20 / 59
3章 欲
3 幻惑
しおりを挟む――してやられた。
霧島は比較的人の少ない飲食店の窓際の席に座り、道行く人々が戯れる姿を窓越しに眺めていた。
頭のなかは、ここまでの道案内役であり、その役目を華麗に放棄した花角に対する呆れで満ちていた。
――おそらく花角は、最初からこうするつもりで連れてきたのだろう。
霧島がそう思うのも無理はなかった。
なぜなら、花角は古くからの友であり、霧島の性格を誰よりもよく知っているのである。目的をあらかじめ伝えてしまったら、霧島はついてこない。また、場所についたあとで目的を伝えても、興味がないと帰ってしまう。
連れて来るだけ連れてきて逃げるというのが、理に適った作戦だったのだろう。
霧島は花角に付いてここまで来たことを、いまになって後悔していた。しかし同時に、自分はまた花角に誘われたら、同じようにするのだろうと思った。
永遠の時を生きるなかで、花角との記憶も少しずつ消えている。今日一日の出来事も、いつかきっと忘れてしまうのだろう。
しかしそうであっても、信頼だけは残る気がした。
記憶がなくとも、きっと今日のように、無意識のうちに花角を信じてしまうに違いない。
――信頼も魂のどこかに刻まれ、肉体間を移動するのだろうのか。
霧島は漠然と考えながら、注文した青色の飲み物を口にした。弾ける炭酸と舌に残る下品な甘さが、毒々しい色によく合っていた。
「――ねえ、一緒に飲まない?」
二口目を喉に流しグラスを置いた瞬間、そう声をかけてきたのは見知らぬX型――若い女性であった。
汗ばんだ豊満な肉体をできる限りあらわにし、霧島の身体に押し付けながら甘い息を振りまいて微笑む。その姿は手頃な相手を探しているように見えた。
――そういえば、ここはそういう場所だった。
娯楽プラント「とこよ」の最奥部は、肉欲を満たすために存在する。彼女たちはそれを目的に訪れており、ここにいる自分も同じように見られているに違いない。
霧島は肌に触れる柔らかいものを感じながら、嫌悪感がこみ上げてくるのを感じた。
――はやくここから去らないと。
あの行為に少しも意味を見いだせない自分は、この場にいてはいけない。他の人々を不快にする前に、早く元の居場所に戻らなければ。
そう思い、霧島は身体を離そうと力を入れた。しかし、なぜか手も足も、思うように動かない。
――なんだ……これは……。
途端、霧島の視界は揺れ始めた。同時に、腰に電気が走ったようにぞわぞわし、その場に膝をついてしまう。
――あの、飲み物だろうか。
そう思ったのも束の間、身体にべたりと絡んだ女性の手が、霧島の身体を撫でまわしながら服を剥がしていく。霧島は抵抗もできずに、あらわになった白い肌を震わせることしかできなかった。
そして、手がいよいよ霧島の下腹部に伸びようとしたときだった。
突然、霧島の腕をひやりとした何かが掴んだと思えば、そのまま腰を優しく抱き寄せられた。
「……大丈夫か?」
薄れゆく意識のなか、白んでいく景色の奥。
霧島が理解できたのは、低く響く男の声と、胸の奥のかすかな痛みだけだった。
20
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる