エリペール様、聞こえますか? お体、拭きますね」
「……あぁ……頼む……」
 リリアンではない侍女に、抑揚のない声で返事をする。
 侍女は無言で作業を進めた。何かを話しかけたところで、今の私では会話は成り立たない。
 倒れたすぐの頃は気を使って体調を伺ったりしていたが、体力の衰えは日に日に目に見えて悪化の一途を辿っていた。
 一目で昨日よりも悪いと判断できる。体調の確認など必要もなかった。
 
 この頃では視界が灰色になっていて、今が昼か夜か……くらいの判断しかできなくなっていた。
 明るい灰色か、それとも暗闇か。私にはその二種類の感情しか残されていない。
 目を覚ますことも眠ることも叶わない、靄のかかった世界に閉じ込められたような気分だった。
 
 マリユスのいた世界とはまるで違っている。
 二人で過ごした時間が、とても遠い昔の出来事のように色付いて見える。
 上手く笑えなかったマリユスから少しずつ感情が芽生え、いつの間にかとても表情豊かな人へと変貌を遂げていた。
 困ったように私を覗き込む上目遣いと、照れて耳朶を弄りながら視線を流す仕草が特に好きだった。
 本能のまま快楽を受け入れたマリユスは、初めて見せる表情ばかりであった。
 頬を赤らめ潤んだ眸をこちらに向ける。普段、私欲を出さないマリユスがもっともっとと強請る唇は、私からのキスを欲望のままに受け入れた。

 全て、過去の思い出になってしまった。

 徐々に思考が働かなくなる。マリユスと離れ離れになってから、どのくらい経ったのだろうか。
 そろそろ満月一周分ほどになっているかもしれない。
 早く迎えに行かなければならないのに。
 早くマリユスを迎え入れる準備を進めなければならないのに。
 こんなにも動かない体では成す術もない。

 これほど自分を情けなく思ったのは生まれて初めてであった。

 ———守っているつもりだったが、本当は守られていのだ。
 遠くに感じていたマリユスの気配が消えた。
 私の全機能が完全に停止し、全ての色を失った。
 
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