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第1章 鬼猫来る
7 丑三つ時の訪問者(2)
しおりを挟む「まだ話は終わっていないぞ。庶民は皆、鬼呼ばわりされていたのだぞ。人なのに人で無しだぞ。妖怪だと言われた者もいるな。まったくおかしな世の中であった。身分が高い者だけが人だなんて片腹痛い。そうは思わないか。我らはそんな庶民の心の拠り所となれれば良いと思っていた。なあ、その点はどう思う」
「わかったから、もうやめてくれ。気が変になる」
「うむ、わかった。しかたがない、ゆっくり休め」
まったく何を言っているのやら。大黒様の話だと鬼はいないってことになる。妖怪もいないってことか。けど、さっき確かに小鬼を見た。身分か。確かにそんな話をどこかで聞いた記憶もあるけど……。
「なんだ話が気になっているようだな。話してやるぞ」
「いや、それは……」
大和は一瞬だけ考えて「鬼も妖怪も実際にはいなくて、本当は人だったってことなのか」と訊ねてみた。
「うむ、それはちょっと違う。鬼も妖怪もいた。もちろん、身分の低い者たちのことをそう呼んでいたことも事実だがな」
なるほど、ならさっきいたのは小鬼なのか。
「違う。おそらく我の姿を見たのであろう」
大黒様は背を向けて剣を抱えると剣先を頭の上に少しだけ出して見せた。
なるほど、確かに暗がりだと鬼と見間違えそうだ。剣先が角に見えなくもない。
大和は納得した。
「なんだ、小鬼を見たと思ったのに残念だよ」
「よし、それでは鬼や妖怪について詳しく話そうではないか」
「あっ、それはいい。寝る」
「そうか、相撲始祖の話やオロチの話は面白いと思うのだがそっちがいいか。そうそう『鬼は外、福は内』の話もあるぞ。ふぅ、寝てしまったか」
大和は寝息をたてた。面白い話が聞けそうだとは思ったが話が永遠に続きそうな気がして寝たフリをすることにした。
大黒様はどうしているのか静かになった。大黒様も休んでいるのかもしれない。それとも、どこかへ行ってしまったのだろうか。そんなことより大黒様はここへ何をしに来たのだろう。話をしに来たのか。いやいや、考えるのはよそう。今は寝たほうがいい。
大和はしばらくするとウトウトし始めた。
ガタガタガタ、ドタン。
んっ、なんだ。大黒様が暴れているのか。それともまた家鳴りか。せっかく眠れそうだったのに。
布団から顔を出して様子を窺う。薄暗い中、大黒様がいたあたりを見遣ったが姿が見えない。外にでも出て行ってしまったのだろうか。
ガタガタガタ、ドタン。
窓が突然激しく揺れて、心臓が縮む思いをした。恐る恐る窓のほうへ顔を向けると、カーテンが浮き上がり大和は思わず仰け反ってしまう。そのとき窓の外に睨みつけてくる凄みのある顔が突然現れて身体がゆっくりと後ろへ倒れていった。気づけばベッドの向こう側に落ちていた。
なんだいきなり。幽霊か。憤怒の表情をしていた。気づかないうちに何か悪いことでもしてしまっただろうか。怨まれているのか。大和は必死に考えを巡らせたがそんな覚えはなかった。
「もう行ってしまったぞ」
大黒様がベッドの上から声をかけてきた。
「今のはなんだ。怨霊か」
「怨霊だな。いや、ただの怨霊じゃないかもしれぬ」
「どういうことだ」
「いまだに帝の命令を遂行している者だ。鬼退治しに来たってところだろうな。見覚えのある顔だったし、小声で
『帝の命令は絶対だ』などと口走っていた。おそらく間違いないとは思うぞ」
なるほど。いやいや、なるほどじゃない。よくわからない。帝っていつの時代の話だ。天皇のことだろう。鬼退治って、そんなことがあるのか。桃太郎じゃあるまいし。鬼ってもしかして自分のことを言っているのか。それとも大黒様のことか。
「それで、誰なんだ」
「怨霊と化した天皇と言えば有名であろう。崇徳天皇だ。日本三大悪妖怪にされて快く思っていないのだろう。それも鬼や妖怪たちのせいだと思い込んでいるのかもしれない。誰かに何か吹き込まれたのかもしれない。だが、自ら動くことなく命令しておるようだ。我は鬼でも妖怪でもない。だから成敗してやると身勝手な言い分をほざいておる。そうそう、今回捕まった者も操られておるのだろう。あくまでも推測だが」
崇徳天皇。頭の片隅にそんな名前の記憶はある。けど、鬼退治の話とは時代が違うような気もするが、どうなのだろう。記憶違いだろうか。
んっ、今、捕まった者も操られているって言ったか。新聞記事のあいつのことだろうか。確か鬼猫がどうとかって……。
なんでそんなことになっている。
「なぜだろうね。たまたま同じ場所に集まってしまったってところだろうか。あちらの世界では時代はそれほど気にすることではないからな」
「そういうものなのか」
そう言いつつも正直よくわかっていない。あれ、しゃべっていないのに会話が成立している。大黒様は心を読めるのか。
「実際には同じ場所にいたわけではないが、道が同じ場所に繋がってしまったというべきだろうか。あくまでも想像の域を出ないのだが」
道が同じ場所に繋がるってなんだ。益々、わからなくなってきた。
「そうそう力士も会っているであろう。当麻蹴速、知っておるだろう」
なんだ急に。確かに力士とは会ったけど、知らない。『たぎまのけはや』っていつの時代の力士だ。ああ、また頭の中がごちゃごちゃしてきた。まったく、話がみえない。自分の頭では理解不能だ。
ちょっと待て、まさかどさくさに紛れて相撲始祖の話を始めようってわけじゃないだろうな。さっきそんなこと口にしていた。
「悪いけど、やっぱり寝る。話についていけないから」
「しかたがない。仲間を忘れるとは残念だ」
仲間か。いやいや、自分は鬼の仲間なんかではない。素戔嗚尊でもない。大黒様は思い込みが激しい勘違いな奴かもしれない。奴っていうのは失礼か。そんなことはどうだっていい。そうだ、もしかしたらこれは夢かもしれない。こんなことありえない。明日の朝になればきっと、やっぱり夢だったかとなるはずだ。よし、寝よう。
ああ、寝ようと思っている時点でこれが現実だと言っているようなものではないか。
知らない。何も見なかった。聞かなかった。そう思うことにして布団を再び被ってしまった。
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