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第二章 幽霊たちのおもてなし
1 厄介な幽霊たち
しおりを挟む「ただいま」
「あっ、よかった。帰って来てくれて。あのね、侑真、なんだか二階から物音がするのよ。けどね、見にいったら誰もいなくてなんだか怖くて」
カタ、カタカタ。トン、トトトン。
「ほら、聞こえるでしょ」
「もしかして幽霊さんかも」
エマの一言で母が青ざめた顔をした。
「エマ、何を言っているんだよ。ゴマかもしれないじゃないか」
違うとわかっているけど母を安心させたくてそう話した。
「えっ、ゴマさん。そうなのかな。いなかったと思うけど」
「タンスの裏とかテレビの裏とかに隠れていたのかもよ」
「そうだといいんだけど」
僕は二階に向かいながら「ゴマ、いるのか」と声をかけた。
「幽霊さんじゃないのかな。うーん、ゴマしゃんかなぁ。かくれんぼしているのかな、ゴマしゃん。エマもかくれんぼする」
エマは僕についてきてニコニコしていた。
きっとゴマはいないと思う。エマの言う通りたぶん幽霊だ。僕とエマの部屋の扉を開けて目を見開いた。
幽霊たちの行列が天井付近にできあがっていた。ええっ、こんなにたくさん。
「ほほう、こりゃ大変だ。早いところあの世へ導いてやらなきゃ。レッツダンス」
「わーい、わーい。おしり、ふりふり。おしり、ふりふり。くるくるりんですってんころりん」
エマは何をしているのだろう。あれはダンスとは言えない。それでも幽霊たちがエマに気づき天井から降りてくる。幽霊の出迎えはダンスって決まりでもあるのか。
「どけ、俺が先だ」
「なによ、割り込まないでちょうだい」
「馬鹿を言え、おまえこそ割り込むな」
「どきな、おまえたちは後回しよ。私は偉いんだからね」
「うるさい、偉いとか関係ない。あの世では意味がないことだ」
「どけどけどけ。ここか、天国へ直行できる入り口があるのは」
たくさんの幽霊が蹴散らかされて一人の男が顔を出す。
エマと狐神様は顔を見合わせていた。
いったいどうなっているのだろう。そんなことより部屋中が幽霊だらけだ。しかも、自己中な幽霊ばかり。いままでの幽霊と違う。それでもエマは「お茶どうぞ」と配り出す。
「エマ、こいつらは閻魔様に審判を委ねなくてはいけない者たちのようだ。おもてなしは中止だ」
狐神様はエマに耳打ちした。
「えええ、なんで、どうして」
「この世で悪いことをした者だからだ」
狐神様はいつになく真面目な顔つきをしている。
閻魔様って。それならここにいる幽霊たちは地獄行きってことか。
「けど、けど、お茶くらい飲ませてあげようよ」
「こいつらには優しさは禁物だ」
「なんだと馬鹿狐め」
「そうよ、そうよ。私たちにだっておもてなししてくれたっていいんじゃないの」
「あたしゃ、お偉いさんと親しいんだよ。いいのかい、酷い目に合わせても」
「いいから天国の扉を開きやがれ」
なんて奴らだ。酷い物言いだ。
「お兄ちゃん、怖い。エマ、この人たちキライ。おもてなししてあげたかったのに」
エマは抱きついてきてグスンと鼻を鳴らしながら涙した。
ゴマはエマの泣き顔を見て幽霊たちに向かってシャーと威嚇した。
「狐神様、どうにかならないのか」
「大丈夫だ。すでに地獄の使者たちが到着したところだ」
地獄の使者。
あっ、赤鬼に青鬼だ。どこからやって来たのか気づくと幽霊たちの背後から筋肉が盛り上がった両腕でがっしりと掴みかかっていた。
「ここはおまえらの来るところではない。さっさと閻魔様の裁きを受けろ。まあ、聞くまでもなく地獄の一丁目決定だろうけどな」
赤鬼の言葉に幽霊たちが青ざめた顔をしていた。いや、もともと顔色は悪いか。
青鬼がニコリとして「怖がらせてしまったな。おまえたちのことはあっちの世界でも評判になっているぞ。頑張れよ」と優しい言葉をかけてくれた。けどすぐに幽霊たちに「ほら、さっさと歩け。馬鹿どもが」と怒鳴りつけていた。
鬼って怖い存在だと思っていたけど、そうでもないのかも。悪いことをしなきゃ、優しく接してくれるみたいだ。これは大発見だ。
「エマ、行っちゃったよ。もう大丈夫だよ」
ヒックヒックと言わせてエマはまだ涙目でいた。
「行っちゃったの」
「そうだよ、鬼さんが悪い幽霊さんを連れて行ってくれたからね」
「鬼さんが」
「そうだよ。さっき声が聞えただろう」
「がんばれって言ってくれた人が鬼さんなの」
「そうだよ」
エマは涙を拭って狐神様のほうに目を向けた。狐神様もニコリとしてエマの頭に乗って「もう大丈夫」とエマの頭をなでなでしていた。
幽霊のいなくなった部屋をエマは見回していた。
「いないね。怖い幽霊さん、いないね」
「いないよ、大丈夫だよ」
僕はエマの肩をポンと叩き、「どうする。もう幽霊さんにおもてなしするのやめようか」と訊ねたらエマは僕の目を見てかぶりを振った。
「エマ、やめない。だって、やめたら幽霊さんが迷子になっちゃうもん」
「けど、また悪い幽霊さんが来るかもしれないよ」
「うん、そうだけど。でも、でも、でも、そんときは鬼さんがやっつけてくれるもん」
潤んだ瞳でそう話すエマが可愛くてしかたがなかった。
「そうだな。鬼さんがエマのこときっと守ってくれるよな」
「うん。鬼さんって本当は優しいんだね。エマ、目をつぶっちゃっていたから鬼さんのこと見られなかった。残念。絵本の鬼さんと同じだったのかな」
「同じだった。怖い顔だった。けど、悪いことをしなきゃきっと怖くはないよ」
エマは急に立ち上がり「鬼さん、ありがとう」と叫んでいた。
きっと、声は鬼に届いたことだろう。そう信じたい。
「あのー、ここで合っているでしょうか。あの世の入り口は」
「うわっ、びっくりした」
部屋の隅っこからぬうっと顔を出して来た困り顔の幽霊が登場した。
もしかしてまだ悪い幽霊が残っていたのか。一瞬そう思ったが幽霊の顔をじっと見ているうちに違うと思えてきた。
「今度こそ、レッツダンスだ」
「はい、もうふもふ様」
エマはまたしてもぎこちない踊りをはじめていた。それどころかときどき尻餅もついてしまっている。それがまた可愛くもあるけど。
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