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1章 隣の席の変な人

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 教室はすっかり静まり返っていた。
 夕焼けが差し込み橙色に輝くそこに、先程と変わらず醒ヶ井眠子の姿があった。透哉が教室から離れる前と同じ様子で、未だに顔を腕に埋めてひとり静かに眠っている。
 透哉は自分の席に腰かけて、ちらりと彼女を見た。
 醒ヶ井眠子は両腕をクッション代わりに机に突っ伏す姿勢で、眼鏡を掛けたまま、透哉の席に顔を向けていた。なので彼の視線は、眼鏡の奥の閉じられた瞼へと向かい―その長い睫毛を捉えた瞬間彼女が微かに頭を動かしたので、反射的に透哉は目を逸らした。
 その後一度呼吸を整え、再び、恐る恐る視線を向ける。彼女の背中はゆっくりと上下しており、呼吸は先程よりも深いように見えた。
(…………本当に、起きるのだろうか?)
 透哉は心配になり、とりあえず起きるまで待ってみようと鞄から宿題を取り出し手を付け始めた。しかしそろそろ終わる時間になっても、一向に起きる気配がなかった。
 透哉は徐々に心配になっていった。
(本当にこのまま眠り続けて誰も起こしてくれなかったら、夜遅くに一人で帰ることになるかもしれない。それに今日の授業のノートや数学の宿題だって、絶対に知らないはずだ)
 そもそも、今日ようやく顔を合わせることが出来たのに、透哉はまだ名前を知ってもらうことすら出来ていなかった。
 だからあとで何と言われてもいい、そう決意すると、彼は彼女を起こすことにした。

「醒ヶ井さん!」

 二人しかいない教室で、彼の声はよく響いた。隣の教室まで聞こえるくらいには大きかったに違いない。
 しかしそんな声を出したものの、彼女は一向に起きる気配がなかった。
 透哉はだんだん怖くなっていた。
 もはやここまでしても目覚めないとなれば、なにか重大な病気で意識を失っているのではないか。
 背に冷たいものが流れ、透哉とうやは息を飲む。
 ―大丈夫。さっきまで起き上がっていたじゃないか。
 嫌な考えを振り払うように、終礼のときの彼女の姿を思い出す。ほんの一時間くらい前まで、きちんと立ち上がって挨拶もしていた。
 ―ならば、別の方法で起こしてみよう。
 音がだめなら、肩を叩いてみようか。
 そう短絡的に手を伸ばしたことを、彼は後に後悔することになる。
 彼女の肩に触れた途端、何故か透哉の視界はぐにゃりと歪み始めた。
「―え」
 反射的に声は出たものの、何が起きたと考える余地すらなかった。
 辺りは黒に侵食され、気づけば透哉とうやの目の前は真っ暗になった。


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