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5号室 思考停止まで秒読み開始(前半)
しおりを挟む久しぶりの休み、隣からガタガタと物音が。
うるさい。頼むから静かにしてくれ。朝っぱらから近所迷惑もいいところだ。
誰だ、まったく。
ん? もしや引っ越しか。こんな時間にそれはないか。
「ぎゃーーーーー」
俺はガバッと布団を放り投げ飛び起きた。
――悲鳴、だよな。
隣のおばさんか?
寝ている場合じゃない。頭の中に嫌な考えが埋まっていく。
時計の針は六時を少し回ったところだ。
何が起こっている。おばさんの悲鳴はもう聞こえてはこない。
ふと、おばさんの死に顔が頭を過る。すぐにかぶりを振って、馬鹿なことを考えるんじゃないと振り払う。
玄関扉に手をかけて、開けることを躊躇した。
開けた瞬間に何者かが侵入してくるなんてことはないだろうか。
けど、隣のおばさんも気にかかる。お節介で、一人暮らしの俺を気遣い作り過ぎちゃったからお裾分けなんて肉じゃがだの野菜炒めだのカレーだの持ってくる。
絶対に作り過ぎたわけじゃない。わざわざ作って持ってきているに違いない。今作ったばかりのアツアツだからな。
店に出せそうなくらい美味いから嬉しいのだが正直鬱陶しいときもある。
そんなこと言ったら、罰が当たるかもしれないが。
おばさんがもっと若かったら……。
おいおい、変な想像するんじゃない。
今はそれどころではないだろう。おばさんの危機かもしれないのだから。
よし、開けるぞ。
恐る恐る扉を開いていき、顔だけ出して様子を窺った。と同時におばさんと目が合った。
「あ、あんた大丈夫なの?」
おばさんの大声が耳に突き刺さる。鼓膜が破れるかと思った。
そう思ったらおばさんが駆け寄ってきて肩をギュッと掴まれて、「生きているわよね」と訳の分からないことを問われて呆気にとられた。
「あの、おばさん」
「変ねぇ。私、夢でも見たのかしら」
俺の言葉を無視されて、腹のあたりを触りまくられる。
「あら、大丈夫みたい。あんた生きているわよね」
「あ、はい」
それしか答えられなかった。
「やっぱり、夢だったのかしらねぇ。あんたが血だらけで倒れていたのよね、そこで」
血だらけ?
おばさんが指を差したところには、血痕らしきものは見当たらなかった。というか、俺はここにいる。さっきまで寝ていた。外には出ていない。
まったくお騒がせなおばさんだ。
「大丈夫そうね。ごめんね、あとでお詫びにあんたの好きな鳥のから揚げ持ってきてあげるわね」
「そんなお詫びだなんて、いいですよ」
「遠慮しないの」
「はぁ」
それしか言えなかった。やっぱりちょっと鬱陶しいかもしれない。
やさしさの押し売りだ。
俺は人付き合いが苦手だから、そう思うのかもしれない。美味い料理が食えるから、辛抱しておこう。
部屋に戻り溜め息をひとつ。
それにしても、おばさんは寝ぼけていたんだろうか。
あれ、そういえばうるさい物音がしていたはず。
けど、よくよく考えれば隣はおばさんがずっと住んでいて引っ越しなんてありえない。
俺の部屋は角部屋だ。隣はおばさんのところだけ。
ほら、窓の外からは小さな公園が見えるだけ。
反対側には隣の部屋はない。
ああ、なんだか頭がおかしくなってきそうだ。
俺も寝ぼけていたんだろうか。あれは夢だったのだろうか。
確かに、引っ越しで荷物を運んでいるような物音がしていたような気がする。声もした気がする。
隣が公園じゃなく違うアパートとかだったら、おかしくはないのだが。
まあいいか。
一週間後、突然会社から転勤の辞令が下りた。
引っ越ししなくてはいけない。引っ越し?
ふと一週間前の出来事が蘇る。まさか、予知していたのか。いやいや偶然だ。
そんなことよりも転勤は正直嫌だ。だからといって会社を辞めるわけにもいかない。
仕方がないか。
転勤と言っても、あと一ヶ月先の話だし……。
その日は残業でアパートに戻ったのが夜の十時くらいになった。
すぐに楽な格好に着替えてベッドに横になる。
すると、隣でガタガタと物音が。
おばさん何をしているんだと思ったが、すぐに違うとガバッと起き上がる。
反対側から聞こえてくる。窓へ向かい外を眺めたが、静かなものだ。人の気配すらない。
おかしい。
空耳だろうかとベッドに戻り腰掛ける。
ガタガタガタ。
ん? 隣じゃないのか?
どこから聞こえてくる?
音の出処を探ろうと耳を澄ますが、やはり聞こえてくる先はあるはずのない隣だ。
誰かが外で何かしているのだろうか。
俺は、玄関扉を開いて顔を出すと隣の様子を窺った。
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