25 / 29
自分なりの答えをみつけろ
しおりを挟む「うむ、上手いな。だがそれだけだ」
天琥が覗き込みそう呟いた。
同感だ。自分でもそう思う。子供の頃に描いたミーヤの絵とは何かが違う。もちろんミーヤとパンという猫の違いはあるがそういうことではない。技術的には向上しているとは思う。それなのに何かが欠けている。子供の頃の気持ちを取り戻したと思ったのにダメだった。
「何がいけないんだろう」
「思いが足りない。見たままを描いているだけではダメだ」
思いとはなんだ。パンに対する思いか。見たままって言われてもここに空想したものも描けばいいのか。それは違うだろう。違わないのか。
「なあ、よくわからないんだけど」
「そうか、ならばおいらを見ろ。何に見える」
「鼠だろう。白鼠」
「そう見えるか。じゃこれはどうだ」
白煙が上がりコツメカワウソになる。
「カワウソだ」
「それだけか。つまんないなぁ」
「他に何がある」
「おいらの後ろ側を想像しろ」
「後ろ側って」
「今までどう暮らしてきたのだろう。家族はいるのだろうか。何が好物で何が大嫌いなのか。なぜ仙人となったのだろうか。実は仙人の偽物なのではないか。などなどなんでもいい。おいらに興味を持って想像する。間違っていたっていい。とにかくなんにでも好奇心を持つのだ。疑問を抱き自分なりの答えをみつけろ。それが絵に表れてくる」
なるほど。
賢は何度も頷きて深く考え込んだ。
「ねぇねぇ、賢って絵がやっぱり上手いんだね。赤ちゃんなのにこんなに上手に描けるなんてすごい」
んっ、赤ちゃんなのに。
そうだ、自分はまだ赤ちゃんだった。それなのにこんな絵が描けるだなんて。それだけで天才と呼ばれるだろう。それでも納得いく絵ではない。天琥の言う通りただ見たまま描いただけだ。それなら写真と同じだ。
「よし、おまえの才能を開花するためにいいところに連れて行ってやる」
天琥はコツメカワウソの姿のままいきなり後ろへ思いっきり押してきた。
うわわっ。
えっ、何。落ちる。水飛沫が派手に飛び散った。嘘だろう。池でもあったのか。さっきまでそんなものなかったはずだ。
水が口の中に流れ込んでくる。息が、息が。あれ、呼吸はできる。
「おい仙人。何をするんだよ」
んっ、口も利ける。水の中なのにどうしてだ。
「不思議だろう。おいらの力は凄いだろう」
本当に不思議だ。
ここは本当に水の中なのか。おかしなことに水面と思われるところにミーヤ、パン、美月が右往左往している。
「これはどういうことだ」
「だからおいらの力だってば」
「嘘だろう」
「おい、そこは『嘘だ、嘘だ、カワウソだ』だろう」
いい加減にしろ。何度も言うほど面白くないぞ。
コツメカワウソの姿の天琥は自分の周りを生き生きとした目をして泳いでいる。
「なあ、才能を開花するとか言っていなかったか。どこへ連れて行くつもりだ」
「もう着いているだろう。ここがそうだ。こんな景色滅多に見られるものではないぞ」
賢はもう一度右往左往する美月たちに目を向けた。確かにそうかもしれない。水面を歩き回る猫。それだけではない。魚が泳いでいる横をモグラやアリが忙しそうに動き回っている。迷路のようなトンネルが張り巡らされていた。いったいどういう状況だ。ここは水の中ではないのか。土の中なのか。頭の中に疑問符が浮かぶ。水面と思われるところには太陽光が当たり煌めき何とも言えない幻想的な雰囲気も醸し出していた。
あっ、あれは。
木の根だ。花の根も見える。
地中ではあんなに根を張っているのか。
とんでもない景色だ。
うわっ、ジンベイザメだ。おいおい、向こうからシロナガスクジラがやってくる。マンタまでいるじゃないか。えっ、あそこで泳いでいるのはカバか。な、何。象だ、象。象って泳げるのか。
陸と海が入り交じった景色がここにはある。
こんな景色を絵にしたらどうなるだろう。想像しただけで心が躍る。
そうか、ありえないことだけど目の前の景色から違った景色を創り出せばいいんじゃないだろうか。見えるものをただ描くのではなく自分の中に見えるものを描く。もちろん、それがすべてではない。普通の風景にも輝く瞬間があるのではないか。光の当たり具合、木々が風で揺れる瞬間、鳥のさえずりを感じさせる躍動感あるもの。空は青、草は緑、太陽は赤もしくは橙。そんな既成概念に囚われてはいけない。その絵を見た人たちに何かを想像させられるものを描ければきっと心に響くものとなるはずだ。
頭の中に七色の光が瞬いた。
心に爽やかな風が吹く。心地いい。
「賢、賢、大丈夫」
えっ、誰。
「主様、主様。目を開けてください」
頬に肉球の柔らかな感触がする。
美月とミーヤの心配そうな顔が目に留まる。重いと思ったら腹の上にパンが乗ってじっとこっちをみつめていた。
ここはどこだ。
白鼠の天琥がニヤリとしていた。
水の中ではない。夢でも見ていたのだろうか。見せられていたというべきかもしれない。
パンを抱き寄せて起き上がる。
んっ、あれ。もしかして大きくなったか。成長したのか。
賢は手足を見遣り美月へと目を向ける。
「もしかして赤ちゃんじゃなくなったのか」
「ええ、夢の魂を授かったときの子供の姿に戻ったみたい」
