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第3章 狐の涙
6 立ちはだかる頼光
しおりを挟む「おまえらの命は我が握っている。覚悟するのだな」
頼光だ。
あいつはさっき大黒様にどこかへ飛ばされたはずだ。なぜ、ここにいる。しぶとい奴だ。
まずい、こんなときに出てくるなんて。いや、こんなときだから出てきたのか。大黒様と恵比須様がいる。きっと大丈夫だ。またやっつけてくれるはずだ。今はここにいる親子も守らなきゃいけない。
「頼光か。おまえさんも可哀想な奴だのぉ。魂となってもまだ鬼退治ごっこか」
「なに、ごっこではない。我は帝の命に従っているだけだ」
「帝のぉ。そんなものおりゃせんよ。おまえさんは狐に騙されているだけ。さっさと成仏するがいい」
「うるさい、鬼どもにそんなことを言われる筋合いはない。問答無用、叩き斬ってやる」
頼光が一歩踏み出した瞬間、ブワッと黒い煙が立ち込めた。
刀は愛莉の頭上に振り上げられていた。いつの間に。瞬間移動したのか。
「まずはおまえからだ」
「させるか」
頼光の刀は大黒様の剣に弾き返されていた。
「大黒、助太刀するぞ」
恵比須様は釣り竿を一振りして頼光の襟元に釣り針を引っかけた。だが、頼光は釣り糸をぶち切り不敵な笑みを湛えていた。
「馬鹿者、蛭子の技は見切っている。無駄だ」
大黒様はすぐさま剣を頼光の心臓目がけて突き立てる。だが、その頼光は剣を弾き飛ばしてしまった。大黒様の剣が宙を舞い大和の目の前の地面に突き刺さる。小さな剣だ。おもちゃの剣みたいだ。思わず手に取りたくなったのだが、鬼猫の言葉が頭を過って手を引っ込めた。
「くそっ、愛莉逃げろ。こいつ以前よりも力を増している」
「でも、あの親子はどうするの」
大黒様はチラッと親子を見遣り舌打ちをした。
完全に不利な状況だ。
「ふん、鬼は殲滅するのだ。んっ」
頼光は刀を見遣り投げ捨てた。すると、後ろへと飛び跳ねてどこから取り出したのか弓を手にしていた。投げ捨てた刀を見遣ると刃がボロボロになっていた。そういうことか。
「我は弓術も得意だからな。皆の心臓を貫いてやる。誰から貫いてやろうか」
矢をつがえた頼光は標的を愛莉から自分に変えた。
矢じりがこっちを向いている。
ニヤリとして矢を討ち放つ。死ぬ。終わりだ。思わず瞼を閉じて歯を食いしばる。だが、いつまで経っても矢が飛んでこない。恐る恐る瞼を上げると前に大きな壁があった。いつの間に。
これは壁ではない。大きな背中だ。
「当麻蹴速か。邪魔立てするな。それともおまえが先に死にたいのか」
蹴早が守ってくれたのか。
「蹴速、遅いぞ。どこへ行っていた」
「大黒、これを探しにいっていた」
「石か。なぜそんなものを」
「だだの石ではない」
「おまえら我を前に雑談か。ずいぶん余裕があるものだ。忌々しい奴らだ。すぐに口を利けなくしてやる。今度こそ心臓を貫いてやるからな。蹴速、おまえからだ。土蜘蛛退治といこうではないか」
頼光が矢を放った瞬間、愛莉が「やめて」と叫んだ。その声に反応したのか首から下げていた愛莉の勾玉が光り出して放たれた矢を燃やしてしまった。
いったい、何が起きた。勾玉にそんな力が宿っていたのか。それとも愛莉の力なのか。
あたりが光に包まれて目が眩む。
「よし、今のうちに鬼猫にこれを届けよう」
眩しくて何も見えなかったが蹴速の声だと気づく。すぐに蹴速の気配が消えた。
大和は眩しさに顔を背けてしゃがみ込む。その瞬間、目の前に突き刺さった大黒様の小さな剣に手が触れてしまった。
うぅっ。な、なんだ。
指先から電流が流れて身体が硬直してしまった。なにかの映像が頭に浮かぶ。
龍か。いや、あれは大蛇か。
そう思った瞬間、顔に冷たいものが落ちてきた。雨粒だ。
まさかさっきの男の子の龍。んっ、これは。違う、あっ、そうか。そういうことだったのか。大和の中にあたたかなものが入り込んでくる。気づけば、小さな剣が普通の大きさに変わっていた。大和はしっかりと剣を握りしめる。すると剣から光が迸り天から光の槍が頼光目がけて落ちてきて突き刺さり爆発した。
頼光の絶叫が響き渡るとともに大粒の雨が地面を叩きつけてきた。
「おお、素戔嗚尊の復活だ」
この剣は天叢雲剣だったのか。大和は降りしきる雨の中そう感じ取った。ただ不思議なことに雨は大和たちの周りだけ降っていなかった。まるで見えない傘でもあるかのように。
頼光は雷に打たれて完全に消え失せたようだ。だが、問題がひとつ。八岐大蛇が出現してしまった。これはまずいのではないだろうか。
「ふぉふぉふぉ、大丈夫だのぉ。八岐大蛇はおまえの僕だ。鬼猫はこれを望んではいなかったようだがのぉ。これも宿命なのかもしれないな」
あっ、大黒様が。
「やっと元の姿に戻れたぞ」
大黒様の顔がすぐ横にある。なんだか変な気分だ。
「こうなったら、この櫛も愛莉に渡すべきだろう」
「えっ、どういうこと」
「この櫛は愛莉のものだ。受け取れ」
愛莉が櫛を受け取ると、櫛が一瞬輝きパッと消え失せた。気づけば、愛莉の姿が大人の姿に変わっていた。
「櫛名田比売様」
大黒様と恵比須様の声が重なった。『クシナダヒメ』って誰だ。そういえばさっき朧げに同じような姿を目にした。
大和の疑問を感じ取ったのか恵比須様が「おまえさんの妻だ。ふぉふぉふぉ」と小突いてきた。妻だって。いやいや、それは……。
「おっ、消防車と救急車が来たようだのぉ」
大和はチラッとだけ愛莉に目を向けて消防車と救急車に手を振り大声をあげた。
なんだかとんでもないことが起きている。愛莉が妻だなんて。いやいや、それは前世での話だろう。今はこの家の怨霊だか妖怪だかをどうにかすることだけを考えよう。今なら鬼猫の力になれる気がする。
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