満月招き猫

景綱

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不思議なカラフル招き猫

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「どうです。築四十五年ですがリフォーム済みですから綺麗でしょ。売り主さんもなんでここを百万という破格値にしたのかわかりませんけどね。招き猫に認められた方っていうのも変わっていらっしゃるし」

 確かに綺麗だ。築四十五年とは思えない。二LDKか。両親と自分が暮らすには十分だろう。日当たりもいいし静かな環境だしバス停も近くにある。バスの本数もそれなりにあるようだ。駅とショッピングモールの途中になるからだろう。
 両親も気に入っているようだ。
 問題は売り主が売ってくれるかどうかだ。
 招き猫の姿は目の前にある。二階の部屋の出窓のところに鎮座している。本当にあいつが住人を決めるのか。小型カメラでもついているんじゃないのか。

「ここに住みたいですね」

 父は微笑みそう呟いた。

「そうでしょう。そうでしょう。けど、住んでいいかどうかは招き猫次第」
「権田藁さん、本当に招き猫が決めるんですか」
「ええ、本当ですよ。まあわたくしもよくわからないのですが、不思議なことですよ。あの招き猫はどんな仕組みになっているのやら」
「不思議か」
「ええ、不気味でもありますけどね。まあそれは置いておいて。判定してもらいましょうか」

 ごくりと生唾を呑み込みじっと招き猫を見遣る。
 判定ってどうやってするのだろう。やっぱり話すのか。そうだとしたらどこかにスピーカーがあるはず。見た感じどこにでもありそうな陶器製だ。ただ違うのはカラフルだってことだ。
 招き猫をじっとみつめて待つこと数分。
 何も起きないけどこれってここに住むに値しないってことなのだろうか。それともまだ判定されていないのだろうか。

「あの権田藁さん。判定はまだでしょうか」
「ええ、まだですね。いつもよりも考えているようです」
 考えている。権田藁もおかしなことを言う。まさかとは思うが売り主はこの権田藁なのではないだろうか。そんな考えがふと湧いた。そうだとしたらしっくりくる。

 権田藁を見ているとガタリと招き猫のほうから音がした。

「えっ、今の何」
「母さんも見たか。動いたよな。招き猫が動いたよな」
「ええ、どうなっているの。もしかして権田藁さんが」
「いえいえ、わたくしは何もしていませんよ」

 招き猫が動いただと。くそっ、見逃した。
 賢は招き猫に一歩近づき「どうなんだ。判定は」と訊いた。答えるだろうか。どこかで答えてほしいと思っている自分がいた。

 ガタリ。

 おっ、動いた。そう思ったら招き猫から紙がひらりひらりと舞い落ちた。
 いったいどこから紙が。
 拾いに行くと、その紙には『ここに住むのは息子だけだ。他の者は住めぬ。もちろん金は息子が出せよ。それでないと住むことは認めぬ』と記されていた。
 自分ひとりだけ。しかも百万円払うのも自分が。払えるけど、親の金も当てにしていたこともあり少しショックだった。けど住める。ここに住める。
 あっ、また紙が。

『ここに住むにあたり毎朝吾輩にお供えをするように。お供えはなんでもよい。何もなければ水だけでもよい。それが条件だ』

 お供えか。
 それなら問題ない。
 何気なく両親の顔を見ると残念そうな顔つきに見えた。

「あのさ、たまには親をここへ連れて来てもいいだろう」

 賢は招き猫にそう問い掛けると紙がひらりひらりと。

『たまに来るのはよい。だがここに泊まってはいけない』

 泊まっちゃダメなのか。そう両親に伝えるとニコリとしていた。それでもいいようだ。それにしてもこの招き猫はどういうシステムになっているのだろう。ファックス機能でもついているのか。

「あの招き猫を手に取って見てもいいですか」
「いや、それはどうでしょうね」

 あっ、また紙が出てきた。

『ダメだ。吾輩に触れるな』

 そう言われると余計に触りたくなる。というか確認したい。絶対に何か機械的なものが備え付けてあるはずだ。そうでないと説明がつかない。どこかで操作している人がいるはず。そう考えたらどこかに盗聴器のようなものもあるのではないか。それは困る。どうしたものか。ここに住もうと思ったけど考えてしまう。

「権田藁さん、もしかしてここって盗聴されていたりカメラとかで監視されていたりします。
「まさか。それはないですよ。気になるのであれば調べてもらってもかまわないですよ」

 権田藁さんを信じるのならあの招き猫から出てくる紙はいったいどういう仕組みになっているのだろう。

『おまえ疑い深い奴だな。吾輩はただの招き猫ではないぞ。生きているのだ。それだけの話だ』

 そうなのか。生きているのか。って納得するな。そんなわけがあるか。
 なるほど、こんな奇怪な招き猫があるから百万円という破格値なのか。

「賢、そんなに深く考えることはないだろう。家を持てるんだぞ。いいじゃないか」

 父の言葉にそれもそうかと納得した。もしかしたら楽しいかもしれない。変わった猫がいると思えばいいのか。猫か。そうだ、パンはここで飼ってもいいのだろうか。

「権田藁さん、猫は飼ってもいいんですかね」
「それは招き猫のほうに訊いてください」

 招き猫にか。招き猫に目を向けるとまたしても紙がひらりひらりと。

『いいぞ。猫ならば問題はない』

 そうなのか。よし、この家を買おう。

「権田藁さん、ここ買います」
「おっ、契約成立ですね。わたくしも嬉しいですよ。ここの物件にどんな人が住むのかと常々気にかけておりましたから」

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