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第八章 決着

第八章 第八幕

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 レースは佳境を迎えていた。
 9番リングから11番リングに差し掛かった時に、運良くルティカ達に対し追い風が吹いた。その風に乗り勢いよくレベル5の位置まで上昇し、12番リング直前で再び、バラクアはその嘴のすぐ先にレベの尾羽を捕えた。
 風読力は、ルティカの方が上だろう。
 だが鴻鵠士としての技術は、ベートの方が上だろう。
 12番、13番リングと連続で潜り、二頭は編隊を組んだかのように連なったまま、先程と同様に地面すれすれのレベル1の位置にある、14番リングへと向かっていく。

「ルティカ、どうする?」

 一周前のチキンレースが頭を過ぎったのだろう。問い掛けるバラクアの声には、僅かに懸念が含まれていた。が、それに対しルティカは小さく呟いた。

「大丈夫、このまま行って。出来ればもっとスピード上げて、後ろじゃなくて横に並んで欲しい」

 冷静な指示だが、一周前の状況を鑑みれば、それはそのまま地面に激突しかねない、あまりに無謀な指示にも思えた。
 しかし、バラクアはその言葉に対し、動揺も聞き返す事もしなかった。ルティカの指示通りに直ぐさま翼を限界まで畳み、無抵抗に落ちていった。。まるで重力に引かれる一滴の雨粒のように。
 落下速度はグングンと上がり、そしてついにバラクアは、レベの隣へと翼を並べた。
 とてつもないスピードの中、地面はどんどんと迫ってくる。だがしかし、力が均衡している様に見えるレベとバラクアには、能力の上で一つ大きな違いがあった。

 バラクアは、パストを使う事が出来ないのだ。

 本来パストとは、ナーゼルの試合ではよく使われるが、リングの多いルーゼンの試合では滅多にお目にかかれない、珍しい代物なのだ。その為に、パストを使う事の出来ないルーゼンの鴻鵠は勿論多く、寧ろC級でパストを使えるレベの方が希少であり異常とも言えた。
 バラクアもそんな数多の内の一頭である。つまりバラクアには、レベの様にパストで減速を行うと言う選択肢を選べないのだ。

 14番リングと地面が、瞬く間に近づいてくる。
 これぞまさにチキンレース。
 もしバラクアが先に減速をし、レベの後ろに回ったならば最後、四周目の二の舞になるのは必至だろう。故にこの我慢比べにおいて、後塵を拝する事は即ち敗北を意味する。
 だから引けない。
 引けるはずが無い。
 目も眩む程の猛烈なスピードを受け、顔中の肉が、風圧で後ろへと引っ張られ続ける。もし一手でも判断を謝れば、その結果は目も当てられないだろう。隣り合わせに寄り添って来る死の影すら、不気味に優しく感じる程の距離にいる。
 そんな極限状態の最中にも関わらず、ルティカの心中は、まるで鏡のように自身を映す水面の如く、穏やかに凪いでいた。

 ――もうすぐ、このレースも終わるんだな……。

 そんな当たり前の事が、ルティカの心に不意に感傷的に響いた。
 風を切る轟音もどこか遠い。そうして次第にルティカの耳は、必要最低限の音以外寄せ付けなくなっていった。
 集中力。
 それも、辣腕の鍛冶屋が全霊の力を込めて打った、一点の曇りすら感じられない程に研ぎ澄まされた刃の様に、鋭い。
 その刃の煌きは、彼女の瞳にも反映される。
 ルティカの視界に移る世界は、水中と見紛うばかりに緩やかに流れ、このまま地面に柔らかく着地出来そうな程だった。
 その時、隣を飛んでいたレベが、堪らず先に減速をした。ギリギリの我慢比べに打ち勝ったルティカの視界から、緋色の翼が消えた事で、彼女の目にはもう、斜め前方のリングと地面しか映らなくなった。
 レベとベートの判断力からして、彼らが減速をしたポイントが、恐らく限界地点なのであろう。だが、ルティカ達は危険を承知の上で、更にその先へと一歩踏み込み、このレース中初めて、ベート達の前を行き、トップへと躍り出た。
 しかし、迫り来る地面までの距離はもう幾許もない。まともな減速や旋回では、最早激突は免れない。会場中の誰しもが悲惨な事故を予見し、咄嗟に目を背けた者もいた。
 だが次の瞬間、ルティカは満面の笑みで大声を張り上げた。

「バラクア! 翼開いて!! 思いっきり!!!」

 まるでルティカの咆哮が分かっていたかのように、バラクアは即座に縮めていた闇色の両翼を、一斉に広げてみ見せた。
 風の抵抗を翼全体で受け止める事で、バラクアのスピードに急ブレーキがかかる。
 だが、地面までの距離が足りない。
 減速が追いつかない。
 危険を冒し、限界まで攻めの姿勢を見せたルティカ達だったが、あまりにも無謀に攻め過ぎた。減速は間に合わず、バラクアの巨体はそのまま猛スピードで、地面へと激突してしまうであろう……、筈だった。
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