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第3章 狐の涙

7 鬼猫と九尾の狐

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「鬼猫、久しぶりだな」
「九尾の狐か。そうか、おまえだったか。こんなところにいたとはな」

「ふん、わらわのことなど忘れていたくせに」
「そんなことはない。我は……。すまなかった」

「今更、謝られても困る。おまえらの仲間も皆呪い殺してやる」

 あたり一面炎の海と化した部屋だというのに、不思議なことに九尾の狐の周りは炎が避けているかのようだ。鬼猫
もまた同じように炎を退けていた。

「あのときのことがまだ許せないのだな。だがなぜ今頃になって」
「ふん、そうではない。わらわはこの家の者とずっと生きてきた。酷い仕打ちを受けてもこの家の者のおかげで救われていたのだ。だが、この家の者はわらわを忘れて捨てたのだ。裏切ったのだ。人間とはそういうものだ。おまえらもそうだ。信じるほうが損をする。ならば皆呪い殺したほうがいいではないか。母上は間違っていたのだ」

 炎がブワッと天井まで立ち昇る。まるで九尾の狐の怒りを具現化するかのように。
 裏切られたか。ここはさっきの家族の家ではないのか。
 天井がドサリと音を立てて落ちてくる。このままではまずい。

「とにかくここから出ようではないか」
「うるさい。わらわはおまえを道連れにしてここで死ぬ。もう苦しむのは終わりにしたい」

「馬鹿なことを言うな。思い出せ、人間はそんなに悪い者ではない。確かに悪い者もいるがそれは我らも変わりはないはず。違うか」
「鬼猫、黙れ。戯言など聞きたくはない。わらわとともに死すのだ」

 白面金毛の九尾の狐は鋭い爪を突き出して向かってきた。
 そこへいきなり巨体が壁となって間に割り込んできた。蹴速か。
 九尾の狐の爪は蹴速の腹に突き刺さっている。

「大丈夫か、蹴速」
「これくらいたいしたことはない。この腹は脂肪でできた鎧のようなものだ」
「邪魔立てするな」

 九尾の狐は蹴速の腹から爪を抜くことができないようだ。

「無駄だ」
「小癪な真似を」

 蹴速は手にしていた小さな石を九尾の狐に見せつけた。

「な、なんだこれは」

 言葉ではそう言いつつも何か感じるものがあるのだろう。じっとみつめて動かなくなった。

「みつけられたのだな」

 蹴速は鬼猫の言葉に頷き、九尾の狐に石を手渡した。
 九尾の狐の怨みの念が薄れて優しい気が放たれていく。瞳からスゥーッと涙が落ちる。

「母上」

 そう、あの石は目の前にいる九尾の狐の母親の形見だ。さっきまでただの石に見えていたものに薄っすらと九本の尻尾がある狐の模様が浮き上がっていた。

「仲良くするんですよ、コクリ。過ちを犯すのはわらわだけでよい」

 不思議なことにそんな声があたりを包み込んだ。
 そのとたん、外からズドドンと爆発音が響き渡った。

 雷が落ちたのか。いつの間にか窓の外は豪雨になっていた。消防車を待つまでもなく暴れ回っていた炎が鎮火しようとしていた。崩れ落ちて穴の開いた屋根から鈍色の空が覗いていた。雨が顔に降り注ぐ。時折鳴り響く雷鳴が耳をつく。
 そういえばあのときも雷雨だった。

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