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第一章 わが家は不可思議なことばかり
10 消えた記憶
しおりを挟むチナの病室に着き、ひとつ深呼吸をした。
「お兄ちゃん、コクハク、コクハク。ワクワク、ドキドキ」
僕は口の前に指を立てて「静かにね」と告げた。やっぱり教えなきゃよかった。
それでも小声でエマは「ワクワク、ドキドキ」と呟いていた。
病室の入り口に『飯波ちな』と名前が書かれていた。
名前はひらがななのか。
僕は病室に入り、チナのベッドのほうへと歩みを進めた。
いた。間違いない。
「こんにちは、えっと飯波さん。僕、同じ小学校の六年の五十幡侑真です。わかるかな」
「えっと、えっと、五十幡エマだよ。ハンバーグ、覚えているかなぁ。バナナ牛乳、覚えているかなぁ。ねぇねぇ。もふもふ様は覚えているかなぁ」
エマが割り込んでチナのベッド横に行ってチナに問い掛けている。
「あの、私……。なんのことかわからない」
えっ、わからない。どういうこと。
「僕のこと、わからないのかな」
「ごめんなさい」
「えっ、えっ、うんとね、エマのことも忘れちったの」
チナは「うん」とだけ答えた。なんだか混乱しているみたいだ。
「そんな、そんな、そんな」
エマは俯き狐神様をみつめていた。
「しかたがない。霊体になったときの記憶は覚えていないことはよくあることだ。寝ている時に見る夢と同じ感覚と言えばわかるか。まあ、これから友達になればいいんじゃないのか」
なるほど、そういう考え方もあるのか。
「エマ、そうする。チナちゃんとお友達になる。ねぇねぇ、いいよね」
チナの手を取りニコッと微笑んだ。
「可愛いね。エマちゃん」
「僕の妹なんだ。すっごく可愛いでしょ」
チナは僕にも微笑んでくれた。
「あっ、お兄ちゃん。真っ赤っかになっちった。あのね、あのね、チナちゃん。お兄ちゃんはね、チナちゃんのことが、〇×*%$#」
僕は気づくとエマを捕まえて口を押えていた。
チナがキョトンとした顔をしている。
「ごめん、なんでもないんだ。気にしないで。いててて。噛むなエマ」
「お兄ちゃんがいけなんでしょ」
チナがプッと吹き出していた。
僕は頭を掻いて苦笑いを浮かべた。
エマは僕の手を振りほどいてチナの耳元で「好きなんだって。チナちゃんのこと」と小声で伝えていた。小声ではあるが僕にもその声は聞こえていた。
「ああ、またお兄ちゃん、顔が真っ赤っかだ」
「うるさいな、エマ」
「えへへ。真っ赤だな、真っ赤だな、お兄ちゃんのお顔が真っ赤だな~」
「エマ、静かに。寝ている人もいるんだからな」
「はーい」
エマは返事をしてすぐに大声を出してしまったことに気づいたのかギュッと口を噤んだ。
「ごめんね、騒がしくて」
「ううん、大丈夫だよ」
「またお見舞いに来てもいいかな」
「うん、ありがとう」
「エマもまた来るね」
チナに手を振り病院をあとにすると「よかったね。きっとチナちゃんお兄ちゃんのこと好きになっちったよね」とエマがニコリとした。
エマはまったく。そうだったら嬉しいけど。
チナとのことを考えると、わが家に幽霊が来るのもいいことなのかもと思えてきた。けど、生き返れたからそう思えるのかもしれないけど。
なんだかこれから忙しくなりそうだ。
わが家が幽霊の道標になるのだろう。エマと狐神様と僕がきちんと成仏させてあげなきゃ。いや、できれば生き返らせたい。そうだ、もしかした家に帰ったら迷える幽霊が待っているかもしれない。
「エマ、帰ったらまた幽霊たちにおもてなししてあげなきゃね」
「うん、そうだね」
エマはまた歌い出した。
「真っ赤だな、真っ赤だな~」と。
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