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騎士団員

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 目覚めた時、隣にジェネシスさんはいなかった。

 今日ここを出ていくと決めていたにも関わらず、寂しいなんて思ってしまう。

 窓の外は、既に日が高く昇り、もう昼ごろになっているらしいと予測した。

 フッと気付けば体は綺麗に拭かれ、着替えもされていた。ベッドのシーツも整えられている。

 俺が昨晩のプレイで気を失うように眠ってしまった後、ジェネシスさんが全てやってくれたのだろう。

 ジェネシスさんの服はブカブカで、自分の服に着替えようと思ったが、処分されてしまったのかどこにも見当たらなかった。人様の服を勝手に着て行っても良いだろうか。

 でもこんな立派な家に住んでいるんだ。服の一着くらいもらっても支障はないだろうと、このまま着て出ることにした。


 昨晩のプレイは夢のような時間だった。愛されていると勘違いしてしまった程に。

 全身全霊でジェネシスさんを受け入れた。

 もうこの先、こんな幸せはやって来ないだろう。

 良い思い出として、忌々しいあいつの代わりに記憶の細胞に刻み込む。

 寝室を出て、ダイニングへ行ってみると、テーブルの上に食事が用意されていた。ジェネシスさんが用意してくれたようだ。これから長旅になるかもしれないし、遠慮なくいただく事にしよう。

 グラスに水を注ぎ、一気に飲み干す。そしてパンを口いっぱいに頬張る。並べられた食事は残さず胃に捩じ込み、パンを二つほどナプキンに包んで持っていくことにした。

 いよいよジョシュアを助けに出発!! ———と、廊下に出るドアに手をかけた瞬間。

「おわっ! ビックリしたぁ!!」

 向こう側からドアが開き、ジェネシスさんではない人が入ってきたのだ!

 俺も同じくらい驚き、フリーズしてしまう。

 目の前に立っていたのは、スラッとした長身の綺麗な顔立ちをした男性だった。アシンメトリーに伸ばされた髪はグリーンで、目は両目の色が違っている。片方は黄色、そして反対の目はシルバーだ!

