わが家のもふもふ様

景綱

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第四話 問題は人の世だけにあらず

4 思わぬ真実

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 学校からの帰り道、神社の参道に数匹の猫が集まっているのが見えた。
 あれ、もふもふ様もいる。もしかして、また何かあったのだろうか。

「修也、僕ちょっと神社に寄って行くから」
「神社なら俺も行くよ」
「そ、そうか」

 困った。まあいいか。なんとか誤魔化せるだろう。

「あれ、猫が集まっているぞ」
「そうだな」

 あっ、なんで。猫たちが僕たちを見て逃げていってしまった。
 話を聞きたかったのに。

「逃げちまったな」

 僕と修也は参拝をして家に帰った。すると家の前にさっきの猫たちがいた。もちろんもふもふ様もいる。エマもいた。

「あっ、おかえり」
「ただいま」

 エマの頭を撫でるともふもふ様に「なにかあったのか」と訊ねた。

「犯人と思われる爺さんのような婆さんをみつけたらしい」
「爺さんのような婆さんってなんだよ」
「おかしいよね。じいちゃんなのにばあちゃんなのか。ばあちゃんなのにじいちゃんなのか。おかしい、おかしい、おかしいったらおかしい」
「エマ、静かに」
「はーーーい」

 毒のエサをばら撒くなんて許せない。乗り込んで……。いやいや、どんな人かわからないのに乗り込んで逆にやられちゃったら大変だ。婆ちゃんだかお爺ちゃんなのかわからないけど、実はもっと若いなんてことがあるかもしれない。猫の記憶は当てにならない。
 どうしよう。

「おいらがいる。大丈夫だ。どんな凶悪犯でもひょひょいのひょいだ」

 よくわからないけど、もふもふ様がなんとかしてくれるってことだろう。いざとなったら白狐様に来てもらおう。きっと来てくれるはず。

「よし、じゃ案内してくれよ。その犯人かもしれない人のところに」
「エマも行く」
「エマは危ないから待っていてくれ」
「イヤ、イヤ、イヤ。行くの。絶対に行くの」

 エマはちょっと涙目になっている。こうなったら連れて行くしかない。

「わかった、わかった。一緒に行こう」

 ゴマと子猫たち、そして猫の集会で出会った猫とともに犯人らしき人のところへ向かった。神社を越えて五分くらいのところのアパートに引っ越して来たひとらしい。

「ねぇねぇ、チナちゃんは呼ばなくていいの」


 エマはすっかり笑顔を取り戻してそんなことを口にした。
「それは、えっと」
「大丈夫、もう私が呼んである。ふふふ」

 えっ、呼んであるのか。

「ヒナちゃん、やるね。今度こそ、チュッチュクチューだぁ」

 ああ、エマの奴。またそれか。

「いた、いた。侑真くーーーん」
「チナちゃん」

 エマが突然僕の顔を覗き込んで「真っ赤っかだぁ」とニコリとした。

「おい、おまえら遊んでいないで真面目にやれ。もう着くぞ」
「ごめん、もふもふ様」

 気づけばアパートはすぐそこだった。
 あそこに住んでいるのか。どんな人だろうか。危ない人だったらどうしよう。いやいや、犯人かはまだわからない。

「猫しゃんをいじめる悪い奴をやっつけろぉ」
「エマ、まだ犯人かわからないんだぞ。そんなことを言っちゃダメだ」
「そうなの。わかった」

 そんなことを話していたらゴマがアパートの敷地内に入っていってしまった。すると、どこの部屋かわからないが声が聞えてきた。

「おやおや、猫ちゃん。おいで、おいで。お腹減っていないかい」

 まずい、毒のエサを食べさせられてしまう。僕は急いでゴマのもとへ駆け出した。ゴマは一番奥の部屋の玄関先にいた。ゴマを撫でているのはお婆さんみたいだ。確かにお爺さんにも見えるかもしれない。けど、お婆さんだ。たぶん。

「ちょっと待った」

 僕はお婆さんに向かって大声を出して駆け出した。エマもチナもあとから追いかけてくる。ヒナはゆっくりと歩いてきた。
 お婆さんはきょとんとした顔をしてこっちをみつめていた。

