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6 キャンプ
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「えっと、どうかな?」
そう尋ねると、玲央君は目線を海の方に向けて、まぁ、似合ってるよ、なんて呟いた。
その短い言葉は、私の耳から体内に侵入し、全身の血管を揺さぶった。
――うわっ、嬉しい……。
てっきり、無愛想でつっけんどんな対応が返ってくるとばかり思っていたのに、たまには頑張ってみるものである。
「和葉、よかったね~。やっぱ、女は褒められてなんぼよね~」
玲央君の後ろから、紗絵が聞えよがしに声を出す。
今私が猫だったら、尻尾は見事天を衝いたまま動かないだろう。
程無くして戻って来た順哉さんに向けて、紗絵が水着姿を見せびらかせ、お約束のようにお褒めの言葉を頂いた所で、ようやく海へと繰り出す事となった。
ところが、玲央君は浜辺から動こうとしなかった。
「あ、俺ちょっと、体調悪いんで、少し休んでから行きますんで……」
「玲央、大丈夫か?」
順哉さんが心配そうに声をかけるが、玲央君は、大丈夫です、ちょっと休めば、と返すのみである。
「順哉さん、私、玲央君の様子見てますんで、どうぞ行って下さい」
私の申し出に、順哉さんと祐一君は申し訳なさそうだったが、このままみんなが残ってしまっても、きっと玲央君が胸を痛めてしまうだろう。
紗絵と道子にアイコンタクトを送ると、和葉に任せておきましょう、と助け舟を出してくれた。
「じゃあ和葉ちゃん、悪いけど、玲央の事宜しくね」
そうして4人連れだって海辺へと向かって行くのを眺めた。
二人でテントの前に置いていた椅子に腰を下ろす。
「あー、悪いな友野。気を使わせちまって……」
「気にしないで。それよりも、本当に大丈夫?」
聞いても、玲央君はバツが悪そうに俯くだけだった。
「ちょっと休んだら行くから、先行ってていいぞ」
「何言ってるの! 病人を一人で置いていける程、薄情者じゃありません!」
「あ~、そうか……」
そう言ったきり、玲央君は押し黙ってしまった。
夏の太陽は、ジリジリと肌を焼く。体調不良なら、この炎天下にいるのは身体に毒だ。
「ねぇ、ここに居るなら、ちょっと向こうの海の家まで行って、一休みしない? きっと、屋根がある分ここより涼しいよ」
「あー、いや、いいよ……」
歯切れの悪い答えを返して来る玲央君は、何か意を決したように私を見つめて来た。
「なぁ、友野。実はな、本当は、別に体調は悪くない……」
罪を懺悔するように真剣な口調だ。
「え? どういう事? 嘘ついたって事?」
「ちょっと休めば、回復する。それから合流しても、体調が悪いって前提があるから、あんまり無茶な要求は来ない、と思う……」
玲央君の行動の意図が読めない。
「えっと……」
「俺、泳げないんだよ……。だから、まぁ……」
シュンとして肩を落とすようにしながらそう呟いた玲央君の言葉で、私は彼の行動の意図を理解した。
確かに、一度具合が悪いと言えば、波打ち際で遊びながら上がったテンションで、沖に出ようと言われても、体調不良を理由に断る事が出来る。
だけど、玲央君がこんな子供じみた小細工をするなんて……。
――なんか、可愛いな。
不覚にも、頬が緩んでしまった。
「そう言う事ね、分かったよ。そう言う雰囲気になったら、フォローしてあげるよ」
そう告げると、玲央君は私の顔を見つめ、照れくさそうにした後で、困ったように微笑んだ。
「悪い、頼むな」
――やばい、抱きしめたい!
