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第一章

10、第二次性

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 ブリューノのおかげもあり、学校生活は表面上は平穏になった。
 ゴーティエも学校に直接話を通してくれたそうだ。ブリューノのクライン公爵へ学校の空気が悪いと報告したらしく、流石の学校側も厳しく生徒に注意喚起を促した。

 生徒たちは相手が公爵家ということもあり大人しくなったが、全面的に納得したわけではない。悪口を言わなくなったというだけで、今は空気のような扱いを受けている。

 相手にされなくなったが、勉強に集中できるの分には有難い。おかげで成績は他のアルファを蹴落とす勢いで伸びていき、憧れだった別館の図書館へも通えるようになった。

「卒業までにここの本を全て読みたいです」
「それは良い。私も本は好きだ」
「これもブランディーヌ様のおかげです。字が読めるようになったらこんなに楽しい世界が広がったのですから」
「お母様の書斎の本はもっとむつかしい。私でもまだ触らせてもらえない。しかしマリユスなら高等部に入る頃には読めるようになっていそうだな」

 放課後になるとエリペールと図書館へ通うようになり、本の虜になっていった。歴史書や、植物図鑑、第二次性についての本、神話なんてのもあり、実に様々なジャンルの本が並べられている。

 手あたり次第、貪るように読んだ。知らない知識が増えていくのが楽しくて仕方なかった。

 表情が乏しいと言われているが、図書館へ行く時だけは喜んでいる空気が伝わってくるとエリペールに言われたほどだ。

 公爵邸に帰れば今度は屋敷内にある図書室へ出向き、夜に読む本を決める。
 知識が増えるほどに不思議と自信につながっていく。もっと色んな知識が欲しいと思う。
 
 初等部最高学年、十歳になると、エリペールは学校の副会長になり、ブリューノは会長を務めることになった。
 書記係として僕を宛てがったのには驚いた。断ろうとしたがエリペールの助手だと言われ、引き受けるほかなかった。
 オメガでも成績は常に上位であったため、文句を言う生徒は誰一人としていないが、認めてもらおうとは考えなかった。与えられた仕事に真摯に向き合うのが一番だ。

 生徒会室へ行くと、先にブリューノが生徒会長席へ座っている。
「一年、頑張ろうな、エリペール」
「君が会長なら申し分ない。よろしく頼むよ、ブリューノ」
 三人で握手を交わす。

 その後、生徒会メンバーに選ばれた残りの三人も集まって早速一年の行事について話し合いをした。

 一年の最後の行事が第二次性の検査だ。誰もが逃れられない。誰もが自分はアルファだと信じたい。そんな野望が渦巻くだろう。
 誰一人として自分がオメガだなんて思っていない。貴族だから、尚更。

 それはブリューノもエリペールも然り。アルファだと信じて疑わない様子である。

 ———アルファだったら、僕たちの関係は終わってしまうのに———

 言えるわけもない。

 普段は忘れていても、バース性の話になると奴隷商の番人の言葉が蘇る。

『オメガはクソで無能で、誰からも必要とされない』
『フェロモンを撒いて周りを誘惑する、野蛮な人種』
『人間の底辺。仕事も碌に出来ない出来損ないばっかりだ』

 どんなに頑張ってもオメガはアルファには敵わない。別に勝つ必要もないが、それでもオメガが必死に努力をして得た功績も、簡単に更新してしまうのはアルファの持って生まれた才能なのだと思ってしまう。

「マリユス、今日はブリューノが話があるそうなのだ。図書館へは一人で行ってくれたまえ」
「承知しました。では、ごゆっくり」
 一礼をして教室を後にする。もう学校に残っている生徒もほとんどいないようで、とても静かだった。
 図書館へ着くと、第二次性検査のことは一旦忘れたくて、本に没頭した。

 公爵邸の自室へと帰ると、ソファに座るや否や、エリペールは話始めた。

「ブリューノが許嫁の人と対面したそうだ」
「そうなんですね。今日のはそのご報告だったのですか?」
「あぁ、そうだ。一番に私に教えようと思っていたと言ってくれた。実に喜ばしい」

 貴族ともなれば、子供の頃から許嫁がいるのが普通なのかと面食らった。———表情が乏しくて良かったとこの時だけは思った———まだエリペールにはそんな話はないようだが、例えば明日急にそういう話をされる可能性もあるということだ。

 これまで第二次性ばかり気にかけていたが、盲点があったと気付き焦ってしまう。
 許嫁ともなれば簡単に取りやめたり出来ない。家同士の繋がりを大切にするからこそ、子供同士を結婚させる。

 それに、アルファ社会である貴族階級でオメガと一一一ましてや奴隷と一一一結婚したという事例はないと思われる。
 予想もしていなかった角度から襲われたような感覚に陥ってしまった。

 エリペールの添い寝役が必要なくなれば、第二次性など関係なく廃棄だ。
 だって、必要のなくなったものを屋敷に置いていてもメリットはない。

 図書室から持ってきた本も広げる気にならず、動揺を隠すので精一杯だった。

 そんな僕に、エリペールは突然照れたように頬を染め「聞きたいことがある」と小声で言った。

 珍しい。いつもなら堂々と質問してくるのに。
「なんなりと」
 どんな質問が飛んでくるのか、想像もつかずただエリペールの言葉を待つ。

 エリペールは深呼吸で気持ちを整え、僕の肩を掴むと、一思いに言い放った。

「マリユスは、キスをしたことがあるか?」
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