そうか、そうなのか。よかった。
ホッと息を吐いた瞬間、喉の奥に何かが引っ掛かっているような感覚になりえずいてしまう。賢は吐き出したものを見て動きを止めた。
「なにこれ、小魚」
「イワシじゃないでしょうか」
水のない地面で小魚が悶えている。
「ミーヤ、イワシじゃないでしょ」
「いやいや、美月様。イワシですよ、イワシの稚魚ですよ」
「様はいらないっていったでしょ」
「あっ、そうでした」
「あああ、パン」
賢は慌てて声を荒げた。止める間もなくパンがイワシの稚魚を食べてしまった。
「これも自然の摂理だ。おいらだっておまえたちだって魚は食べるだろう」
そりゃそうだけど、なんだか可哀想に思えてしまった。
「なあ、仙人さん」
あれ、いない。
「こっちだ、こっち」
天琥はいた。どういうわけか手を振って口元を緩めていた。
「おいらの役目は終わりだ。あとは夢月楼に戻り自分で考えろ。『興味、好奇心、疑問』だぞ。いいな」
『興味、好奇心、疑問』か。
そうだ。
「美月、お願いがあるんだけどいいかな」
「お願い」
「ああ、言い難いんだけど最後にもう一回だけ美月のミルクを飲ませてくれないか」
美月に猫パンチをお見舞いされて頬に爪の痕が残った。それでも「最後だからね」と飲ませてくれた。美月のミルクは何か閃きの手助けしてくれる不思議な力があるように思える。だから飲ませてもらった。スケベ心があったわけではない。それだけはわかってほしい。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
運命の魔法使い / トゥ・ルース戦記
天柳 辰水
ファンタジー
異世界《パラレルトゥ・ルース》に迷い混んだ中年おじさんと女子大生。現実世界とかけ離れた異世界から、現実世界へと戻るための手段を探すために、仲間と共に旅を始める。
しかし、その為にはこの世界で新たに名前を登録し、何かしらの仕事に就かなければいけないというルールが。おじさんは魔法使い見習いに、女子大生は僧侶に決まったが、魔法使いの師匠は幽霊となった大魔導士、僧侶の彼女は無所属と波乱が待ち受ける。
果たして、二人は現実世界へ無事に戻れるのか?
そんな彼らを戦いに引き込む闇の魔法使いが現れる・・・。
【完結】暁の荒野
Lesewolf
ファンタジー
少女は、実姉のように慕うレイスに戦闘を習い、普通ではない集団で普通ではない生活を送っていた。
いつしか周囲は朱から白銀染まった。
西暦1950年、大戦後の混乱が続く世界。
スイスの旧都市シュタイン・アム・ラインで、フローリストの見習いとして忙しい日々を送っている赤毛の女性マリア。
謎が多くも頼りになる女性、ティニアに感謝しつつ、懸命に生きようとする人々と関わっていく。その様を穏やかだと感じれば感じるほど、かつての少女マリアは普通ではない自問自答を始めてしまうのだ。
Nolaノベル様、アルファポリス様にて投稿しております。執筆はNola(エディタツール)です。
Nolaノベル様、カクヨム様、アルファポリス様の順番で投稿しております。
キャラクターイラスト:はちれお様
=====
別で投稿している「暁の草原」と連動しています。
どちらから読んでいただいても、どちらかだけ読んでいただいても、問題ないように書く予定でおります。読むかどうかはお任せですので、おいて行かれているキャラクターの気持ちを知りたい方はどちらかだけ読んでもらえたらいいかなと思います。
面倒な方は「暁の荒野」からどうぞ!
※「暁の草原」、「暁の荒野」共に残酷描写がございます。ご注意ください。
=====
この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。
護国の鳥
凪子
ファンタジー
異世界×士官学校×サスペンス!!
サイクロイド士官学校はエスペラント帝国北西にある、国内最高峰の名門校である。
周囲を海に囲われた孤島を学び舎とするのは、十五歳の選りすぐりの少年達だった。
首席の問題児と呼ばれる美貌の少年ルート、天真爛漫で無邪気な子供フィン、軽薄で余裕綽々のレッド、大貴族の令息ユリシス。
同じ班に編成された彼らは、教官のルベリエや医務官のラグランジュ達と共に、士官候補生としての苛酷な訓練生活を送っていた。
外の世界から厳重に隔離され、治外法権下に置かれているサイクロイドでは、生徒の死すら明るみに出ることはない。
ある日同級生の突然死を目の当たりにし、ユリシスは不審を抱く。
校内に潜む闇と秘められた事実に近づいた四人は、否応なしに事件に巻き込まれていく……!
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
月がきれい・・・ですね・・・。
川島 慈水
恋愛
中学3年生の春...。
様々な想いが行き交う...。
モヤがかかって見えなくなる...。
それでも...。きっと誰もが経験したであろう、青春・思春期。そんな1ページをめくってみませんか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる