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〜初等部

解決すべき問題

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 私が前世を思い出すきっかけとなった『誕生日階段転落事件』から一週間がたった。
 ようやく動いても良いと紫之宮家専属の医師より許可をもらえた事により、私は一週間ぶりに家族と朝食を共にする。両親は私をとても大切にしているようで、顔を合わせた瞬間から過保護な程に心配してくれた。
 そんな私への態度とは違い、兄が家庭教師より出された課題を満点でクリアしたという話には特に反応もなく、もっと精進しなさい。とたった一言告げるのみである。
 私の隣に座っていた兄の手が、固く握りしめられた。

「そうですよね・・・」

 寂しそうにそう言った兄が笑う。
 自分の気持ちを圧し殺した悲しそうな笑顔を見た瞬間。
 攻略対象者にはあまり関わらず平凡に生きると決めたはずなのに、気付いたら私の手は動いていた。

「お兄様は頑張り屋さんですわね。良い子は私が誉めて差し上げますわ」

 両親の目の前で落ち込んだ様子の兄の頭を優しく撫でる。
 やんちゃだった前世の弟達に比べて、自主的に勉強して一生懸命頑張る兄のなんて偉いことでしょう。私はとても感動していた。

「大変よく頑張りました!良い子、良い子・・・」

 そう言って何度も優しく兄の頭を撫でていると、最初は驚きに目を見開き固まっていた彼が瞳を潤ませ、今にも泣きそうに顔を歪めた。
 本家である紫之宮家に男子が産まれる兆しが見えない為、跡取りとして傍系である親戚から養子として我が家へと籍を移した兄。
 彼は同年代よりも賢く、齢6歳にして紫之宮家の跡取りとして相応しい知識を蓄えている天才児らしい。家庭教師がそう誉めているのを聞いた。
 しかし両親は跡取りならば出来て当然だ、と彼を誉める事は一度も無かったようだ。
 いくら賢いといっても所詮は6歳。
 まだまだ親に甘えたい盛りなのに直系に男子が産まれないからと実の親から離され養子になった挙げ句、その養子先では出来て当然だと一度も誉められる事はない。
 そんな対応をされれば、そりゃあ仲も悪くなるだろうと思う。こんな環境で家族仲良くなんて、兄が聖人君子でない限りは不可能に近いだろう。

「お兄様は頑張ってますわ」

 黙ったまま私に頭を撫でられている兄が涙を流す。今までの私の記憶の中に泣いた兄の姿はない。
 両親達も兄がこの家で泣いているのを見たのは初めてだったのだろう。目を見開き、驚いた様子でこちらを見ていた両親を睨む。

「お兄様は頑張ってらっしゃるのに、何で誉めて差し上げないのですか?お兄様が可哀想ではありませんか」
「春、別に僕は気にしてないよ・・・」
「お兄様は静かになさっていて下さい!」

 両親を問い詰める私を止めようと兄が声をかけてくれるがここは私も譲れない。いくら跡取りだからとしても、何故まだ親の愛情が必要な6歳の子供がこんなに我慢しなければいけないのか。

「誰一人として知る人のいない我が家に6歳という幼さで養子に入り、泣き言も言わず頑張っていたお兄様をお父様達はちゃんと見ていましたか?」

 私は淡々と諭すように両親に語りかける。
 これでも私は前世で年の離れた弟妹達の保護者として家族を支えてきた。子育てに関しては両親よりも上手く出来ていたと思う。
 まだ4歳である私が睨んでも怖くなかろうが、訴えることに意味があるのだ。

「・・・そうだな、まだ6歳だった」

 私が口を閉ざし、シンと静まりかえった食堂に父の低い声が響く。

「私達は跡取りだからと奏の頑張りを知ろうとせず、結果しか見なかった。出来て当然なのだと疑いもしないで」
「え・・・」
「すまなかった奏。まだやり直せるか?」

 当主である父が兄の前に膝をつき頭を下げて謝った。突然の出来事にキャパを越えたのか兄は固まっている。

「春ちゃんの言う通りよね。養子でも奏は私達の子供ですもの、誉めても良かったのよね・・・。今までごめんなさい、奏。お母様達を許してくれるかしら?」

 そう言って母は私と兄を優しく抱き締めた。そんな母ごと父も私達を抱き締める。私は両親の腕の中で狼狽える兄の袖を引いた。
 困惑した様子で私を見下ろした兄に笑いかけて、私は彼に告げる。

「お兄様、こういう時は抱き締め返すのが礼儀ですのよ!」

 そう言って私は両親に抱きついて見せた。困惑しながらも私を真似る様に控えめに両親へと抱きついた兄を、両親が私ごとキツく抱き締める。
 ぎゅうぎゅうと苦しいくらいに体は締め付けられていたが、私の隣で嬉しそうに泣き笑う兄の顔に免じて今日はその苦しみを我慢しましょう。

 攻略対象者にあまり関わらないと決めていたが、兄は家族だから例外ということにしておこう。子供は元気に笑ってこそなのだから。

 そうしてこの日から私達は本当の家族になったのだ。
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