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一章~伊角光希編~

52 感情の連鎖

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「こんなにも楽しめたのは、ロラのおかげです! ありがとう、ロラ」
「私どもとしましても、何事もなく過ごせてホッとしています」

 部屋に帰ってからも、余韻を楽しんでいる。
 庭だけとはいえ、ただの庭ではない。ベルクール公爵邸の庭は、一日じゃ回りきれない。
 それほど広い庭の一角で、誰にも邪魔されずに楽しめた。
 こんな日が来るとは思いもよらず、提案してくれたロラには感謝しかない。

 エリアス様が帰ってきてからは、今日の出来事を子供が親に言うように、必死で伝えた。
 アシルも同時に喋るものだから、途中から何を言おうとしたのか分からなくなってしまい、エリアス様に笑われた。

「そんなに楽しかったのなら、良かった。同行したかったものだ」
「今日のハーブティー、僕が摘んだんですよ」
「そうか。今日のお茶は、いつもに増して美味しいと思っていた」

 エリアス様から微笑まれ、急に恥ずかしくなってしまった。
 庭に出たくらいで、まるで遠方までピクニックにでも出掛けたような興奮ぶり。
 エリアス様にとっては、勝手知ったる自分の庭だ。

「……どうした? 急に黙り込んで。続きの話はないのかな?」
「いえ。庭くらいではしゃいでしまい、大人気ないと唐突に反省しました。僕、母になるのに」
「何を言う。母が楽しそうにしていると、子も嬉しいものだ。私の母は幼い頃に亡くなった。だから侍女が母の代わりだった。侍女が楽しそうにしていると、自分もなんだか楽しいと思ってしまう。感情は連鎖するものだ。アシルが楽しく過ごしていると、それはきっとこの子にも伝わる」

 そっとお腹に手をあてる。
 エリアス様の言葉が聞こえていたように、内からその手を蹴った。

「今、私の手を蹴ったぞ!!」
 今度はエリアス様が、子供のように無邪気に笑った。

 本当だ、と思った。
 エリアス様が喜ぶと、僕もつられて笑ってしまう。

「沢山歩いた方がいいのだろう? 天気の良い日は散歩に出るといい。なんなら料理長監修の畑もあるぞ」
「そんな所まであるのですか?」
「記憶を取り戻すキッカケになるかもしれない。あちこち行ってみると良い」
「ロラも、今日そう言ってハーブ園へ連れて行ってくれました」
「そうか」

 ニッコリと微笑み合う。
 これも感情の連鎖だろうか。

「僕はまだ、エリアス様の全てを思い出してないかもしれません。でもきっと、記憶を無くす前と同じくらい……いや、それ以上に今、エリアス様が……す、す……あの……」
「アシル、構わない。無理に言わなくていい」
「違います。面と向かっていうのに慣れてないだけなんです」
「いや、十分伝わってきた。今は言わないでくれ」

 どうしたのかと、エリアス様の顔を覗き込む。僕から言えば喜んでもらえると期待したが、違ったか。

 しかしエリアス様は珍しく頬を染め「今、告白されると、自制が効かなくなりそうだ」と視線をそらした。

「え……?」
 えぇ……エリアス様が、そんな風に言うとは意外過ぎて、僕も固まってしまった。

「ロラに叱られたのだ。妊婦がこんなになるまで抱き潰すとは、どういう事かと」
「えぇ……? あ、いや、でもあれは、僕も、その……」

 ええぇぇぇ……激しく動揺した。
 抱かれている間は幸せに溢れていたが、確かに翌日は昼過ぎまで起き上がれないでいた。

 でも……あれは……。
 とても良かったです、なんて言えない。

 二人して羞恥心に苛まれ、視線も合わせられなくなり、ハーブティーを飲み終わると大人しく就寝した。
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