割れないしゃぼん玉

その３

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　今回の旅の一番の目的は、家族でのんびり温泉に浸かる事だ。だけれども、だからと言ってどこも見て回らないなんて味気無い、と声高に宣言した三葉姉の意向に沿う為、車でぐるぐると道の草を食みながら旅館へ向かう事となった。

「おい三葉、お前が言い出したんだから、途中で運転変われよ？」
「別にいいけど、私もう１０年運転して無いわよ。それでもいいのね？」
「うん、俺が悪かった」
「伸ちゃんは免許取らないの？」
「取りたいとは思ってるんだけど、その前にバイトしてお金貯めないと」
「別にそんくらいなら出してやるぞ？」
「いや、なんだかんだ言って高いし、純二兄や三葉姉にそこまで甘える訳にもいかないから」
「伸ちゃん」
「いや、遠慮してるとかじゃないよ？　そう言うんじゃなくって」
「違う違う、伸ちゃん、偉いなぁって」
「へ？　偉い？」
「全くだよなぁ。俺達だったら、金出してくれる～なんて言ったら、ホイホイ飛びついてるもんなぁ」
「本当よね～、どこをどうしたら、こう言ういい子が育つのかしらねぇ」
「そんな大袈裟な」
「いやいや、最近の若者も捨てたもんじゃねぇなって思うよ。うん、流石俺の弟だ」
「何言ってんのよ。私の弟よ」
「何言ってんだよ、俺の弟だから」

　不毛な言い争いをしている二人を眺めながら、父さんがこっそり、楽しそうにクツクツと笑っている。僕もバックミラー越しにそれを見て、なんだかおかしくなって、同じように笑った。
　高速道路は使わずに、一般道をのんびりと進んで行く。最短で向かえば３時間程で着く距離だが、ゆっくりと４～５時間かけての旅程計画を組んだ。埼玉を出たのが９時過ぎ、日の高い内に旅館に到着すればいいだろうと言う、ゆるい日程の旅行である。
　時刻が１０時に差しかかる頃、三葉姉がお菓子の袋を取り出した。どうやら、腹時計がおやつの時間を告げたらしい。一人が食べ出すと美味しそうに見えるもので、皆で啄むようにポテトチップスに手を伸ばした。
　三葉姉に差し出されたポテトチプスの袋に手を伸ばす為、助手席から後ろを振り返ると、ふと、父さんがじっと外の景色を眺めているのに気がついた。まるで何か懐かしいものでも見つけたかの様な、穏やかな顔をしている。話しかけようかとも思ったが、邪魔をするのも何となく悪い気がして、僕は意識をポテトチップスに向け直した。

「ふんじにい、はととのくらい？」

　三葉姉が、口をもごもごさせながら、後どの位かを尋ねる。

「まだ一時間も走ってねぇだろ、半分も来てねぇよ」
「なんかさ～、私お腹空いちゃった」
「はぁ？　お前、朝飯食ったばっかりだろ。今もバリバリ菓子食ってんじゃねぇか」
「いいじゃないのよ。ちょこちょこ寄り道してさ、色々食べていきましょうよ？　こう言うのが旅の醍醐味じゃない。ねぇねぇ、父さんはどう？」

　水を向けられた父さんが、やれやれと言った風に、困った笑いを浮かべる。

「そうだな、父さんはそんなに食べられないが、味見くらいならな」
「うっし、決っまり～」
「決っまり～ったって、この辺り何があるんだよ？」
「何でもいいわよ、伸ちゃん、ちょっとこの辺調べてみてよ」
「食べ物屋でいいんだよね？」
「ん～、甘いものでもいいわよ」
「お前、腹減ったって言ってたのに、甘いものって」
「あんまり食べ過ぎたら、晩御飯食べられないでしょ？」
「お前はたらふく食ったとしても、絶対晩飯は残さねぇだろ」
「あっはっはっは」
「笑って誤魔化したって、脂肪はだませねぇぞ」
「うっわ、純二兄、デリカシー無い。そんなんだから嫁の一人も出来ないのよ」
「大きなお世話だ！　お前にデリカシーを語る資格はねぇ！」
「あっはっはっは」
「だから、笑って誤魔化すんじゃねぇ！」

　三葉姉の笑い声が車内に響く。
　うどんくらいなら軽くていいんじゃねぇか、と言う純二兄の意見が無事三葉姉に採用され、車はメインの道路から少し脇道に逸れた場所にあった、チェーン店では無いうどん屋さんへと足を向けた。
　三葉姉の手を借り、ゆっくりと車から降りる父さんの足取りは、いつもよりも軽やかで、楽しそうだった。
　素敵な旅行にしようと、そう思った。