胸の内に湧き上がった衝動を必死で堪えつつ、私は立ち上がり、玲央君に手を差しだした。
「じゃ、行こっか」
彼は頷き、あっさりと私の手を取ってくれた。
手を引き、立ち上がる彼の手助けをして、皆の待つ浜辺へと向かう。
私は、躊躇わず手を握ってもらった事よりも、成り行き上なのかもしれないが、玲央君が秘密を打ち明けてくれた事が、何よりも嬉しかった。
そう尋ねると、玲央君は目線を海の方に向けて、まぁ、似合ってるよ、なんて呟いた。
その短い言葉は、私の耳から体内に侵入し、全身の血管を揺さぶった。
――うわっ、嬉しい……。
てっきり、無愛想でつっけんどんな対応が返ってくるとばかり思っていたのに、たまには頑張ってみるものである。
「和葉、よかったね~。やっぱ、女は褒められてなんぼよね~」
玲央君の後ろから、紗絵が聞えよがしに声を出す。
今私が猫だったら、尻尾は見事天を衝いたまま動かないだろう。
程無くして戻って来た順哉さんに向けて、紗絵が水着姿を見せびらかせ、お約束のようにお褒めの言葉を頂いた所で、ようやく海へと繰り出す事となった。
ところが、玲央君は浜辺から動こうとしなかった。
「あ、俺ちょっと、体調悪いんで、少し休んでから行きますんで……」
「玲央、大丈夫か?」
順哉さんが心配そうに声をかけるが、玲央君は、大丈夫です、ちょっと休めば、と返すのみである。
「順哉さん、私、玲央君の様子見てますんで、どうぞ行って下さい」
私の申し出に、順哉さんと祐一君は申し訳なさそうだったが、このままみんなが残ってしまっても、きっと玲央君が胸を痛めてしまうだろう。
紗絵と道子にアイコンタクトを送ると、和葉に任せておきましょう、と助け舟を出してくれた。
「じゃあ和葉ちゃん、悪いけど、玲央の事宜しくね」
そうして4人連れだって海辺へと向かって行くのを眺めた。
二人でテントの前に置いていた椅子に腰を下ろす。
「あー、悪いな友野。気を使わせちまって……」
「気にしないで。それよりも、本当に大丈夫?」
聞いても、玲央君はバツが悪そうに俯くだけだった。
「ちょっと休んだら行くから、先行ってていいぞ」
「何言ってるの! 病人を一人で置いていける程、薄情者じゃありません!」
「あ~、そうか……」
そう言ったきり、玲央君は押し黙ってしまった。
夏の太陽は、ジリジリと肌を焼く。体調不良なら、この炎天下にいるのは身体に毒だ。
「ねぇ、ここに居るなら、ちょっと向こうの海の家まで行って、一休みしない? きっと、屋根がある分ここより涼しいよ」
「あー、いや、いいよ……」
歯切れの悪い答えを返して来る玲央君は、何か意を決したように私を見つめて来た。
「なぁ、友野。実はな、本当は、別に体調は悪くない……」
罪を懺悔するように真剣な口調だ。
「え? どういう事? 嘘ついたって事?」
「ちょっと休めば、回復する。それから合流しても、体調が悪いって前提があるから、あんまり無茶な要求は来ない、と思う……」
玲央君の行動の意図が読めない。
「えっと……」
「俺、泳げないんだよ……。だから、まぁ……」
シュンとして肩を落とすようにしながらそう呟いた玲央君の言葉で、私は彼の行動の意図を理解した。
確かに、一度具合が悪いと言えば、波打ち際で遊びながら上がったテンションで、沖に出ようと言われても、体調不良を理由に断る事が出来る。
だけど、玲央君がこんな子供じみた小細工をするなんて……。
――なんか、可愛いな。
不覚にも、頬が緩んでしまった。
「そう言う事ね、分かったよ。そう言う雰囲気になったら、フォローしてあげるよ」
そう告げると、玲央君は私の顔を見つめ、照れくさそうにした後で、困ったように微笑んだ。
「悪い、頼むな」
――やばい、抱きしめたい!
胸の内に湧き上がった衝動を必死で堪えつつ、私は立ち上がり、玲央君に手を差しだした。
「じゃ、行こっか」
彼は頷き、あっさりと私の手を取ってくれた。
手を引き、立ち上がる彼の手助けをして、皆の待つ浜辺へと向かう。
私は、躊躇わず手を握ってもらった事よりも、成り行き上なのかもしれないが、玲央君が秘密を打ち明けてくれた事が、何よりも嬉しかった。
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