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7 夏祭り

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「そうなんだよ、和葉ちゃん聞いてよ。紗絵ちゃんさ、俺の格好見るなり、往来で指差して爆笑したもんだから、恥ずかしくてしょうがなかったよ」
「ごめんなさい。私不意打ちに弱いんですよ」

 人混みの真ん中で、順哉さんを指差して爆笑する紗絵。
 成程、これ以上無い程、容易に想像がつく。
 順哉さんを見ながらにやついている紗絵は、藍色の下地の大人っぽい浴衣を着ていた。無地では無く、幾輪かのひまわりが、夜の闇に広がるように咲いていて、濃い色の浴衣でも、地味になり過ぎないように演出している。
 紗絵の雰囲気に良く似合っている、素敵な浴衣だと思った。

「うちのメンバーも後で顔見せるって言ってたから、どっかで会うかもね。玲央はそっちにお呼ばれしてるみたいだから、見つけ次第ちょっと拉致る」
「ああ、じゃあみんなもう、どこかにいるんですね」
「多分ね。この人の数だから、早々見つからないとは思うけど」
「まぁ、とりあえず和葉もこっち側おいでよ」

 紗絵が私を舞台裏へと手招きする。
 携帯を見ると、7時58分。
 まだ時間もあるし、紗絵の言葉に従う事にした。屋台の横を通り、後ろ側へと潜り込む。
 屋台の後ろから縁日を眺めるなんて、初めての経験だった。煌びやかな電燈に照らされ、和装洋装に身を包んだ男女が、楽しげに過ぎ去っていく。宛ら、観客席から眺めた映画のワンシーンのようだった。
 順哉さんに用意して貰ったパイプ椅子に腰を掛け、出来たてほやほやの焼きそばを早速頂くことにした。
 パックを開けてすぐ、香ばしいソースの匂いが鼻を擽る。先程軽くお腹に入れて来た筈なのに、私は今や焼きそばの魅力にすっかり魅了されていた。
 口に含むと、これまた一段とソースが香る。出来たての為、麺は熱々なのに、キャベツはまだしゃきしゃきとした歯ごたえを残している。豚肉も固くなり過ぎておらず、屋台のレベルとしては充分及第点を貰えるだろう。

「女の子にも売る事前提にしてるから、青のり入れてないんだってさ。歯についたりしたら厄介だもんね~」

 隣から紗絵が、紙コップを片手に話しかけて来た。

「ちょっと紗絵、また飲んでるの?」
「言いがかりはよして下さい。これはそう言う感じのものじゃありませ~ん」

 普段のクールな印象とは違い、実に惚けた感じで紗絵は答える。
 言いがかり所か、完全にど真ん中、どストライクでは無いのか?

「ちょっと順哉さん。紗絵に呑ませないで下さいよ~」

 焼きあがった焼きそばをパック詰めする順哉さんに、不満を申し立てる。

「俺関係無いよ。紗絵ちゃんが自分でどっかから持ってきてるんだから」
「でも、止めてくれたっていいじゃないですか?」
「まぁ、今日はお祭りなんだから、無礼講って事でいいじゃない。それに、紗絵ちゃんは大人っぽいから、ばれたりはしないと思うよ」
「え~。順哉さん、それって、暗に私が老けてるって言ってません?」

 紗絵が酒の肴に、順哉さんに絡みだした。

「言ってない言ってない」
「どうでしょうね~。順哉さんって、やっぱり和葉みたいに、幼い感じの方が好みなんじゃないんですか?」

 突然引きあいに出される。

「ちょっと紗絵、いい加減にしなよ」

 ――私は別に幼くなんか無い!

 不服申し立てを声には出さず、代わりに紗絵の手から紙コップをもぎ取る。だけど、そこに入っていたのは、ただのウーロン茶だった。

「あれ?」
「別にもう飲んで無いわよ。さっき缶ビール一本だけ空けたけど、その位じゃそんなに酔わないしさ。折角のお祭りなんだし、少しテンション高めにしたいけど、ちょっと酔ってるってふりすれば、順哉さんにも近づきやすいじゃない?」

 私からそっと紙コップを奪い返しながら、紗絵は小声で囁いた。
 策士。

「女って、怖~い」
「自分で言わないの」
「まぁ、この位の計算高さが無いと、人生の荒波は渡っていけないわよ~」

 そう言う紗絵の口元は、まだにへらにへらとしたままだ。もう飲んではいないが、若干酒は残っているのだろう。

「和葉ちゃん、キコさん来たよ」

 順哉さんの声に前を向くと、屋台前にいた姉と目があった。

「お~、和葉~」

 ひらひらと手を振りながら、缶ビールを片手ににやけている。

「お姉ちゃんも来てたんだ」
「いや、今来た所よ」
「そっか。それにしても……」
「それにしても、何よ?」
「いやぁ、いつも通りだなぁって思っただけ」

 男の子はそうでもないにしても、この女子の浴衣着用率の高いお祭りにおいて、姉は普段と変わらず、Tシャツにジーパンと言うスタイルのままだ。

「別にいいじゃない? 見せる人もいないしね~」
「キコさん、仁は?」

 順哉さんが姉に焼きそばのパックを渡しながら問いかける。

「ん~、仁さんは今日はバイトだって、何か貸し切り客が入ったらしいのよ」
「夏だしね~。やっぱ飲食関係は忙しいか~」

 二人の会話から推察するに、仁さんのバイトは、レストランや居酒屋関係なのかもしれない。

「ちょっと、和葉。あれ、あんたの姉ちゃんなの?」

 紗絵の問いに、そうだよ、とだけ返す。

「似てないわね~。お姉さん、ボンキュッボンじゃない。遺伝子って複雑だわね~」

 紗絵がいつもの親父ノリで、姉の肢体を眺めながら呟いた。
 そんな事を言われるこちらが複雑な気分になる。

「にしても和葉、あんた何でそんなとこにいるの?」
「何となく、流れで」
「そっちの子は、お友達?」

 姉が紗絵を見ながら、興味深げに聞いて来る。

「鈴原紗絵です。和葉には、いつもたっぷりお世話をしてあげてます」
「あら、それはそれは。手のかかる妹で申し訳ないですけど、めげずに仲良くしてあげて下さい」
「ちょっと二人とも! 私の扱い酷く無い?」

 間に立つ私の神経を敢えて逆なでしているかのような挨拶に、思わず噛みついてしまった。

「和葉、いいお友達じゃない」
「どこがよ!」
「え~、私はいいお友達じゃないの?」
「いや、そういう事じゃないのよ?」
「やっぱり、女友達なんかより、大藤がいいのね~」
「どうしてそこで玲央君が出てくるのよ!」
「あら、貴方も玲央君と知り合いなの?」
「はい、お姉さま。クラスが一緒なんです」

 紗絵の口から飛び出す姉の呼び方が、どんどんグレードアップしていく。

「お、噂をすれば……」

 順哉さんが往来を眺めながら楽しそうに呟いた。
 全員でその目線の先を見ると、フランクフルトを片手に持っている、ヘッドホンを付けた玲央君がいた。

「キコさん、玲央捕まえてきて」
「ラジャー!」
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