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7章 朋
5 夕焼け
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千逸は花角の家を出ると、生産プラント「みずち」のあいだを足早に進み、行政プラント「かぐら」へと向かう通路を歩いていた。
途中、自動走行車を捕まえるとそれに乗り込み、誰もいない車内でひとり揺られながら、花角との会話を思い出す。
――まさか、あの男が行方を知っているとは思わなかった。
霧島が突然連絡を絶ったことは、千逸にとって想定外であった。いや、想定していながら、気づいていないふりをしていたと言える。
千逸は最近、霧島の視線がなにかを含み始めていると感じていた。先日海で気を失ってから、霧島がこちらを見る目が、なにかを確かめるような視線に変わっていたことに気づいたのである。
ただ、それを知りながらずっと無視していた。無意識にそうしてしまっていた理由を考えると、それは花角が指摘したとおりであると思われた。
『俺には……きみがどこか怖がっているように見えるよ。思い出してほしくない、なにか別の理由があるのか?』
花角のことばを思い出し、千逸は風を受けながら一人笑う。
――あれは……図星だった。
仮にあの人が全てを思い出して、死ぬ方法なんてもう必要ないといってくれたとしても。自分の願いにイエスといって、これまでと同じ関係を続けてくれるかはわからない。
霧島至旺は自分の願いを聞いた上で、断るかもしれないのである。
――花角にああは言ったものの……関係が変わるのがいやなのは、本当は俺なんだ。
いまの自分がどれだけ素晴らしい時間をすごしていたか、恵まれていたかを思うと、いっそこの時間を知らなければよかったと思うようになった。
あのひとがはじめて見せてくれた、誰かを求める色っぽい顔つきも。
心から安心して穏やかに眠る表情も。
豊かな風景に心を震わせ微笑む姿も。
そのすべてが、自分との過去を失ってからみせた、新しい表情なのである。
それらが失われる可能性など、千逸は考えたくもなかった。同時に、そうなった状態で永遠を生きなければならなくなってしまった場合が、この世の地獄ではないかと思えた。
――俺は……浅はかだったのだろうか。
そう考えるも、心のなかでそれを否定する。
――いや、どうしようもなかっただろう。ずっと憧れ、夢にまでみたひとが手の内に転がり込んできたのなら、誰だってこうするさ。
そして弱みに付け込み身体を奪ったときから、この結末は決まっていたのだろう。
ぼんやりと流れていく景色を眺めながら、千逸は思う。
――もう、信じるしかない。
過去の霧島を知る花角が言うには、霧島至旺は少しずつ過去の自分を取り戻りつつあるという。
そんな状態の霧島から、千逸は想像以上に気持ちを寄せられていることを知っていた。
あの自分を見つめる熱を持った視線と、喜びに震える身体は、絶対にまやかしではない。
――あのひとはすべてを思い出したあとで、きっと願いを聞いてくれるだろう。
地下を進む自動走行車が、急にぼんやりとした明かりで照らされたはじめた。
それは赤く輝く夕焼け空のもと、行政プラントの地上を音もなく進んだ。
途中、自動走行車を捕まえるとそれに乗り込み、誰もいない車内でひとり揺られながら、花角との会話を思い出す。
――まさか、あの男が行方を知っているとは思わなかった。
霧島が突然連絡を絶ったことは、千逸にとって想定外であった。いや、想定していながら、気づいていないふりをしていたと言える。
千逸は最近、霧島の視線がなにかを含み始めていると感じていた。先日海で気を失ってから、霧島がこちらを見る目が、なにかを確かめるような視線に変わっていたことに気づいたのである。
ただ、それを知りながらずっと無視していた。無意識にそうしてしまっていた理由を考えると、それは花角が指摘したとおりであると思われた。
『俺には……きみがどこか怖がっているように見えるよ。思い出してほしくない、なにか別の理由があるのか?』
花角のことばを思い出し、千逸は風を受けながら一人笑う。
――あれは……図星だった。
仮にあの人が全てを思い出して、死ぬ方法なんてもう必要ないといってくれたとしても。自分の願いにイエスといって、これまでと同じ関係を続けてくれるかはわからない。
霧島至旺は自分の願いを聞いた上で、断るかもしれないのである。
――花角にああは言ったものの……関係が変わるのがいやなのは、本当は俺なんだ。
いまの自分がどれだけ素晴らしい時間をすごしていたか、恵まれていたかを思うと、いっそこの時間を知らなければよかったと思うようになった。
あのひとがはじめて見せてくれた、誰かを求める色っぽい顔つきも。
心から安心して穏やかに眠る表情も。
豊かな風景に心を震わせ微笑む姿も。
そのすべてが、自分との過去を失ってからみせた、新しい表情なのである。
それらが失われる可能性など、千逸は考えたくもなかった。同時に、そうなった状態で永遠を生きなければならなくなってしまった場合が、この世の地獄ではないかと思えた。
――俺は……浅はかだったのだろうか。
そう考えるも、心のなかでそれを否定する。
――いや、どうしようもなかっただろう。ずっと憧れ、夢にまでみたひとが手の内に転がり込んできたのなら、誰だってこうするさ。
そして弱みに付け込み身体を奪ったときから、この結末は決まっていたのだろう。
ぼんやりと流れていく景色を眺めながら、千逸は思う。
――もう、信じるしかない。
過去の霧島を知る花角が言うには、霧島至旺は少しずつ過去の自分を取り戻りつつあるという。
そんな状態の霧島から、千逸は想像以上に気持ちを寄せられていることを知っていた。
あの自分を見つめる熱を持った視線と、喜びに震える身体は、絶対にまやかしではない。
――あのひとはすべてを思い出したあとで、きっと願いを聞いてくれるだろう。
地下を進む自動走行車が、急にぼんやりとした明かりで照らされたはじめた。
それは赤く輝く夕焼け空のもと、行政プラントの地上を音もなく進んだ。
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