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番外編〜エリアスとアシルの出会い編〜
オメガの現実 ★
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クローシャー邸に到着すると、逸る気持ちを抑えつつ伯爵と挨拶を交わす。しかし当のアシルはその場にいなかった。
「大変申し上げにくいのですが、アシルが突然会えないと言い出しまして……」
クローシャー伯爵も困った様子で額の汗を拭う。聞けばエリアスの前でヒートを起こしたくないからだと言うことだった。
これまでの経験がトラウマになっているのだろう。そして、エリアスのアルファ性の強さも知っている。直前が来て怖くなるのも無理はない。
エリアスはアシルの部屋を訪ねても良いかと尋ねる。クローシャー伯爵はきっとエリアスの言うことなら聞き入れるだろうと言って案内してくれた。
これには流石のアシルも無視できなくてドアを少し開くと、自分の抑制剤は効いているかを確認した後、ようやく姿を現した。
「あの……ぼく……」
申し訳ないと思っているのだろう。エリアスと目を合わそうとはせず、俯いて指を弄っている。何から話せば良いかも困惑しているといった様子であった。
「アシル、お話は聞いていただけましたか?」
「は、はい。でも、ぼくはオメガですので……相応しくありません」
「相応しくないなんて……君は私の運命の番だ。一目見た瞬間から、惹かれていた。本当は正妻として迎えに来たかった。今はこれが私の精一杯だが、付いて来てくれないだろうか」
「———運命の番?」
「あぁ、そうだ。君は間違いなく運命の人。公爵家の人間はアルファとしか一緒になれないなんて決まりはない。側室という形にはなってしまうが、アシルを想う気持ちに偽りはない。どうか信じてくれ」
アシルの前に跪き、手を差し出す。
条件反射でアシルが手を出すと、その甲にキスをする代わりに鼻先で触れた。
「抑制剤がよく効いているようで良かった。私が近くにいても苦しくないかい?」
「———はい。大丈夫そうです」
「では、薬が効いている間なら同じ馬車に乗れそうだ」
善は急げとアシルの手をそのまま握りしめ、部屋を出た。少々強引のようにも思えるが、クローシャー伯爵との会話で最初は乗り気だったと聞いている。ならばクローシャー邸から出なければ始まらない。
アシルは頭のいい人だ。そして意外と潔い一面を持っている。この華奢な手からそれが伝わってくる。
自分のオメガ性が周りにどんな影響をもたらすかを嫌というほど知っているからこそ、なかなか心が決まらないのは仕方のないことだ。
「君は何も心配しないでいい。全て私に任せろ」
廊下を歩きながらエリアスはアシルを振り返る。
アシルは自分の足元だけを見て付いて来ていたが、エリアスの視線を感じて顔を上げた。
目が合うと、エリアスは優しく微笑んで引き寄せる。
「歩くスピードが早すぎるか?」時くと「大丈夫です」と小声で返ってきた。
馬車での移動中もずっと手を離さないでいた。そうすると、アシルの緊張が和らいでいくのを感じ取ることができた。
「ここが、アシルの部屋だ。本当に離れの一階でよかったのか?」
「はい。ぼくはオメガですし、他の人と距離を取るための最低限の距離は必要なんです」
「アシル……」
本人が望んだこととはいえ、とても寂しいと思ってしまう。バース性が違うというだけで、歩む人生が正反対だ。
エリアスはアシルの肩を寄せ、必ず幸せにするとを誓った。
その夜、アシルはヒートを起こした。使用人も寝静まった深夜、アシルは一人で苦しんだ。抑制剤が切れたと同時に、エリアスの匂いが体内を駆け巡った。
「エリアス……さま……っく、ぅん……んぁ……はぁ……」
記憶に残された匂いとフェロモンだけでヒートを起こしてしまうなど、もう直接的な接触は避けるべきたと思いつつ、あの匂いが欲しくて仕方がない。服の一枚、いや、ハンカチーフでもなんでもいい。
アシルは息切れを起こしながらも、なんとか持ってきた荷物の中かから手紙を取り出す。それを鼻に当てると微かにエリアスの匂いが残っていた。
「あっ、エリアスさま……感じます。ここに、エリアスさまの存在を……あ、ぁあ……」
止まらない欲情。本能で求めるアルファの性。それでも何も満たされない夜を、アシルはもう何度も経験している。今回も今までと同じ。ただそれだけだと自分に言い聞かせる。
ヒートを起こしたからといって、エリアスを読んでいいわけがない。自分は所詮側室で、エリアスにはアンナという正式に婚約しているパートナーがいる。
運命の番と言ったのはアシルに対する気遣いなのだと、繰り返し脳内で反芻する。
屹立を扱く手を止められない。
そして、せっかく送ってくれた手紙をアシルの白蜜で汚れてしまった。
それを見たアシルは悲しいため息を吐いてしまう。同じ敷地内の本邸にはエリアスがいるというのに頼れないのは拷問に近い。ならば実家の自室にこもっている方が幾らかマシなように思えた。
毎日エリアスの顔を眺めながら過ごすのは、どんなに素晴らしい日々だろうかと思いを馳せてきたが、現実はあまりにも厳しかった。
