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人生低空飛行の男
しおりを挟むスマホを手にしていたら明後日は満月だなんて話が掲載されていた。
「満月か」
仁山賢はぼそりと呟き窓の外を眺めた。
満月のパワーを貰っていい運を掴み取ろう。意気込んでみたものの満月パワーを浴びたところで変われるわけでもない。運は自分で掴み取るものだ。
掴み取ろうなんてしていないくせによく言う。努力の『ど』の字もしていない。自分には夢はないのか。人生をかけた壮大な夢はないのか。ある。あったというべきか。以前は熱意があった。燃えに燃えていた。すべて過去形だ。燃え過ぎて心が灰になってしまったのかもしれない。
頑張ったところでうまくいくとは限らない。やりたい仕事ができる者なんかひと握りしかいない。夢を掴み取る者なんかごくわずかだ。それなら必死に頑張る必要もない。本当にそうなのか。何か夢中になって取り組む。そんな美学があってもいいのではないか。馬鹿を言え。美学で飯は食えない。努力で才能は超えられない。
何も描かれていないキャンバスを見遣り溜め息を漏らす。
画家になりたかった。大きな個展を開けるような画家になりたかった。今でもほそぼそと絵は描いているが趣味に毛が生えた程度でしかない。ネットで売り出したら誰か買ってくれるだろうか。そんなことも思ったが勇気が出ずそのまま絵が増えていくだけ。美大にでも通っていたら少しは違っていたのだろうか。独学ではやはり限界がある。才能があればそれでも問題ないのだろう。自分にはない。子供の頃は『凄いな』『天才だな』なんてもてはやされていた。そんな声も成長とともに消えていった。自分よりも上手い者は大勢いる。自分の絵のランクは中の上というところか。自分ではそう思っているが実はもっとランクが下って可能性だってある。そんな絵が売れるはずがない。何か惹かれるものがなければどんどん埋もれていくだけだ。
まさに自分がそうだ。地中に深く潜り込んでしまっている。誰かが地上に引き上げてくれたなら。そんな甘いことを考えている時点で自分はダメなのだろう。
本当に画家になりたいのなら何か方法があるはずだ。自分の足で探せ。ネット世界で自分の場所をみつけたっていい。それすらやらないのだから埋もれて当然だ。
自分を信じてTwitterでもInstagramでもやって絵を披露するだけでもいいのにとも思う。もしかしたら自分の絵を気に入ってくれる人が出てくるかもしれない。それが画廊の店主とか美術商の目に留まれば道が開ける。違う。待つのではなく積極的に売り込め。あっという間に三十歳、四十歳と年を取っていってしまうぞ。
そんなことわかっている。ただネット社会に飛び込んで誹謗中傷の嵐がやってくることが恐ろしい。自分の絵が標的にされたらと思ったらもう何もできない。
無理だ。やっぱり自分にはできない。とんだ臆病者だ。
信じる者は救われるってか。世の中、そんなに甘くない。自分の描く絵は輝けない。
んっ、なんだこの記事は。
満月関連の記事をスマホで見ていたらどうにも胡散臭い記事をみつけた。
『満月の夜、招き猫が扉を開く』
そんな見出しからはじまっていた。
なにかの都市伝説的なやつか。カラフルな招き猫の写真が載っている。こんな招き猫があるのか。
この招き猫に認められれば運が開けるか。認められるってどういうことだろう。ただの縁起物の置物だろう、これ。そこまでの力がこの招き猫にあるとも思えない。
なんだか眠くなってきた。どうせ単なる噂話だろう。こんな記事全部読まなくてもいいか。
読んだからって運が開けるわけじゃない。どうせ自分は人生低空飛行のまま行くのだろう。
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