謎部屋トリップ

景綱

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稲山様たちとの再会

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 みのりだ。

 あまりにも嬉し過ぎて、抱きついてきたみのりを反射的に抱き返してしまった。

「おお、いきなりラブシーンを見せられるとは。このままでは、キスをしかねないな。我々は、お邪魔かな」

 玄関でにやつく猫地蔵の言葉に、とんでもないことをしている自分に気がつき、みのりを引き剥す。
 稲山様は咳払いをして「これは加奈に報告せねばならないですね」とニヤリとする。

「いや、その。稲山様、それはちょっと。あの、その。これはそう、事故。いや、違うか。不可抗力です。そうです」

 なんだか言い訳めいたことを口にしてしまい、苦笑いを浮かべる。
 猫地蔵と稲山様は、口角をあげて優しい眼差しをしていた。

「ゆづっち、もう。そんなに無下に扱わなくたっていいじゃない。あたしの愛情を受け取ってよね。なんて、単なる挨拶のスキンシップよ」

 挨拶のスキンシップって。
 みのりにはそうでも、俺の心はごちゃ混ぜだ。惑わさないでくれ。
 浮気心は消え去れ。

「もう、抱き合わなくてもいいのか。もう少し楽しんでもいいぞ」
「ちょっと、そんな意地悪言わないでくださいよ」

 猫地蔵に口を尖らせて文句を言うと、またしてもみのりが抱きついて「本当に会えてよかった」と頬擦りしてきた。

「ちょっと、みのり。頼むからもうやめてくれ。おかしくなりそうだ」
「もう、照れちゃって。やっぱり、ゆづっちはかわいい」

 ダメだ。完全にみのりのペースになっている。

「みのりもあまり困らせるな。そのへんでやめておけ。さてと、あまり悠長なこと言っていられないからな。魔主に気づかれる前に急ぐぞ」

 真顔に戻った猫地蔵に、稲山様もみのりも背筋を正して頷いた。俺も「はい」と返事をして立ち上がる。

 みんなが外へ出ていく。俺も急いであとを追うと、稲山様がいきなり足を止めた。ぶつかる寸前でなんとか踏みとどまると、厳しい目つきで稲山様が振り返り「龍の鱗を忘れていますよ」と指を差した。

「すみません」と頭を下げると、稲山様は少しだけ目尻を下げていた。

 慌てて、取りに戻りすぐに玄関から飛び出、悲鳴を上げた。
 景色が一変していた。そのせいで、心臓がギュッと縮こまる。

 海の上だ。
 しかも、かなりの高所にいる。浮いているのか。そんな馬鹿なことがあるか。このままだと、落ちて死ぬ。

 俺は、わけもわからないまま手足をばたつかせて抵抗してみる。無駄なあがきだ。わかっている。それでも、そうせずにはいられない。
 突如の上昇気流に煽られてバランスを狂わせ、下に顔を向けてしまった。足が竦み、足元から虫が這い上がってくるような気持ち悪さを感じた。

 死にたくない。

 白い飛沫を上げる波と波音。冷たい海風。
 ダメだ。上を見ろ。ほら、あの青い空に白い雲。大丈夫だ。みんなと一緒だ。何の問題もない。そう言い聞かせて、どうにか気持ちを落ち着かせる。

「ユヅル、慌てるな。落ちたりせぬ」
「えっ、落ちない」

 猫地蔵の言葉に、はじめて空中に留まっていることに気がついた。安堵はしたものの、高い場所にいることには変わりはない。下はやっぱり見ることができない。身体が強張り、小刻みに震えてしまう。

「ゆづっち、顔色悪いよ。大丈夫」
「あ、ああ。下を見なければ大丈夫だ」
「そう、けど、もう下を見てもいいと思うよ。空じゃないし」

 えっ、本当か。みのりのことだ、嘘でしたなんて騙し討ちするんじゃないのか。

「ユヅル、安心せい。もう地に足がついている」

 猫地蔵の言葉に、ゆっくり下を窺う。海の景色はもうない。地上だ。小さく息を吐き、身体の力が緩む。

 それにしても、ここはどこだ。
 目の前には、いつの間にか社があった。そうか、ここは小樽の金吾龍神社の御本社か。それなら、さっきの景色はフゴッペ岬。

 俺は、一気に北海道に来ちまったのか。
 うっ、なんだ急に頭痛がしはじめた。物凄い圧も感じる。これの感じは、もしかして。こめかみを押さえ、眉間に皺を寄せたまま社から上空を窺う。
 やはり、いる。

 アラハバキ神だ。

「ここへ、何をしに来た。狐神、猫地蔵。従者たち」

 従者ではないのだが、俺はみのりや幽霊三人と一括りにされたのか。みのりと一緒は気が引ける。眷属でもなんでもないのだから。

「アラハバキ神よ。我々はお願いがあってここに来た」
「なに、お願いとな」
「はい」
「うむ、よく見ればおかしな面々だ。ところで、そこの者が持っているものは、もしや、我の鱗か」
「はい、その通り」
「なぜ、持っておる」

 猫地蔵は、俺に前に出るように手招きをする。頷き、一歩前に出ると猫地蔵が「持ち上げて見せるのだ」と耳元で囁いた。指示に従い、すぐに龍の鱗を持ち上げて掲げる。そのとたん、陽の光に鱗が反射して虹色の輪が浮かび上がった。

 目の錯覚だろうか。虹色の輪に半透明の文字が映り込んでいる。どこにも文字など存在していないのに。龍の鱗に見えない文字が刻み込まれているのか。
 アラハバキ神に目を向けると、真剣な面持ちで頷き文字を読んでいる。

「なるのど、お主たちは、そこの霊以外、未来の住人か。確かに、未来の我の言葉を受け取った。悪の心に囚われし龍の怨念を取り払ってやろう。ただ、そこの人の子よ。うむ、なんと悲しき運命よ」

 アラハバキ神の言葉を耳にした瞬間、身体がスゥーッとして落ちていくような感覚に囚われた。

 気づくと、西武新宿駅の前に立っていた。
 気持ち悪さに項垂れる。吐きそうだ。

 俺の様子に気づいたのか、みのりが背中を擦ってくれた。不思議なことに、背中がほんのり温かくなり、全身に広がっていく。いつの間にか、気持ち悪さが一掃されていた。流石だとしかいいようがない。眷属だとは言え、やはり力があるってことだろう。

 それにしても、アラハバキ神の最後の言葉は何だったのだろう。悲しき運命。今の俺の現状のことなのか。
 みのりに顔を向けると、なぜか目を逸らされてしまった。

「よし、行くぞ」
「行くって、魔主のところに行くのですか」

 猫地蔵は頷き、大きく息を吐く。

「今回は我々が直接行く。悪龍は、アラハバキ神が取り払ってくれるであろうからな。あとは、魔主ととことん話し合うぞ」

 話し合う。退治じゃないのか。

 チラッと目の端に映る三人の幽霊。そうか、この人たちはまだ何もしていない。無関係ではないはず。小栗家か。この名前どこかで聞いた気もするが、どこでだったろう。まあいいか。それより、魔主だ。説得するのか。というか、できるのか。その前に、悪龍がなぜ魔主といるのだろう。

「あの、訊いてもいいですか」
「なんだ」

 振り返る猫地蔵に悪龍がなぜいるのか訊ねてみた。すると、猫地蔵ではなく、稲山様がタブレットを片手に説明してくれた。
 なんてわかりやすいのだろう。
 まさか、映像での解説だなんて。

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