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8 二学期
8-10
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外はすっかり夜の気配に満ちていたが、街灯や営業している店の照明のお陰で、通りは存外明るかった。
ライブ終了後、私達はライブハウスの前でたむろし、スティグマのメンバーが出てくるのを待つ事にした。
「いやぁ、本当に格好良かったよ。大藤君、本当にめちゃめちゃ歌上手いね」
興奮して道子にそう語る祐一君を見ながら、私はそれが自分事のように誇らしく感じた。
道子もかなり満足してくれたようなのだが、如何せん初めてのライブで疲れたのだろう。祐一君の言葉には同意を示すものの、楽しかったけど疲れたわ、とぼやいている。片やサッカー部の次期キャプテンと、同程度の体力を期待する事自体間違っているのだけれども、道子がライブ中、興奮してはしゃぎまくっていたのも大きいだろう。
紗絵はと言えば、ライブが終わり外に出てきてからと言うもの、どこか気もそぞろにうろうろしたり、かと思えばぽわーっとした抜けがら状態になっている。
私も初めてのライブの後は、あんな表情をしていたのだろうか?
きっと紗絵は、あの時の私と同じように、初めて感じた衝撃と感動に、心がついていけてないのだろう。家に帰ってから、少し落ち着いたところで、ライブの映像が目蓋の裏に浮かんでくる。そこで確かに、ああ、自分は魅了されたのだと気づくのだ。
先程、良かったでしょ? とだけ聞くと、一瞬だけ我に返った紗絵は、まぁ、楽しめたよ、といつもの口調で言って来た。だけれども、暫くの間放っておいたら、またあの様子である。やはりいい音楽には、人を虜にする強い魔力が込められているのだと、感じざるを得ない。
勿論私の中にも、さっきまでのライブの衝撃はまざまざと刻みつけられている。
ステージに上がって来た玲央君は、再び髪色を金に染め直しており、まるで手を施していない森のように下ろしたままにしていた髪は、彼の気合いを表すかのように、つんつんに立てられていた。その為、いつも覗きこむようにしないと見えなかった彼の双眸が、こちらを強く睨みつけてくるかのように大きく見開かれている。また、カラーコンタクトでも付けているのか、その瞳は緑色をしていた。
髪を上げた玲央君の姿を見るのは私も初めてだった。普段は病弱に感じられる彼の白い肌は、激しい照明をはね返すかのように光り輝いている。髪と瞳の色の違いはあるだろうが、力強い眼差し、高く通った鼻筋には、年齢どころか、日本人離れしたものすら感じた。
――玲央君、こんなにカッコ良かったんだ……。
彼の見た目に魅かれた訳では無いのだと言う事を改めて実感しつつ、そしてそれでも、実は整っていた彼のマスクに更に心魅かれてしまっている自分がいた。
「和葉和葉」
道子が私の耳に口を近づける。
「大藤って割とイケメンだったんだね。普段の姿見てたら、絶対気付かないよ。和葉も割と面食いなのね」
――いや、私も今日初めて気付いたのよ!
