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3章 欲

3 幻惑

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 ――してやられた。
 霧島は比較的人の少ない飲食店の窓際の席に座り、道行く人々が戯れる姿を窓越しに眺めていた。
 頭のなかは、ここまでの道案内役であり、その役目を華麗に放棄した花角に対する呆れで満ちていた。
 ――おそらく花角は、最初からこうするつもりで連れてきたのだろう。
 霧島がそう思うのも無理はなかった。
 なぜなら、花角は古くからの友であり、霧島の性格を誰よりもよく知っているのである。目的をあらかじめ伝えてしまったら、霧島はついてこない。また、場所についたあとで目的を伝えても、興味がないと帰ってしまう。
 連れて来るだけ連れてきて逃げるというのが、理に適った作戦だったのだろう。
 霧島は花角に付いてここまで来たことを、いまになって後悔していた。しかし同時に、自分はまた花角に誘われたら、同じようにするのだろうと思った。
 永遠の時を生きるなかで、花角との記憶も少しずつ消えている。今日一日の出来事も、いつかきっと忘れてしまうのだろう。
 しかしそうであっても、信頼だけは残る気がした。
 記憶がなくとも、きっと今日のように、無意識のうちに花角を信じてしまうに違いない。
 ――信頼も魂のどこかに刻まれ、肉体間を移動するのだろうのか。
 霧島は漠然と考えながら、注文した青色の飲み物を口にした。弾ける炭酸と舌に残る下品な甘さが、毒々しい色によく合っていた。

「――ねえ、一緒に飲まない?」
 二口目を喉に流しグラスを置いた瞬間、そう声をかけてきたのは見知らぬX型――若い女性であった。
 汗ばんだ豊満な肉体をできる限りあらわにし、霧島の身体に押し付けながら甘い息を振りまいて微笑む。その姿は手頃な相手を探しているように見えた。
 ――そういえば、ここはそういう場所だった。
 娯楽プラント「とこよ」の最奥部は、肉欲を満たすために存在する。彼女たちはそれを目的に訪れており、ここにいる自分も同じように見られているに違いない。
 霧島は肌に触れる柔らかいものを感じながら、嫌悪感がこみ上げてくるのを感じた。
 ――はやくここから去らないと。
 あの行為に少しも意味を見いだせない自分は、この場にいてはいけない。他の人々を不快にする前に、早く元の居場所に戻らなければ。
 そう思い、霧島は身体を離そうと力を入れた。しかし、なぜか手も足も、思うように動かない。
 ――なんだ……これは……。 
 途端、霧島の視界は揺れ始めた。同時に、腰に電気が走ったようにぞわぞわし、その場に膝をついてしまう。
 ――あの、飲み物だろうか。
 そう思ったのも束の間、身体にべたりと絡んだ女性の手が、霧島の身体を撫でまわしながら服を剥がしていく。霧島は抵抗もできずに、あらわになった白い肌を震わせることしかできなかった。
 そして、手がいよいよ霧島の下腹部に伸びようとしたときだった。
 突然、霧島の腕をひやりとした何かが掴んだと思えば、そのまま腰を優しく抱き寄せられた。
「……大丈夫か?」
 薄れゆく意識のなか、白んでいく景色の奥。
 霧島が理解できたのは、低く響く男の声と、胸の奥のかすかな痛みだけだった。
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