 見とれるような容姿に、話しかけられるまで我を忘れてしまった。

「ここはジェネシスの家のハズなんだが?」

 外見の印象よりも低い声で言う。

「あっ! すみません!! 直ぐに出ていきますから!!」

 男性の脇をすり抜けようとして堰き止められた。

「おっと! 窃盗犯を逃す訳にはいかないよ!」

「違っ! 違います!! 倒れていたところを、助けて頂いただけです。でももう元気になったので出ていきます」

「じゃあ、その抱えた包みはなんだ?」

 さっき包んだパンを指差した。

「これは……その……」

 この先の貴重な食糧だから、返したくはない。でも仕方なく差し出した。

「ほら! これを窃盗と言うんだ!! ジェネシスは本当に、お人好しにも程がある!」

 ズカズカとダイニングに入っていく。この人は勝手に家に入ることを許されているのだろうか。

 背中を眺めていると、突然声を上げた。

「貴様!! もしかしてここに用意されていた食事を全て食べたのか!!」

 キッと睨みつけながら振り返った。

「え? それ、あなたの食事……だったんですか……」

 てっきり自分の物だと思い込んでしまっていた。しかし、もう腹に入ってしまってはどうすることもできない。

「すみません。俺のために準備してくれたのかと……」

「何故、窃盗犯の食事など準備するものか!! しかもよく見ればジェネシスの服を着ているじゃないか。もう逃げられないぞ、小僧!!」

 綺麗な顔立ちからは想像もつかないような、鋭く切り捨てた言い方をする人である。出発もしない内に出鼻を挫かれるなんて、本当にツイてない。

 しかしながら、不思議な違和感のある人だと気付く。何だろうか……。考えても、答えが出ないので気持ち悪い。

 見た目ではない。何か……。

「小僧、今自分がどんな立場が分かっていて、呑気に俺に見惚れているのか?」

 腹立たしさを隠しもせず、男性が顔をグイッと寄せた。

「ごめんなさい! さようなら!」

 力一杯突き飛ばすと、ダイニングを飛び出した。背後から怒鳴り声が聞こえたが、一切振り返らずに走り去る。玄関を出ると、昨日見た道の方向へと全速力で走った。

「あの道だ!!」

 見覚えのある森へと向かう。この国の木々も元気がない。現状から、元いた国ほどの穢れではなさそうだが、夜に見た印象よりは随分枯れた風景ではあった。


 幸い、他の人の気配は感じられない。少し奥まった所で木の影に身を寄せ、様子を伺う。

 俺に追い付けなかったのは、マスクを付けていたからだったらしい。何もせずとも外を出歩ける特異体質で良かったと心底感じた。

 深呼吸をし、改めて出発しようと男性に背を向け、歩き始める。パンは貰い損ねたが仕方がない。街まで帰れば、誰かに助けを乞えばいい。

 その時、離れた場所からジェネシスさんの声が聞こえた。

 思わず振り返ると、さっきの男性と親しそうに話している。見つからないように観察していたが、二人の距離は不必用なほど近い。とても親密そうに伺えた。

(もしかすると、本当のパートナーだったのでは?)


 その時「あっ!」と閃いた。

 さっきの違和感の正体に関してだ。

 そうだ。睨みつけられたのに、何も圧を感じなかったのだ! あの人がDomなら、もっとビリビリとした圧を感じるハズなのに———。加減してくれたのか? それならあんな風に怒らないだろう……。

(もしかして、あの男性はSubなのか?)

 ジェネシスさんの服装とよく似ているから、きっと騎士団員なのだろう。でも元いた国では騎士団員にSubはいなかった。

 この国ではSubでもなれるのかもしれない。

(って!! 早く帰らないと!)

 頭を思い切り左右に振り、今度こそ! と意気込み足を早めた。

 なんだ、パートナーがいたんじゃないか。やはり昨日のプレイは、ただの遊びだったんだ。

 本気になる前に気づいて良かった。

(……本気だって!?)

 馬鹿な!! 俺が恋愛なんてするわけがない。

 無能なSubだ。誰が俺なんかを相手にするものか。あれはただの戯れだ。騎士団長だと言っていたし、お偉い人だから、きっと遊びの一環だろう。

 もう騙されるものか。

 この世界に来て、やっと信用できる人に出会った気になっていた。グレアを治療してくれて、泊めてもらったことには感謝する。

 それに……あんな気持ちになったのも、ジェネシスさんだけだった。目が離せなくなるほど見つめられたのも。抗わず、心から従いたいと思ったのも。

 無意識に手を唇に当てていた。あの情熱的なキスを思い出していた。あんなに熱を帯びたキスが偽物だったなんて……。

「ははっ。情けないな」

 歩きながら視界が霞む。腕で目を擦ると、ジッと一点だけを見て足を進めた。

 髪を撫でられた感触が残っている。あのアメジストのように輝く瞳にも魅了されていた。

『運命』なんて言葉を、迂闊にも伝えてしまいそうだった。


 きっとバチが当たったんだ。ジョシュアがどんな目に遭わされているかも分からないのに、自分だけ良い思いをしたから。これは天罰だ。

 それから何時間歩いただろうか。朝のうちに目覚めて出発していれば良かったのだが、起きたのが遅すぎた。辺りはもう橙色に染まっている。

 足も疲れているが、また他の騎士団員に見つかる可能性だってある。とにかくこの国から出るまでは止まれない。

 森の出口が見え始めた頃、夕日も殆ど落ち、薄暗くなっていた。

 しかし、この森を抜ければきっと隣国に入るか……もしくはまだ先だったとしてもその姿くらいは拝めるだろうと安易に考えていた。

 だが森を抜けた先に広がっていたのは荒野だった。

 目の前に広がる景色に唖然とする。道を間違えたか。

 昨夜のように、またこの先が見えないかと、目を凝らして見てみる。

 すると!!