道子が私に貼ろうとした面食いと言う名のレッテルを謹んで返却しようとした所で、間がいいのか悪いのか、玲央君のMCが始まった。
「こんばんは、スティグマです。えーっと、こうしてまた、皆さんの前で、音楽を出来る事を、本当に嬉しく思います。集まってくれたお客さん、飛び入り参加を歓迎してくれた、今日の主催のgallows bellさんに、改めてお礼を言わせて下さい、ありがとうございます」
玲央君の言葉を合図に、他のメンバーは言葉の代わりに、自分の相棒から感謝の音を鳴らした。
「感謝の思いは、音楽で返します。五組目って事で、夜も深まって来たって事で、是非、みんなで最高に盛り上がって、一緒に、ロックして下さい」
そこで観客から、開始を告げる花火のように拍手がパラパラと上がった。
「順哉! ぶちかませよ!」
観客から飛び出した声に、ステージ上の順哉さんが右手を上げて応える。今日も首からシルバーのクロイツを下げているのみで、上半身には何も付けてはいない。これでいつもは爽やかなお花屋さんだと言うんだから、玲央君とは別の意味で、普段とは想像がつかない。
「じゃあ一曲目、新曲……」
玲央君が曲名を言う前に、順哉さんがギターから音を鳴らし始めた。一音一音、大事に丁寧に音を紡ぎ出しながら、階段を登っていくように、ギターを響かせる。高音を強く長く伸ばした所で、歩みを進めていた階段は、突如姿を消した。
「……『ヘブンズドア』」
滑り込むように呟かれた玲央君の言葉は、恐らく曲名だったのだろう。だけど、その声が聞こえるやいなや、登っていた階段から突き落とされたように、ギターとドラムとベースが同時に爆発した。
からみ合った爆風の群れが、まるで一枚の板となって身体を弾き飛ばそうとする。
その衝撃に耐えられなくなりそうな瞬間、玲央君のボーカルが、首に縄を付けてくる。
倒れるな、ちゃんと聞いてろ、とでも言うように。
苦しい。でも、それすらも気持ちいい。
背徳的で、それでいて純粋でもある。
食い殺さんとするばかりの、優しく温かで、暴力的な愛情。
次々と流れ込んで来る強烈な音の奔流が、身体の内に溜まり、その逃げ場を瞳に求め出した。
徐々に滲む視界を、手で擦りつけながら必死にクリアにする。
自分がどうして泣いているのかすら分からない。
スティグマの復活が嬉しいから?
また玲央君の歌が聞けて嬉しいから?
曲が、感動できるから?
どれだけ言葉を弄しても、この感動は誰にも伝わらない気がする。
今この場に私が居て、この場に居るのが私だから、そして、演奏しているのがスティグマだから、流れる、零れる涙なんだ。
でも、それでいい。
誰にも理解されなくったっていい。
誰も共感してくれなくったっていい。
理解や共感を得られなくて傷つくくらいなら、この感動をそっと宝箱にしまっておいて、一人占めしてしまう方がずっといい。
愛情。
情愛。
名前を付けるなら、きっとこの辺り。
だけど、きっとそれすら妥当では無い。
言葉にならなくったっていい。
ましてや、言葉にならない想いを伝える為に、音楽はあるのかもしれない。それを無理矢理言語に翻訳した所で、齟齬が出ない訳がない。
だから、この感動は私一人のものでいい。
ライブ終了後、私達はライブハウスの前でたむろし、スティグマのメンバーが出てくるのを待つ事にした。
「いやぁ、本当に格好良かったよ。大藤君、本当にめちゃめちゃ歌上手いね」
興奮して道子にそう語る祐一君を見ながら、私はそれが自分事のように誇らしく感じた。
道子もかなり満足してくれたようなのだが、如何せん初めてのライブで疲れたのだろう。祐一君の言葉には同意を示すものの、楽しかったけど疲れたわ、とぼやいている。片やサッカー部の次期キャプテンと、同程度の体力を期待する事自体間違っているのだけれども、道子がライブ中、興奮してはしゃぎまくっていたのも大きいだろう。
紗絵はと言えば、ライブが終わり外に出てきてからと言うもの、どこか気もそぞろにうろうろしたり、かと思えばぽわーっとした抜けがら状態になっている。
私も初めてのライブの後は、あんな表情をしていたのだろうか?
きっと紗絵は、あの時の私と同じように、初めて感じた衝撃と感動に、心がついていけてないのだろう。家に帰ってから、少し落ち着いたところで、ライブの映像が目蓋の裏に浮かんでくる。そこで確かに、ああ、自分は魅了されたのだと気づくのだ。
先程、良かったでしょ? とだけ聞くと、一瞬だけ我に返った紗絵は、まぁ、楽しめたよ、といつもの口調で言って来た。だけれども、暫くの間放っておいたら、またあの様子である。やはりいい音楽には、人を虜にする強い魔力が込められているのだと、感じざるを得ない。
勿論私の中にも、さっきまでのライブの衝撃はまざまざと刻みつけられている。
ステージに上がって来た玲央君は、再び髪色を金に染め直しており、まるで手を施していない森のように下ろしたままにしていた髪は、彼の気合いを表すかのように、つんつんに立てられていた。その為、いつも覗きこむようにしないと見えなかった彼の双眸が、こちらを強く睨みつけてくるかのように大きく見開かれている。また、カラーコンタクトでも付けているのか、その瞳は緑色をしていた。
髪を上げた玲央君の姿を見るのは私も初めてだった。普段は病弱に感じられる彼の白い肌は、激しい照明をはね返すかのように光り輝いている。髪と瞳の色の違いはあるだろうが、力強い眼差し、高く通った鼻筋には、年齢どころか、日本人離れしたものすら感じた。
――玲央君、こんなにカッコ良かったんだ……。
彼の見た目に魅かれた訳では無いのだと言う事を改めて実感しつつ、そしてそれでも、実は整っていた彼のマスクに更に心魅かれてしまっている自分がいた。
「和葉和葉」
道子が私の耳に口を近づける。
「大藤って割とイケメンだったんだね。普段の姿見てたら、絶対気付かないよ。和葉も割と面食いなのね」
――いや、私も今日初めて気付いたのよ!
