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1章 世
4 問答②
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モニターの中の老紳士はひとしきり唸ったあと、再び口を開いた。
「うーん、左様でいらっしゃいますか。……そうですね。では別のご提案を致しましょう。キリシマ様、別の素体を試されてみるというのはいかがでしょうか?」
そう問われた霧島は、以前にもこんなやり取りがなかったかと記憶を探る。
――前回、前々回も同じ話の流れで、別の型番にしろだのX型を経験しろだの、いろいろ言われなかっただろうか。
とはいえ、霧島は少しも替える気がなかったので率直に言う。
「……この型番を気に入っているんだ」
すると、モニターは納得するような声を出しながらも、
「なるほど。ですが、それはかなり古いタイプで、よく言えば古き良き肉体、悪く言えば凡人の皮です。何の面白みもありません。最新版であれば、後天的に運動能力を調整できるものや、疑似脳を組み込んだものもあり、無限の可能性を秘めております。肉体は可変であることを、ぜひ理解して頂きたいと思います」
と熱弁をふるった。
霧島は心のなかで苦笑した。
――凡人の皮か。
彼自身、罵られたSR155系統をいつも選ぶ理由はわからなかった。
とはいえ自分が、着古して穴が空きながらも馴染んだ服を着続ける性格であるとわかっていたので、音声は右から左へと受け流した。
――彼ら機械知性は、人間に少しでも新しく刺激のあるものを、とプログラムされている。だから同じ売り問答を繰り返しているだけなのだ。
霧島はそう思いながら、笑みを浮かべる。
すると、相手は予想通りに次の皮をおすすめし始めた。
「――また、X型素体も外せませんね。X型は、Y型素体とは肉体的にまったく別のつくりとなっており、外部刺激に対する受容がまるっきり変化します。優れた色彩感覚に目覚め、秘められた能力に気づく方もいらっしゃいます」
X型――いわゆる女性型の素体だか、霧島はまだ一度も経験したことがない。
友人の中には、男では受容できなかった新たな刺激に触れ、「二度と男には戻れない」そう言ったものもいた。
しかし霧島にとって、アーティスティックな感性も女性特有の快楽も、まるで不要だった。とくに後者は、子孫を成すことができなくなったいま、非生産的でまったく無駄なものとしか思えなかった。
口元に笑みを浮かべたまま反応せずにいると、紳士は諦めたように微笑み言った。
「――キリシマ様。また後日、ご案内を送らせて頂きますが、次回はもう少しはやめの素体交換をお心がけください」
「…………はあ」
「大昔、魂が身体に囚われていた時代は、生まれたときの身体で一生を生きねばなりませんでした。しかしいまは自由です。衣服や髪型を変えるように、気軽に交換する方も多い。老化によるパフォーマンス低下が訪れる前に、ぜひ新しい素体へご交換頂くことをおすすめいたします」
そう言ったあとで、紳士はきりりと表情をひきしめ続けた。
「キリシマ様のような、第一期に交換された皆さまは、身体を変えることに特に抵抗がお有りであると感じます。しかし昔の記憶に縛られることなく、いまは自由を満喫し悠々と生を全うして頂ければと思います。……今回は定着安定剤だけお出ししますので、いつものようにお飲みください。それでは、今回の人生も素晴らしいものとなりますように。自由は人間の尊厳なのですから」
****
ようやく開放された霧島は、部屋を出るとすぐに背伸びをした。
受付までの道は、左一面に大きな窓があり、そこから差し込む日差しがまばゆい。
白い壁がよりいっそう輝き、ぼんやりと霞むなかをひとり歩き、ふと思った。
「……尊厳、か」
自由は人間の尊厳である、そう紳士――機械知性は言った。
――ならば。
「……死の尊厳は、一体どこへ行ってしまったんだろうな」
霧島の小さなつぶやきは、誰の耳へ入ることもなく、ひっそりと光のなかへ消えていった。
「うーん、左様でいらっしゃいますか。……そうですね。では別のご提案を致しましょう。キリシマ様、別の素体を試されてみるというのはいかがでしょうか?」
そう問われた霧島は、以前にもこんなやり取りがなかったかと記憶を探る。
――前回、前々回も同じ話の流れで、別の型番にしろだのX型を経験しろだの、いろいろ言われなかっただろうか。
とはいえ、霧島は少しも替える気がなかったので率直に言う。
「……この型番を気に入っているんだ」
すると、モニターは納得するような声を出しながらも、
「なるほど。ですが、それはかなり古いタイプで、よく言えば古き良き肉体、悪く言えば凡人の皮です。何の面白みもありません。最新版であれば、後天的に運動能力を調整できるものや、疑似脳を組み込んだものもあり、無限の可能性を秘めております。肉体は可変であることを、ぜひ理解して頂きたいと思います」
と熱弁をふるった。
霧島は心のなかで苦笑した。
――凡人の皮か。
彼自身、罵られたSR155系統をいつも選ぶ理由はわからなかった。
とはいえ自分が、着古して穴が空きながらも馴染んだ服を着続ける性格であるとわかっていたので、音声は右から左へと受け流した。
――彼ら機械知性は、人間に少しでも新しく刺激のあるものを、とプログラムされている。だから同じ売り問答を繰り返しているだけなのだ。
霧島はそう思いながら、笑みを浮かべる。
すると、相手は予想通りに次の皮をおすすめし始めた。
「――また、X型素体も外せませんね。X型は、Y型素体とは肉体的にまったく別のつくりとなっており、外部刺激に対する受容がまるっきり変化します。優れた色彩感覚に目覚め、秘められた能力に気づく方もいらっしゃいます」
X型――いわゆる女性型の素体だか、霧島はまだ一度も経験したことがない。
友人の中には、男では受容できなかった新たな刺激に触れ、「二度と男には戻れない」そう言ったものもいた。
しかし霧島にとって、アーティスティックな感性も女性特有の快楽も、まるで不要だった。とくに後者は、子孫を成すことができなくなったいま、非生産的でまったく無駄なものとしか思えなかった。
口元に笑みを浮かべたまま反応せずにいると、紳士は諦めたように微笑み言った。
「――キリシマ様。また後日、ご案内を送らせて頂きますが、次回はもう少しはやめの素体交換をお心がけください」
「…………はあ」
「大昔、魂が身体に囚われていた時代は、生まれたときの身体で一生を生きねばなりませんでした。しかしいまは自由です。衣服や髪型を変えるように、気軽に交換する方も多い。老化によるパフォーマンス低下が訪れる前に、ぜひ新しい素体へご交換頂くことをおすすめいたします」
そう言ったあとで、紳士はきりりと表情をひきしめ続けた。
「キリシマ様のような、第一期に交換された皆さまは、身体を変えることに特に抵抗がお有りであると感じます。しかし昔の記憶に縛られることなく、いまは自由を満喫し悠々と生を全うして頂ければと思います。……今回は定着安定剤だけお出ししますので、いつものようにお飲みください。それでは、今回の人生も素晴らしいものとなりますように。自由は人間の尊厳なのですから」
****
ようやく開放された霧島は、部屋を出るとすぐに背伸びをした。
受付までの道は、左一面に大きな窓があり、そこから差し込む日差しがまばゆい。
白い壁がよりいっそう輝き、ぼんやりと霞むなかをひとり歩き、ふと思った。
「……尊厳、か」
自由は人間の尊厳である、そう紳士――機械知性は言った。
――ならば。
「……死の尊厳は、一体どこへ行ってしまったんだろうな」
霧島の小さなつぶやきは、誰の耳へ入ることもなく、ひっそりと光のなかへ消えていった。
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