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第三章「修行で大騒ぎ」

霧に浮かぶ謎の影

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 あれ、なんだか変だ。
 みんなの列になかなか追いつけない。みんなは駆け足で登っているわけじゃないのに。なんで、どうして。いくら自分の足が遅いっていってもこっちは走っている。正直辛い。けど、ムサシの手と繋がっているからがんばらなきゃ。
 ああ、幸せ。
 ずっとこのままでいられたらいいのに。

「心寧ちゃん、大丈夫かい」
「うん、大丈夫じゃないけど大丈夫」
「えっ」
「あの、その。あはは、わたし、変なこと言っているね」
「ちょっと休もうか」

 心寧は頷きそうになったが、すぐに頭を左右に振って「がんばるから行こう」と口にした。このままじゃはぐれてしまう。急いだほうがいい。それに、白いものが流れてきて、景色に白いカーテンをかけていこうとしている。乙葉の家のレースのカーテンみたい。あっ、そうじゃなくて急がないと、みんなの姿を隠してしまう。
 あれってきりだっけ。

「本当に大丈夫かい」
「うん、だって霧が……」
「そうだね。じゃ急ごう」

 心寧は頷きムサシとともに走って行く。

「みんな、待って」

 叫んで追いかけていたのに、みんなは振り返ることなく霧の中へ消えていく。心寧は「ムサシくん。なんだか変だよ」と声をかけて足を止めた。
 えっ、な、なんで。

「ムサシくん、どこ」

 ムサシと手を繋いでいたはずなのに心寧が握っていたのは木の枝だった。どうなっているの。

「ムサシくーーーん。みんなーーー」

 返事はない。あたりは真っ白な霧で覆われている。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう。
 こんなのありなの。前も後ろも右も左も真っ白けでなにも見えないじゃない。足元だけはわかるけど、あとは真っ白だ。

「誰かーーー。返事をしてぇーーー」

 ダメだ。誰も答えてくれない。心寧は頭を抱えて俯いた。
 もしかして、これって……遭難そうなんしたってこと。
 嫌だ、そんなの嫌だ。

 早くみんなのところに追いつかなくちゃ。ひとりぼっちは嫌。
 ブンブン手を振り回して霧を振り払う。けど、まったく霧は晴れてくれない。自分もルナみたいに風を操れたら霧を追い払えるのに。

 どうしよう。ここでみんなが来てくれるのを待っていたほうがいいのだろうか。いやいや、待つだけじゃダメ。いつ霧が晴れるかわからないしここはゆっくりでも進んむべきだ。
 本当にそれでいいの。
 危ないでしょ。まわりが見えないのに動いたらどこに行っちゃうかわからないでしょ。
 でも、でも、でも。じっとなんてしていられない。

 心寧は地面をみつめて一歩一歩進んで行く。
 慎重に、慎重に。大丈夫、このままいけば山頂のはず。
 一歩、二歩、三歩、四……えっ、あれあれ。

 うわわぁ。
 地面がなーーーい。なんで、どうして。
 嫌だ、嫌だ、嫌だ。転がっている。落ちている。

「誰か、助けてぇ。わたし、死にたくない」

 心寧は転げ落ちながら叫びまくった。そのとたん、なにかにぶつかって止まった。
 もしかして助かった。よかった。

 いったいなににぶつかったのだろう。思ったより痛くなかった。心寧は起き上がりあたりを見回した。霧でよくわからないけどなににぶつかったのかはわかった。
 竹だった。本当に竹のおかげで助かったのだろうか。もっと柔らかいものだったような。おかしい。心寧は首を捻ってあたりに目を向けた。

 薄っすらだけど何本の竹が生えているのが見える。ここは竹林みたい。
 とにかく助かったんだとホッと胸を撫でるとその場に伏せた。助かったけど、遭難したままなのはかわりない。登らなきゃ。とにかく上に行かなきゃ。

 あれ、あれ、おかしい。登れない。
 ガサガサ言うだけで登れない。落ち葉がいっぱいまっているみたい。
 困った、困った。

「みんなーーー。マネキ先生。ムサシくーーーん。誰かいないの。わたし、ここにいるよ」

 心寧は誰かの声がするか耳を澄ませた。
 聞こえてきたのは竹の葉が擦れている音だけだった。
 なんだか寒い。ひとりぼっちだからかな。

『わたしてやっぱりダメダメかも。遭難しちゃうなんて。マネキ先生に気をつけるように言われたのに。こんなことになっちゃうなんて』

 寒い、寒い、寒い。
 誰か来てほしい。助けてほしい。

『お母さん、わたしがんばれないかも』

「心寧、がんばればきっとむくわれるわよ」

 えっ、お母さん。心寧はキョロキョロあたりを見回して声の出所を探した。真っ白けでなにもわからない。霧のいじわる。
 吐息をもらして項垂うなだれる。ここにお母さんがいるはずがない。きっと空耳だ。

『がんばれば報われる』か。

 本当にそうだろうか。ダメダメな自分でもいいことが待っているのだろうか。心寧は頭を振り「疑っちゃダメ」と呟いた。お母さんがウソをつくはずがない。がんばらなきゃダメ。
 そうでしょ、お母さん。

『愛される存在となるだろう。そのまま突き進みなさい』

 頭の中にそんな言葉がふと浮かぶ。

 狐神様。

 そうだ。自分は愛される存在になるの。慈愛のある猫神様になるの。こんなところで弱気になっちゃダメ。ダメダメなままでいたくない。がんばればきっと園音様みたいになれる。そう信じなきゃ。けど、ここからどうやって抜け出せばいいのだろう。誰か来てくれないと無理だ。きっと。

 そうだ、山猫神様にお願いしよう。
 心寧は目を閉じて手を合わせた。

「神様、山の猫神様。お願いだから助けて」

 んっ、今なにか聞こえたような。
 目を開けて、真っ白な霧の中をみつめる。なに、あれ。
 なにか見える。誰かいるの。
 人影だろうか。もしかしてムサシが助けに来てくれたのかも。

「ムサシくん、ムサシくんなの」

 霧の中の影はなにも答えずただそこにじっとしているだけだった。目の錯覚なのだろうか。そうなのかもしれない。岩とか木とかがそう見えるだけかも。
 心寧はもう一度山猫神様に願った。

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