道子が私に貼ろうとした面食いと言う名のレッテルを謹んで返却しようとした所で、間がいいのか悪いのか、玲央君のMCが始まった。
「こんばんは、スティグマです。えーっと、こうしてまた、皆さんの前で、音楽を出来る事を、本当に嬉しく思います。集まってくれたお客さん、飛び入り参加を歓迎してくれた、今日の主催のgallows bellさんに、改めてお礼を言わせて下さい、ありがとうございます」
玲央君の言葉を合図に、他のメンバーは言葉の代わりに、自分の相棒から感謝の音を鳴らした。
「感謝の思いは、音楽で返します。五組目って事で、夜も深まって来たって事で、是非、みんなで最高に盛り上がって、一緒に、ロックして下さい」
そこで観客から、開始を告げる花火のように拍手がパラパラと上がった。
「順哉! ぶちかませよ!」
観客から飛び出した声に、ステージ上の順哉さんが右手を上げて応える。今日も首からシルバーのクロイツを下げているのみで、上半身には何も付けてはいない。これでいつもは爽やかなお花屋さんだと言うんだから、玲央君とは別の意味で、普段とは想像がつかない。
「じゃあ一曲目、新曲……」
玲央君が曲名を言う前に、順哉さんがギターから音を鳴らし始めた。一音一音、大事に丁寧に音を紡ぎ出しながら、階段を登っていくように、ギターを響かせる。高音を強く長く伸ばした所で、歩みを進めていた階段は、突如姿を消した。
「……『ヘブンズドア』」
滑り込むように呟かれた玲央君の言葉は、恐らく曲名だったのだろう。だけど、その声が聞こえるやいなや、登っていた階段から突き落とされたように、ギターとドラムとベースが同時に爆発した。
からみ合った爆風の群れが、まるで一枚の板となって身体を弾き飛ばそうとする。
その衝撃に耐えられなくなりそうな瞬間、玲央君のボーカルが、首に縄を付けてくる。
倒れるな、ちゃんと聞いてろ、とでも言うように。
苦しい。でも、それすらも気持ちいい。
背徳的で、それでいて純粋でもある。
食い殺さんとするばかりの、優しく温かで、暴力的な愛情。
次々と流れ込んで来る強烈な音の奔流が、身体の内に溜まり、その逃げ場を瞳に求め出した。
徐々に滲む視界を、手で擦りつけながら必死にクリアにする。
自分がどうして泣いているのかすら分からない。
スティグマの復活が嬉しいから?
また玲央君の歌が聞けて嬉しいから?
曲が、感動できるから?
どれだけ言葉を弄しても、この感動は誰にも伝わらない気がする。
今この場に私が居て、この場に居るのが私だから、そして、演奏しているのがスティグマだから、流れる、零れる涙なんだ。
でも、それでいい。
誰にも理解されなくったっていい。
誰も共感してくれなくったっていい。
理解や共感を得られなくて傷つくくらいなら、この感動をそっと宝箱にしまっておいて、一人占めしてしまう方がずっといい。
愛情。
情愛。
名前を付けるなら、きっとこの辺り。
だけど、きっとそれすら妥当では無い。
言葉にならなくったっていい。
ましてや、言葉にならない想いを伝える為に、音楽はあるのかもしれない。それを無理矢理言語に翻訳した所で、齟齬が出ない訳がない。
だから、この感動は私一人のものでいい。
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