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第三章

まさかの事態に

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「駿くん」

 あれ、いない。

「駿くーーーん」

 大声で叫んでみても姿はない。どこを見てもクローバーが広がる野原があるだけ。
 いったいどこへ行ってしまったのだろう。
 早苗は仕方がなく駿の祖父母の家に戻ることにした。


***


 駿の祖父母の家に着くとホツマが庭で家の中をじっとみつめて座り込んでいた。

「ホツマ、どうしたの」

 早苗はしゃがみ込んでホツマの頭を撫でた。それでもホツマは家の中をじっとみつめている。いったい何があるのだろう。窓が開け放たれていて部屋の中に太陽の光が差し込んでいた。早苗はホツマの視線の先を見遣り動きを止めた。一瞬早苗の中の時が止まった。だがすぐに時の流れが戻り悲鳴をあげる。
 天井のむき出しになった梁に括り付けられた紐にぶら下がる駿の姿がそこにはあった。
 嘘、そんな……。
 早苗は駿に向かって駆け出した。

「ダメ、死んじゃダメ」

 そう叫びながら駿の身体を持ち上げようとした。重くて持ち上がらない。騒ぎを聞きつけた駿の祖父母がやってきて早苗とともに首を吊った駿をどうにか下ろす。まだ息はある。大丈夫だ。
 急いで救急車を呼び病院へ。
 駿は一命を取りとめた。だが目を覚まさなかった。
 なんで首なんて吊ったの。いったい何が起きたの。駿が自殺なんてするはずがない。そんなことする理由がない。それじゃどうして。誰かが殺そうとしたというの。それも考えられなかった。あの家には駿と祖父母だけ。駿の祖父母が殺そうとするはずがない。

 そうだ、事故だ。あれは何かの事故だ。
 でも……誤って首を吊ってしまうだなんてことがありえるだろうか。ありえない。そもそも梁に紐がぶら下がっているなんてことなんてない。誰かが紐を括り付けたとしか思えない。そんなことをするのは首を吊った駿本人しかありえないのではないか。
 駿は悩み事でもあったのだろうか。そうかもしれない。この田舎に戻って来るくらいの何か思い詰めることがあったのかもしれない。明るく振舞っていたけど違ったのかもしれない。相談してくれればよかったのに。
 早苗は目を覚まさない駿をみつめて溜め息を漏らした。

「早く、目を覚まして。お願いだから。お嫁さんにしてくれるって約束したでしょ。忘れちゃったの」

 子供の頃のことを思い出しながら早苗は涙した。
 大丈夫。きっと駿は目を覚ましてくれるはず。約束したんだもの。それに自殺なんかじゃない。あれは事故。そう何かの事故。事故ではないとわかっていても早苗はそう思うことにした。
 そろそろ面会時間も終わりだ。ずっとここにいたいけど帰らなきゃ。

「駿くん、また明日来るからね」

 早苗はそう声をかけて病室をあとにした。


***


 スマホの着信音にハッと目が覚める。
 こんなに朝早く誰だろうと眠い目を擦りスマホを手に取る。駿の家からだと飛び起き「もしもし、早苗です」と言い相手の言葉を待つ。駿に何かあったのだろうか。まさか……。
 違う、きっと違う。でもこんなに早くに電話してくるってことは。

「早苗ちゃん」

 駿の祖母の声に「はい」と返事をする。

「駿がね、駿がね」

 ああ、嫌だ。涙声だ。そのあとの言葉が聞きたくない。早苗の頭の中に『死』という言葉が嫌でも浮かぶ。だがその次に聞こえてきた言葉は違うものだった。

「いなくなったらしいの。そっちに行っていないかい」

 えっ、いなくなった。一瞬、何を話しているのかわからなくなった。いなくなったってどういうこと。病院から消えたってこと。えっ、それって目を覚ましてどこかへ行ってしまったってこと。
 なに、なに。
 早苗は頭の整理ができなかった。

「早苗ちゃん、聞いているかい。駿はそっちに行っていないかい」
「あっ、その。ちょっと待ってください。外を見てみます」

 早苗は寝間着のままサンダルを履いて外に飛び出した。誰もいない。道路のそばまで行って左右を確認したが人の姿はない。

「いない、みたいです」
「そうかい。わかったよ。悪いんだけど、一緒に探してくれないかい」
「はい、わかりました。探してみます」

 早苗はそう言うなり家に戻り着替えはじめた。
 いったいどうなっているのだろう。意識不明だったはず。意識が戻ったのだろうか。そうだとしても出歩くなんてことができるのだろうか。病院から連絡があったんだと思うけど。それだと病院のどこにもいないってこと。
 おかしい。そんなことありえるのだろうか。
 誰にもみつからずに病院を抜け出すなんて無理だ。いや、できるのだろうか。真夜中だったらもしかしたらみつからずに抜け出せるのかも。そうだとして、どこに。
 どこかで息絶えている駿を想像してしまい早苗は不安でいっぱいになった。ああ、もう駿の馬鹿。
 とにかく早くみつけなきゃ。

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