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第二章 幽霊たちのおもてなし
11 手違いはどこにでもある
しおりを挟む「おじさん、おばさん、エマちたよー」
やっぱり返事はない。
暗い部屋でソファーに座りぼんやりするおばさんとテレビの前に座っているがどうみてもテレビを見ている感じじゃないおじさん。テレビはついていない。
「陽太くん連れてきたよ」
エマの言葉におじさんとおばさんがパッと振り返りこっちに目を向けた。同時に陽太が僕の中へと入り込んでくる。首筋がひんやりしてなんとなく頭が重く感じる。なんだか気持ちが悪い。けど我慢しなきゃ。
「陽太なのか、本当に陽太なのか」
「パパ、ママ」
僕の中に陽太を感じる。けど、自分もきちんといる。おじさんとおばさんは瞳を潤ませて抱きついてくる。
「戻って来てくれたんだな。また一緒に暮らせるんだな」
陽太の心が揺れ動いている。『そうだよ』と言いたい気持ちを感じる。けど、口から出た言葉は違った。
「ごめん、僕は一緒には暮らせないよ。ごめん、パパ、ママ。僕はもう死んじゃったんだよ。だからごめん」
「何を言っているの。ここにいるじゃない」
「ママ、もう僕はいないんだよ。一緒にいたいけど、無理なんだよ。ごめん。だからふたりで元気でいてよ。じゃないと僕休めないよ。このままじゃもしかしたら怨霊になっちゃうかもしれないよ。それでもいいの」
言葉と裏腹に陽太の心は『生きたい。パパとママとずっといたい』との気持ちが強く湧き上がっていた。僕にはその気持ちがひしひしと伝わってきた。今、陽太の心と僕の心は重なり合っている。楽しかった思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
どうにかならないのだろうか。僕が陽太に身体を貸してあげたらいいのかも。けど、そうなったら僕は陽太として生きていくことになってしまう。母のことが頭に浮かび、やっぱり僕は陽太にはなれない。
「陽太、怨霊でもいいからいてくれ」
「そうよ、ここにいてくれるだけでいいの」
このままじゃまずい。陽太もここにいたいとの思いが強くなっている。それだけじゃない。陽太の心が僕の身体を乗っ取ろうと思いはじめている。どうしよう。陽太を僕から追い出さなきゃダメかもしれない。けど、陽太はしっかりと僕を捕えている。
『もふもふ様、どうにかして』
「パパ、ママ。僕も一緒にいたい」
「なら一緒にいればいいのよ」
それはダメだ。くそっ、身体が言うことを聞かない。
『陽太くん、お願いだ。僕から出ていって』
「嫌だ。僕はパパとママといる」
僕はどうにかしようと抵抗しようとしたがうまくいかない。なんだか息苦しい。頭が朦朧としてくる。このままじゃ陽太に負けてしまう。
「お兄ちゃん、どうしたの」
エマの声がする。なのに返事をすることができない。
「もふもふ様、どうにかして。エマ、お兄ちゃんがいなくなるのイヤだ、イヤだ、イヤだ」
エマには伝わるものがあるのだろう。必死にもふもふ様に訴えている。
「わかっている。おいらも頑張っているところだ」
「お兄ちゃん、ねぇ、お兄ちゃんってば」
エマの涙声がする。
『陽太くん、お願いだよ。僕だって母さんとエマと別れたくないよ。猫のゴマやちー、たー、よーとも別れたくないよ。もふもふ様とも一緒にいたいんだよ。聞こえるだろう。だから……』
陽太の心が揺れ動いている。エマの涙がそうさせているのかもしれない。
陽太が絶叫した。
「僕は、僕は、僕は……」
気づくと陽太は僕の身体から飛び出して跪いて涙していた。僕も立っていられなくて膝をつく。
「陽太、陽太、どこにいったんだ。陽太」
おじさんが声を張り上げて探し回る。おばさんも行ったり来たりしていた。
「陽太、戻って来て。私、陽太がいないとダメなの」
「おじさん、おばさん、陽太くんはここに」
あれ、なんで。
「お兄ちゃん、エマなんだかおかしくなっちったみたい。グルグル目が回る。ああ、なんで、なんで。どうなっちゃったの」
僕はエマの手をしっかりと掴み抱き寄せた。景色が目まぐるしく変化していく。もしかして、もふもふ様が何か仕掛けているのか。
