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心の中にあるもの
しおりを挟む賢は夢月楼街を観察しつつモンド様のいるキャットタワーのような城へと向かった。
「賢が私と同じ猫耳になった。同じ、同じ」
美月は足取り軽やかでスキップしているようだ。嬉しいという気持ちが前面に押し出されている。そんなに嬉しいのか。この猫耳は元の世界に戻ったら人の耳に戻るのだろうか。そこが気にかかる。
「主様、トイレで何があったのですか」
「何って。また仙人が現れていろいろと教えてくれたんだ」
「へぇ、そうでしたか。それでいい絵は描けそうですか」
「どうだろう。わからないけど無性に描きたくなってきたのは間違いない」
「おお、それはいいですね」
「ねぇねぇ、絵っていえばこの夢月楼街にも面白い絵を描く人がいるのよ。城に行く前にちょっと覗いてみない」
「いいね。行こう」
美月の案内で夢月楼街から横道に入り長屋が並ぶ住宅街にやってきた。この辺は江戸の風景っぽい。時代劇で見たことある風景だ。井戸のまわりで話し込んでいる狐のおばさんと豚のおばさん、イタチのおばさんもいる。洗濯をしているのはアライグマか。これこそ井戸端会議と言えるかもしれない。
こういうなんでもない風景も絵になる。ここでどんな絵を描いているのだろう。日本画だろうか。浮世絵かもしれない。
「美月じゃないかい。久しぶりだね。戻っていたんだね」
美月に声をかけてきたのは狐のおばさんだった。
「コマさん、お久しぶりです。ミヤさんはいるかな」
「ミヤかい。たぶんいると思うよ」
美月とコマの会話が聞こえたからか長屋にいた人たちが次から次へと飛び出して来て美月のまわりを取り囲んでしまった。美月はずいぶん人気者のようだ。その中にひとりだけこっちをじっとみつめている者がいた。目が合うと近づいて来た。狸のオヤジだ。
「もしかしておまえさん、絵描きかい」
「えっ、一応そうですけどあまりいい絵は描けなくて」
「そうかい。ならおまえさんだな。今回夢を叶えに来た奴は」
「はい」
「そうか、そうか。それなら俺の絵を見ていくかい。何か閃くものがあるといいんだが。そうそう俺はタムロウだ」
「自分は仁山賢です」
「僕、ミーヤ」
タムロウに促されて長屋の一室に足を向ける。美月はまだ話し込んでいるからそのままにして行こう。
賢はタムロウの部屋に入るなり口をポカンとあけて立ち尽くす。
これは日本画ではない。現代アートだ。
いったい何を描いているのだろう。よくわからないが惹かれるものがある。色使いがよくて圧倒される。見ようによってはたくさんの動物が描かれているようにも映る。自然の風景のようにも感じる。森のようで海のようで街並みのようで見る人によって違うものに見えてきそうな不思議な絵だ。
「うむ、これは刺激的な絵だな。おまえの学びになるだろう。この絵としっかり対話するのだぞ」
「仙人さん、いつの間に」
「あはは、夢が叶うのも近いだろう。嘘でも冗談でもないぞ。もちろんカワウソでもない。じゃあな。あっ、そうそう、部屋の奥の絵も見ておけよ」
「えっ、奥の絵。あっ、おい、もう行っちまうのかよ」
いったい何をしに来たのか。夢が叶うのも近い。本当だろうか。なんだかわけのわからないこと言って立ち去ったけど本当にあいつは仙人なのだろうか。あの言動にはいまだに疑いを持ってしまう。まあいいか。
賢は再びタムロウの絵と対峙する。ある意味絵との戦いだ。ここから感性を磨け。
色鮮やかな絵だ。躍動感がある。心を打ちぬかれた衝撃がある。
そうだ、奥の絵とか言っていた。
賢は奥の方に目を向けてまたしても口をポカンと開けてしまった。
まったく違う絵がそこにはあった。正反対の絵だ。
こっちは日本画だ。松の絵だがかなりの空白がある。墨で描かれているのだろう。色は白と黒だけ。なんだろう。空白だらけの絵なのにこれまた惹かれる。絵の中に吸い込まれそうな感覚もある。空白があることでいろんな想像をさせる絵なのかもしれない。
あれ、いつの間にか絵を見る目が養わられているみたいだ。仙人のおかげか。それとも美月のミルクのせいか。両方かもしれない。
自分の中で何かが弾けたのかもしれない。
自分なりの答えをみつけなくてはいけない。自分だけにしか描けない新しい絵をみつけなきゃ。そういうことでもないか。絵を見た人に感動を与える絵を描けばいい。自分はどんな絵を描こうか。
「ああ、もう置いて行かないでよね」
美月の文句が背中にぶつかってくる。それがなんだか心地よく感じた。
そうだ、美月だ。
頭の中に人の姿の美月が浮かぶ。そこに白猫の美月も重なり合った。
美月の絵を描こう。賢は胸を押さえてひとり頷く。心の中に住みついた美月の絵を描こう。
美月は猫なのにこんなこと思うなんて。自分もまた猫の心になりつつあるのだろうか。
美月にはずっと傍にいてほしい。
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