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1章 世

1 幻

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 遠くで、かもめが小さく鳴いた。
 霧島きりしまシヲウが目を開けると、風に揺れる枝葉がみえた。
 さざなみの音が聞こえ、横になっていたビーチチェアから身体を起こすと、無垢な砂浜の先に、海が果てまで続いていた。穏やかな大気で包まれた、理想の海岸である。
 この風景が脳内に作られたまやかしの風景であることは、誰にとっても周知の事実だった。
 ――もう何度目だろう。
 霧島は心の中で呟いた。同時に、その声なき言葉に対して、脳内で返答が響く。
《キリシマシヲウ様の今回の素体交換は七回目となります。定着確認中です。少々お待ちくださいませ》
 人と変わらない、なめらかな合成音声に告げられ、霧島はすることもなく白い浜辺へ足をおろした。
 日を浴び乾いた砂から、足の裏へじんわりと熱が伝わる。前回よりも無駄に精巧になったと彼は思った。
《脳波安定しました。映像を終了してもよろしいでしょうか》
「ああ。いい」
《お疲れ様でした。三秒後に神経接続を解除しますので、目を閉じて、周囲が明るくなるのをお待ちください》
 声の言うとおりに目を閉じると、色鮮やかな風景は消えた。
 同時に感じていた音や熱、風や匂いも徐々に遠のいていく。体が溶け落ちていくようなこの感覚は、夢から現実に戻る合図のように思えた。
 霧島がこれを味わうのは、七回目である。生きている際に感じたことのない、この独特な感覚に襲われるたび、彼はいつも、
 ――死も、こんな風に訪れるのだろうか。
 と思い、同時に、
 ――何らかの形でこのまま永遠に眠り続けられたら。
 と願うのだった。
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