「おいらじゃないぞ」
えっ、違うのか。
「お兄ちゃん、怖いよ、助けて。グルグルイヤだよ」
「エマ、大丈夫だ」
ギュッとエマを抱きしめる。
本当のところ大丈夫なのかわからない。もふもふ様の仕業だったら大丈夫と言えるけど。いったい何が起きているのだろう。
おじさんとおばさんの姿は消えていた。陽太も見当たらない。ここには僕とエマともふもふ様だけ。周りの景色がグルグル回り今では景色がまったくわからないくらいの回転になっている。まるで竜巻の中に入り込んでしまったかのようだ。実際に竜巻に入ったことはないからわからないけど。ダメだ、見ていられない。ギュッと瞼を閉じてエマとともに蹲る。
誰か助けて。
「おい、侑真、エマ。見て見ろ」
もふもふ様の声に瞼を上げるとそこは来る途中に見た交差点だった。
「あっ、おじさんだ。あれ、どうして。あの子もいる。へんだ、へんだ、へんてこりんだ」
エマの言う通りだ。おじさんと陽太が信号待ちをしている。
「聞こえるか、カナメ」
この声は白狐様か。
「あっ、はい。聞こえています。どうされましたか」
もふもふ様は急に畏まりひれ伏した。白狐様の姿は見えないが声だけがはっきりと耳に届く。
「どうやら天界でトラブルがあったようでな。陽太の死は間違いであったようだ」
間違いってどういうことだ。
「ほ、本当ですか」
「我が嘘をつくと思うのか」
「あの、す、すみません」
「ふふ、カナメよ。そう畏まらなくてもいいぞ。まあ、なんだ。神も間違いはある」
「ねぇねぇ、デッカイ白もふもふ様。これ、どうなんてんの」
「おっ、エマか。これはな、少しばかり時間を戻した場所だ。事故を起こす前にもどっているはずだ」
そういうことか。
「エマ、よくわかんない」
「そうか、まあよい。カナメあの二人を早いところあの場所から離せ。あの親子は事故に遭わなかったことにすればよい。それですべてが正される」
僕はもふもふ様と目を合せて頷いた。
「エマはもふもふ様とここにいて。僕がおじさんたちを連れてくるから」
「えっ、お兄ちゃん。大丈夫なの」
僕はエマの頭を撫でて強く頷いた。
「侑真が行くのか。ならば、あとは任せたぞ。それでは」
白狐様の声はもう聞えなくなってしまった。
僕は交差点に走りふたりに声をかけた。
「おじさん、陽太くん」
「君は誰かな」
あっ、そうか。僕のことは知らないのか。少し考えて僕は二人に「なんか、あのおばさんが家に帰って来てって言っていたよ」と嘘をついた。
「家に」
「うん、早く行ったほうがいいよ」
「そうか、なんだろう」
おじさんは不思議そうな顔をしていたが陽太とともに帰って行った。これで、いいのだろうか。僕も少し離れてエマともふもふ様のところへ歩みを進めた。その矢先、背後でガシャンと激しい衝突音が響き渡った。
さっきふたりがいた場所に車が突っ込んでいた。事故は起きた。だが、そこには別の誰かが頭から血を流して倒れていた。男の子みたいだ。陽太ではない。
もしかして、あの子が本当は事故に遭う予定だったのだろうか。なんだか複雑な気持ちになった。
スッキリしない。胸の内にモヤモヤしたものが残る。陽太が助かっても別の誰かが亡くなってしまうのか。誰も亡くならなければこんな気持ちにならなくてよかったのに。
「侑真、しかたがないことだ」
わかっているけど、納得はできない。
エマは衝撃のあまりずっと呆然としていた。
けど、その二日後、事故に遭った子供は奇跡的に助かったとの連絡が入ってエマの顔に笑顔という花が咲いた。
奇跡か。これはもしかしたら間違いを起こした神様からのプレゼントだったのかもしれない。
「エマって向日葵みたいだな」
「えっ、ひまわり。わーい、わーい。エマ、ひまわりだーーーいスキ」
そう叫び僕に抱きついてきた。
その横でゴマが「グゥギャギャッ」とカエルのように鳴いた。ちー、たー、よーはまったくこっちに関心がないみたいで三匹でじゃれ合っていた。もふもふ様はというとエマの頭の上で僕と目が合い口元をほころばせていた。
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