満月招き猫

景綱

文字の大きさ
上 下
8 / 29

二道不動産屋へ

しおりを挟む

 両親に招き猫の家のことを話すと真っ先に「怪しくないか」との言葉が飛び出した。そりゃそう思って当然だ。自分もまだ疑っている。それでも話だけでも聞いてみようとなった。
 スマホで二道不動産屋の場所を調べて向かうと駅前の大通りに面していて思ったよりも小奇麗だった。

「大丈夫なの。本当に百万で家が買えるの。ボロ屋じゃないの」
「母さん、家はリフォームしてあって綺麗だったよ。中は見ていないからわからないけど」
「とりあえず話を聞いてみようじゃないか」

 父の言葉に頷き不動産屋に入る。

「いらっしゃいませ」

 小太りで坊主頭のかなり年配の人が出迎えてくれた。

「どうぞ、どうぞ。わたくしこの不動産屋の責任者権田藁純蔵ごんだわらじゅんぞうと申します。よろしゅうお願いします」

 名刺を受け取り権田藁の顔を見る。よくわからないが権田藁という名前が似合っているように思えた。田舎の人の良さそうなおじさんって感じだからだろうか。それにしても凄い名前だ。そんなことはどうでもいい。
 賢は単刀直入に話を切り出した。目的はひとつ。招き猫のある家が買えるかどうかだ。

「ほほう、あの家をお知りですか。お知りと言ってもケツのほうのお尻ではありませんよ」

 おやじギャグか。誰がお尻だなんて思う。父も母も苦笑いをしていた。ここは無視だ。話を進めよう。

「あの、昨日電話したんですが覚えていますか」
「ああ、あの方でしたか。それじゃ話は早い。あの家は特別ですからね。なんていったって百万円。魅力的ですよね。けど、昨日も話した通り招き猫に認めてもらわなきゃならない。ということで早速現地に行きましょうか。車を出します」
「ちょっと待って」
「おや、どうかしましたか」
「行く前に確認しておきたいことが」
「なんでしょう」

 やっぱりこれだけはきちんと訊いておかないといけない。

「あの家って事故物件ではないんですよね」
「ああ、そういうことですか。確かに気になりますよね。百万円ですもんね。しかもリフォーム済みですし。はっきりと断言できます。事故物件ではありません」

 賢はホッと息を吐き安堵した。

「ですが……」
「ですが」

 なんだ、なんだ。何かあるのか。やっぱり秘密があるのか。
 なんだにやけた顔して。早く言え。生唾を呑み込み権田藁の言葉を待つ。

「なんて言ったらいいんでしょうね。わたくしの頭ではちょっと説明するのが難しくて」
「幽霊が出るとかじゃないんですよね」
「ああ、そうではありませんよ。安心してください。出るというよりも行くというのが正確でしょうか」
「行く」

 どういうことだ。どこへ行くっていうんだ。
 まさか逝くってことか。あの世に。賢はかぶりを振り全否定した。そんなことがあったら絶対にネットでも記事になっているはずだ。そんな記事はなかった。それにあの家で死人が出た時点で事故物件じゃないか。事故物件じゃないとはっきり断言した。だとしたら、『行く』とはどういう意味だ。

「まあ、わたくしも正直よくわからないのですよ。あの家に住んだことがないもので。わたくしが思うに住まれた方は出世するようですよ。知っている限りではひとりは社長さんになっていますし、有名な小説家の方もいましたね。名前は忘れましたが芥川賞を受賞されている方です。ただ……」

 んっ、『ただ』ってなんだ。凄いとテンションがマックスになったのに気になるじゃないか。固唾を呑んで権田藁の言葉を待つ。

 権田藁は小首を傾げて「うーん、やっぱりよくわかりません。出世なされた裏には何かあるように思えるんですけどね。住まれた方の話は意味不明なもので」と腕組みをして天井を眺めて考え込んでしまった。
 意味不明。なんだかはっきりしない。内見もやめて帰ったほうがいいのか。

 待て、待て。出世するかもしれないんだぞ。とにかく内見だけはしたほうがいいんじゃないのか。でも、何かわけのわからないことに巻き込まれる恐れもありそうだ。
 住みたい気持ちと住みたくない気持ちがせめぎ合う。複雑な気持ちになってきた。それでも有名になれるのなら住むべきだろう。夢が叶うかもしれない。あそこに住めば自分も有名な画家になれるかもしれないってことだろう。そうなれるのならなんでもこい。死ぬわけではないならいいじゃないか。賢はひとり頷き心を決めた。
 そうと決まれば早いところあの家に向かおう。

「権田藁さん、それじゃ行きましょう」
「じゃ行きますか」

しおりを挟む

処理中です...