「お婆ちゃん、ダメ。ゴマしゃん殺しちゃだめ」
「な、なんだいこの子は。わたしは猫ちゃんにごはんをあげているだけだよ。殺したりしていないね。いい加減なこと言うんじゃないよ、まったく」

 憤慨するお婆さんを宥めてエマを後ろへ下がらせる。
 なんだろう。この感じ。お婆さんが猫殺しの犯人とは思えない。なんとなくそう感じた。けど、もふもふ様が「猫たちはこの人だ」と伝えてくれた。本当にそうなのだろうか。猫たちが言うならそうなのだろうけど。
 ゴマはじっとお婆さんをみつめている。何を考えているのだろうか。

「あの、お婆さん。いつも猫ちゃんに何を食べさせているんですか」

 チナの質問にお婆さんは、「なにって、猫ちゃんにはねこまんまだろう」とすぐに答えた。
 ねこまんまって。ごはんに味噌汁かけたもののことだろうか。昔の人だからわざわざキャットフードを買ってあげるなんてことをしないのかもしれない。
 もしかして、そのねこまんまが毒なのかも。

「あの、ねこまんまってどんなものあげているんですか」

 僕の質問の意味がわかっていないのかお婆さんは「ねこまんまは、ねこまんまだろう」としか答えてくれない。

「あの、今はなにをあげようとしていたか見せてもらってもいいですか」

 僕はなるべく丁寧に話したのだが、お婆さんはどこかイライラしている素振りをみせていた。それでも部屋の中へ戻ると何かを持って出てきた。
 確かにねこまんまだ。
 ごはんに鰹節となにか汁が入っている。なにかのスープだろうか。味噌汁じゃないみたいだ。

「なんだよ、ねこまんまはいけないのかい」
「いや、その。これはなにかスープをかけてあるんですか」

 ねこまんまは正直ダメだと思う。人が食べるものは基本ダメだから。

「これは昨日の残りの肉じゃがの汁だよ」

 僕は肉じゃがを思い浮かべてみた。えっと、肉とジャガイモと……。あっ、タマネギ。確か、猫にはタマネギは毒になるはず。中毒を起こすって聞いたことがある。なら、これを食べたら危険だ。そうか、お婆さんは知らずにあげていたのか。きっとそうだ。
 もふもふ様に目を向けると頷いていた。
 残虐な猫殺しじゃなかったのか。

「お婆ちゃん、これ猫にあげちゃダメだよ。猫が病気になっちゃうよ」
「えっ、病気。なにを言っているんだい。猫には昔からねこまんまって決まっているだろう」
「でも、肉じゃがの汁なんだよね。タマネギが入っているよね」
「タマネギ。もちろん入っているよ。けど、かけているのは汁だけだよ」
「それでもダメだよ。タマネギを猫が食べると死んじゃうこともあるんだからね」
「そ、そうなのかい」

 お婆さんは青ざめた顔をしていた。

「そうだ、そうだ。タマネギはダメなんだよ。毒なの、毒。えっ、タマネギは毒なの、本当に」

 エマがチナの後ろから声を張り上げたが、エマもタマネギが猫に毒だとはわかっていなかったのか僕へと顔を向けた。僕は頷く。

「だから……。いつもの猫ちゃんが来なくなっちまったのかい」

 お婆さんは溜め息を漏らして項垂れてしまった。
 やっぱり知らなかったのか。話を聞くとお婆さんはタマネギが好きらしく味噌汁にも入れていたらしい。毎日じゃないけど、タマネギはだいたい入っていたようだ。
 きっと亡くなった猫は致死量のタマネギの入った汁を食べてしったに違いない。
 思ってもいなかった結末だった。お婆さんには悪気はなかった。亡くなった猫には申し訳ないとお婆さんも謝っていた。
 僕は今度からはキャットフードをあげるようにと話して家路に着いた。

「なんだかお婆ちゃん、可哀相だったな」
「そうだね。チナちゃん、今度お婆ちゃんのところに遊びに行ってあげようか。猫のこともいろいろと教えてあげてさ」
「それ、いいかも」
「おいらもそれがいいと思うぞ」

 ずっと黙ってついて来ていた座敷童子のヒナも笑顔で頷いていた。

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