上 下
65 / 86
8 二学期

8-5

しおりを挟む
「うん、何?」
「それにしたってあんたは、幸せを感じる度合いが低い気がするの。まぁ、こないだみたいな事があるから、私もちょっと反省してるし、グイグイ無理に行けとは言わないけどもさ、もたもたしてる内に、大藤を誰かに取られちゃうって事もあるかもしれないんだよ?」
「ん~……、今もそれは大して変わらなくない?」

 玲央君は結局、姉の事しか見ては居ないだろう。
 言ってしまえば、彼の心は既に現在、姉に取られてしまっていると言っても過言では無い。

「それはそうかもしれないけどさ?」
「何? 大藤の事好きな奴でもいんの?」

 紗絵が場にそぐわないそんな質問を出した時に思い出した。

 ――ああ、そう言えば、紗絵に言ってないや。

「何言ってんのよ紗絵。大藤は、和葉のお姉さんの事が好きなんじゃない」

 道子の言葉を聞いて、紗絵の表情が固まる。

「え、それ、マジ?」

 紗絵の真剣な顔が、私に向き直る。

「うん、多分、だけど……」

 私の言葉を聞くと、紗絵は、ふんふんと頷きながら、口の前に手を当てて、何かを思い出すような仕草をした。

「ああ、そう言う事だったんだ……。納得したわ、それでか……」
「え、紗絵、それでか、って何?」
「ねぇ、和葉?」
「はい?」
「大藤は、大藤があんたのお姉さん好きだって、あんたが知ってるって事、知ってるの?」

 私の質問に、随分とこんがらがった質問が返ってきた。

「え? ごめん、紗絵、もう一回言って」
「だから、大藤が和葉のお姉さんを好きだって和葉が知ってるって事を大藤が知ってるのかって事!」

 ――……?

 早口で捲し立てられ、何が何だか分からない。

「はいストップ。順番に行くわね。和葉は、大藤が、和葉のお姉さんを好きだって、知ってるんでしょ?」

 今度は道子が口を開いた。

「ああ、うん。多分だけど……」
「その事、大藤に話した?」
「まさか!」
「だよね。じゃあ、大藤は、あんたが知ってるって、気づいてると思う?」
「……いや、それは無いと思う」

 彼が人の機微に鈍い人間だとは言わない。だけど、彼がこう言う惚れた腫れたに聡い人間だとは、どうしても思えない。それに、もしそこまで鋭いなら、私の気持ちも既に筒抜けかもしれないし、そんな想像をすると、恥ずかしくて死にたくなってしまう。

「だとさ、どう?」

 道子が私の答えを、そのまま紗絵に手渡した。

「まぁ、そうだよね。そりゃそうか……」
「ちょっと紗絵、どういう事よ?」
「いや、こないだ、大藤が和葉のお姉さんに、色々奢ってもらってたじゃない? その時に順哉さんがさ、ままならないもんだなって言ってたのよ。私は、その辺の事情知らなかったし、和葉のお姉さん、和葉には似てなくて美人じゃない?」

 ――『私に似てない』は、いらなくない?

「だから、大藤がその辺の女にほいほいついてくような感じに見えてたんだけど、そういう訳でも無かったんだな~って。和葉のお姉さんも、そっちはそっちで彼氏いるっぽいし、順哉さんじゃないけど、本当、ままならないわねぇ……」

 紗絵は目の前のアイスコーヒーに手を伸ばし、眉間に皺を寄せた。

「でも、玲央君も、このままでもいいって思ってるような所があるしさ……」
「ねぇ和葉。それって、あんたもずっとこのままって事だよ? 本当にいいの?」

 ――うぅ……。

 紗絵の言葉が、肺腑を抉る。
 改めてそう言われてしまうと、全くその通りだ。

「良くは、無い……」
「和葉、これは親友としてって言うか、私個人の意見ね。他の女見てる男好きになっても、絶対幸せにはなれないよ?」

 暗に、だから諦めろと言われた気がして、私は心の内が、ささくれ立つのを感じた。

「じゃあ紗絵は、順哉さんが誰か他の人好きになったら、キッパリ諦めるの?」
「何でそこで順哉さんが出てくるのよ、今はあんたの話してるんでしょ?」
「だって、同じ事じゃない?」
「い~や、違うね。私は順哉さんの事、別にそういう対象として見てないもの」
「それは嘘だ、順哉さんが紗絵の事何とも思ってないなら分かるけど、紗絵は絶対順哉さんの事好きでしょ?」
「ちょっと、勝手に決め付けないでくれる!」
「紗絵の方こそ、絶対幸せになれないとか言わないでよ!」
「まぁまぁ、ちょっと落ち着きなって」

 ヒートアップして来た私達の間に、道子が割って入る。
 紗絵が頭を掻きながら、浮かしていた腰を席に付ける。

「悪い、熱くなった」
「私も、ごめん」

 途端に黙り込んでしまった私達を見て、道子が一つ溜息を吐いた。

「あれじゃない? 別にさ、和葉もまぁ、これでいいって言ってて、大藤もこれでいいんなら、暫くはこのままでいいんじゃない? 無理に何か動かなきゃって訳でも無いだろうしさ」

 道子が当初の自分の意見を曲げ、そう言ってくれる事に、なんだか申し訳無くなる。

「道子、ごめんね」
「何言ってんのよ! 私は、あんたが幸せなら別になんでもいいのよ!」

 ――なんでもいい、か……。

 ずっとこのままでもいいのかもしれない。
 でも、良くないのかもしれない。
 その答えは、今の私には、まだ出す事が出来なかった。
 頭を冷やす為に再度ストローに口を付けるが、コーラはもう口の中に登っては来なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

ある公爵令嬢の生涯

ユウ
恋愛
伯爵令嬢のエステルには妹がいた。 妖精姫と呼ばれ両親からも愛され周りからも無条件に愛される。 婚約者までも妹に奪われ婚約者を譲るように言われてしまう。 そして最後には妹を陥れようとした罪で断罪されてしまうが… 気づくとエステルに転生していた。 再び前世繰り返すことになると思いきや。 エステルは家族を見限り自立を決意するのだが… *** タイトルを変更しました!

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

処理中です...