何度かの射精と共に意識が遠のいたアシルは、やはりオメガはオメガらしくしか生きられないことを
悔いた。
「大変申し上げにくいのですが、アシルが突然会えないと言い出しまして……」
クローシャー伯爵も困った様子で額の汗を拭う。聞けばエリアスの前でヒートを起こしたくないからだと言うことだった。
これまでの経験がトラウマになっているのだろう。そして、エリアスのアルファ性の強さも知っている。直前が来て怖くなるのも無理はない。
エリアスはアシルの部屋を訪ねても良いかと尋ねる。クローシャー伯爵はきっとエリアスの言うことなら聞き入れるだろうと言って案内してくれた。
これには流石のアシルも無視できなくてドアを少し開くと、自分の抑制剤は効いているかを確認した後、ようやく姿を現した。
「あの……ぼく……」
申し訳ないと思っているのだろう。エリアスと目を合わそうとはせず、俯いて指を弄っている。何から話せば良いかも困惑しているといった様子であった。
「アシル、お話は聞いていただけましたか?」
「は、はい。でも、ぼくはオメガですので……相応しくありません」
「相応しくないなんて……君は私の運命の番だ。一目見た瞬間から、惹かれていた。本当は正妻として迎えに来たかった。今はこれが私の精一杯だが、付いて来てくれないだろうか」
「———運命の番?」
「あぁ、そうだ。君は間違いなく運命の人。公爵家の人間はアルファとしか一緒になれないなんて決まりはない。側室という形にはなってしまうが、アシルを想う気持ちに偽りはない。どうか信じてくれ」
アシルの前に跪き、手を差し出す。
条件反射でアシルが手を出すと、その甲にキスをする代わりに鼻先で触れた。
「抑制剤がよく効いているようで良かった。私が近くにいても苦しくないかい?」
「———はい。大丈夫そうです」
「では、薬が効いている間なら同じ馬車に乗れそうだ」
善は急げとアシルの手をそのまま握りしめ、部屋を出た。少々強引のようにも思えるが、クローシャー伯爵との会話で最初は乗り気だったと聞いている。ならばクローシャー邸から出なければ始まらない。
アシルは頭のいい人だ。そして意外と潔い一面を持っている。この華奢な手からそれが伝わってくる。
自分のオメガ性が周りにどんな影響をもたらすかを嫌というほど知っているからこそ、なかなか心が決まらないのは仕方のないことだ。
「君は何も心配しないでいい。全て私に任せろ」
廊下を歩きながらエリアスはアシルを振り返る。
アシルは自分の足元だけを見て付いて来ていたが、エリアスの視線を感じて顔を上げた。
目が合うと、エリアスは優しく微笑んで引き寄せる。
「歩くスピードが早すぎるか?」時くと「大丈夫です」と小声で返ってきた。
馬車での移動中もずっと手を離さないでいた。そうすると、アシルの緊張が和らいでいくのを感じ取ることができた。
「ここが、アシルの部屋だ。本当に離れの一階でよかったのか?」
「はい。ぼくはオメガですし、他の人と距離を取るための最低限の距離は必要なんです」
「アシル……」
本人が望んだこととはいえ、とても寂しいと思ってしまう。バース性が違うというだけで、歩む人生が正反対だ。
エリアスはアシルの肩を寄せ、必ず幸せにするとを誓った。
その夜、アシルはヒートを起こした。使用人も寝静まった深夜、アシルは一人で苦しんだ。抑制剤が切れたと同時に、エリアスの匂いが体内を駆け巡った。
「エリアス……さま……っく、ぅん……んぁ……はぁ……」
記憶に残された匂いとフェロモンだけでヒートを起こしてしまうなど、もう直接的な接触は避けるべきたと思いつつ、あの匂いが欲しくて仕方がない。服の一枚、いや、ハンカチーフでもなんでもいい。
アシルは息切れを起こしながらも、なんとか持ってきた荷物の中かから手紙を取り出す。それを鼻に当てると微かにエリアスの匂いが残っていた。
「あっ、エリアスさま……感じます。ここに、エリアスさまの存在を……あ、ぁあ……」
止まらない欲情。本能で求めるアルファの性。それでも何も満たされない夜を、アシルはもう何度も経験している。今回も今までと同じ。ただそれだけだと自分に言い聞かせる。
ヒートを起こしたからといって、エリアスを読んでいいわけがない。自分は所詮側室で、エリアスにはアンナという正式に婚約しているパートナーがいる。
運命の番と言ったのはアシルに対する気遣いなのだと、繰り返し脳内で反芻する。
屹立を扱く手を止められない。
そして、せっかく送ってくれた手紙をアシルの白蜜で汚れてしまった。
それを見たアシルは悲しいため息を吐いてしまう。同じ敷地内の本邸にはエリアスがいるというのに頼れないのは拷問に近い。ならば実家の自室にこもっている方が幾らかマシなように思えた。
毎日エリアスの顔を眺めながら過ごすのは、どんなに素晴らしい日々だろうかと思いを馳せてきたが、現実はあまりにも厳しかった。
何度かの射精と共に意識が遠のいたアシルは、やはりオメガはオメガらしくしか生きられないことを
悔いた。
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