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第四章「暗雲を跳ね除けろ」
チムを守りたい
しおりを挟む「勝手な行動をしたらダメじゃないか」
「ムムタさん、ごめん。でも、でも」
心寧は炎の中のチムを指差した。
「チム、チムがなんでここに」
チムは目を閉じたまま反応がなかった。まさか死んで……。あっ、もう幽霊だったっけ。それなら気絶しているとか。幽霊も気絶するのだろうか。それとも魔猫になにかされて動けないのだろうか。けど、さっきは声が聞こえた。あれはなんだったのだろう。
心の声。
いやいや、そんなことありえない。ムサシならわかるけど自分にそんな力はない。それともシュレンの魂のおかげだろうか。
「いた、いた。なんでこんな危ないことしているの」
「園音様」
「まったくしかたがないんだから。ムムタがいながら危険に晒すなんて」
「あっ、それはだな」
「園音様、違うんです。ムムタさんもわたしたちのことを心配して来てくれたんです」
苦笑いを浮かべるムムタ。
「わかっています。まったく本当に無謀なんですから。んっ、あの子は」
園音様もチムの存在に気がついたようだ。
「わたし、わたし、チムを救いたいんです。けど、あの熱い火が邪魔で」
「そういうことね」
園音様は小さく息を吐くと両手を天に向けて目を閉じた。
んっ、なに、なに。冷たいものが天井から落ちてきた。
えっ、雨。空がないのになんで。
園音様の力なの、これ。
炎は見る見るうちに弱まっていき鎮火していった。
「園音様、すごい」
「すごくはないわ。ちょっと龍神様と親しいだけのこと」
「どういうこと」
「龍神様にお願いしたのよ」
「なるほど、そういうことか。ってどういうこと」
「もう心寧ちゃんは本当になんにも知らないのですね。龍神様といったら水に関わる神様でしょ。雨を降らせることなんて簡単なのですわ」
ルナに怒られて下を向く。
「心寧ちゃん、気にしない、気にしない」
いいの、気にしなくて。ムサシを上目遣いでみつめて頷いた。いつもムサシはやさしい。
「心寧ちゃん、そんな話よりチムのことどうするつもりなのですか」
「園音様、それは……。わたしもよくわからないの。けど、わたしなら助けられるような気がして」
心寧はチムに駆け寄り抱き上げようとした。だが、心寧の手がチムに触れることはなかった。
「チム、チム、返事をして」
ムムタも駆けつけてチムの名前を呼んだ。
やっぱりお父さんだと反応するのか。チムはゆっくりと目を開き弱々しいものの笑みを浮かべた。
「ぼ、ぼく。とんでもないことをしちゃった。ごめん、お父さん」
「いいんだ。おまえのせいじゃない。お父さんがいけないんだ」
「ムムタ、そんなところで悠長に話している場合ではありませんよ。それに悪いのはムムタではなく魔猫集団ですよ」
「園音、それはそうだが」
「うっ、うううっ」
突然チムが頭を抱えて呻きはじめた。
「チム、どうした。おい、チム」
チムがなぜか黒く染まっていく。んっ、違う。染まりそうで染まっていない。戦っているのかも。
「やめて、ぼ、ぼく。もう嫌だ。魔猫なんかになりたくない。おまえなんかどっかへ行け」
見えないけど間違いなく誰かと戦っているんだ。魔猫のボスだろうか。それともカネルって奴だろうか。
「チム、大丈夫。ねぇ、どうしたの」
「ダメ、近づいちゃダメ。ぼく、ぼく、みんなを襲ってしまう。だから近づかないで」
心寧はそれでもチムを抱きしめるように寄り添った。触れることはできなくてもチムを守ってあげたい。救いたい。
「ダメだよ、ぼく、ぼく、ああ、頭が痛い」
その言葉を最後にチムは押し黙ってしまった。あっ、目の色が変わった。
「心寧ちゃん、離れて」
えっ。
「ふん、もう遅い。おまえら皆殺しだ」
チムは完全に黒く染まっていた。しかも毛が針のように鋭くなっている。まるでハリネズミだ。
触れることはできないはずなのに針のような毛が突き刺さるような感覚に陥った。よく見ると胸の当たりに血が滲んでいる。
嘘でしょ。触れないのにチムの攻撃は通じるっていうの。ダメだ、このままじゃ殺されてしまう。
「心寧ちゃん、早く逃げて」
ムサシの言う通りだ。けど、けど、このままチムを放っておくことはできない。
助けたい、救いたい、守りたい。
「ふふふ、馬鹿だな。自ら死を選ぶのかおまえは」
「チム、なんてことを。正気に戻りなさい」
「ムムタ、ダメよ。あの子はきっと魔猫の術に操られている。あなたの声は届かない。早く心寧ちゃんをチムから離すのよ。そうじゃないと」
痛い、痛い。
毛の針が……。
心寧は気が遠のくのを感じた。
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