「……あった……」

 確かにこの荒野の先に、見覚えのある宿舎が見えたのだ。

 小高い丘の上にある、あの宿舎が。

 暗がりだと、普通では見えないものが見えるのかもしれない。俺は聖女ではなかったが、別のスキルのような何かを持っているのか? とも考えた。

 暗がりは怖くもあるが、逆に言えば誰かに見つかる心配もない。

 唇をギュッと結び、荒野へと一歩を踏み出した。砂埃が舞う。荒野を歩くにはあまりにも軽率すぎる服装ではあるが、これも仕方がない。

 どうせ、もうどこにも居場所はないんだ。こんなことくらいで後悔などしない。

 行き先が見えているだけで十分なのだ。

 何時間も歩き続けた足は疲労の限界を超えている。一歩一歩が重い。それでも完全に動けなくなるまでは休むまいと決めていた。


「Lien!」

 ジェネシスさんの声が聞こえる。一瞬、ドキリとしたが、こんな所にいるはずもない。

 それに、これ以上世話を掛けるわけにもいかない。

 もう十分恥もかいた。出来れば会いたくない。


 それなのに、その声は確実に近づいて来ている。


「Lien! いたら返事をしてくれ!!」

 何故……。何故ジェネシスさんの声が……。

 忘れたいのに。プレイを思い出しただけで涙が込み上げる。

 返事なんてするものか。

 すっかり暗くなった荒野ではきっと見つかるわけもない。辺りを見渡しもせず、足元に集中する。


 それなのに……。

「Lien!! 見つけた!」

 腕をグッと引っ張られる。

「ジェネシスさん……なん……で……」

「なんでじゃない! 心配したんだぞ!! まさかこんな所まで来ているなんて……」

 馬で走って来たらしいジェネシスさんが、俺を引き上げた。

「やめてください! もう体調も戻りました! 俺は行かなきゃいけない所が……!」

「ないよ」

「へっ……?」

「こんな所にLienの行く場所などない」
 
 逞しい腕に抱きしめられる。

(やめてくれ。また勘違いしてしまう)

「離してください。帰らなきゃ」

「こんな危ない荒野を、そんな無防備な格好でどうするつもりだったんだ。ここには魔獣がたくさんいるんだぞ!」

 その一言にゾッとする。

『魔獣?』こんな荒野にまで生息していたのか。

「元々、ここも全て森だった。でも今じゃこの様、穢れが広がってもう何年も経つ。ほら、見てみろ」

 ジェネシスさんが馬につけていた灯りを手に取り、照らし出したのは、辺り一面に倒れた魔獣の群れだった。

 初めてその姿を目の当たりにし、込み上げる吐き気を堪えるのに苦労した。

 暗闇で見たからか、黒光った身体によりグロさが強調されているように感じた。

「とにかく、帰るんだ」

「帰るって、どこに?」

「俺の家だ!」

「そんなのダメです! だって、あなたにはパートナーが……」

 そこまで言って声を詰まらせた。真実をジェネシスさんの口から聞くのが怖かったのだ。

 顔も見れず、馬から降りようと試みたが抱きしめた腕が解かれることはないらしい。

「もしかして、サミュエルのことを言ってるのか?」

「サミュ……」

 グリーンの髪の人を言っているのだろうと思い、黙って頷く。

 すると、大きなため息を吐き「あいつはただの騎士団員だ」と嘆くように言った。

「とても、親密そうに見えました。俺に嘘を付く必要はありません」

 天邪鬼だと分かっていても、言わずにはいられない。だって本当に二人はお似合いだったから。

「信じてもらえないのが悲しい。誓ってサミュエルとは何もない」

「だって、あの人Subでしょう?」

 ポロリと溢してしまった。言ってすぐに(しまった)と口を押さえても遅い。

 ジェネシスさんは驚いて「何故それを知っている?」と聞いた。

「やっぱり、そうだったんですね。違和感を感じていました。心底怒っているのに、グレアも何も飛んで来なかったから」

「なるほどね。それで余計に勘違いしたってわけか」

 静かに頷いた。

「とにかく帰ってゆっくりと話を聞こう」

 俺を前向きに座り直せると、後ろから包み込むように綱を握る。

 シュッと綱を弾くと、馬は元来た森へと走り出した。



 


 
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