23 / 32
新たな作戦開始
しおりを挟む今回は、絶対に会社を辞めない。何があっても耐えてみせる。
俺は、決意を固めて仕事に取り組んでいた。
魔主の思い通りにさせてたまるか。
今度こそ、母とともに暮らす世界を掴み取ってやる。そのためにも、加奈の手紙通り実行してみよう。けど、なぜ、今なのだろう。もっと、早くこのことを知っていれば、子供の頃にでも解決できたのではないのか。いや、それは無理か。大人だからこそ、自由に動ける。自由にってことで考えれば、学生時代でもいいのではないか。
わからない。
きっと、何か理由はあるのだろう。
稲山様たちが未だに姿を現さないのも何か理由があるのだろう。
二十年か。長いようで、短かった気もする。
そういえば、加奈の手紙に、俺も何か託されたものがあるかもしれないとあったけど、そんなものがあっただろうか。
いまいち、ピンとこない。
「主任、あの次の企画会議のことで相談したいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「あっ、ああ、構わないよ」
んっ、あれ。
この顔、どこかで。気のせいか。というか、こんな社員いただろうか。新人か。
あっ、みのり。
いやいや、そんなはずは。
「主任」
「ああ、すまない。で、相談というのは」
「はい、これなんですけど」
彼女は、そう口にすると、書類を渡してきた。
書類を受け取り、目を落とすと、鳥居のイラストと五芒星が描かれていた。
ハッとして顔を上げるとさっきまでいた社員は消えていた。
どこにいった。オフィス内を見回したが、どこにもいなかった。やっぱり、みのりだったのか。そうだとしたら、この書類は、いったいなんだ。
ページを捲ると、そこには、よくわからない文字列が記されていた。読めないけれど、目で追っていく。そのとたん、文字列が光輝き、白紙になった。
頭の中に、映像と音声が流れ出す。
流れる水の奏、風の囁き、淡い光りに懐かしい面々。
稲山様だ。みのりもいる。猫地蔵も。それだけではない。俺自身の身体が横になっているじゃないか。どうなっている。
加奈と康也まで目を閉じて俺の隣に並び、川の字になっていた。
これは。
『聞こえるか』
猫地蔵の声だ。
『うむ、どうやら聞こえているようだな。加奈の手紙にかけていた術のおかげで一時的に繋がっている。おまえのいる会社がなぜか一番繋がり安いようで、ようやく伝えられる』
「どういうことだ」
そう、呟いたところでオフィスにいる社員の視線が向けられた。すぐに口を閉じて書類を読むフリをして誤魔化す。
『心の内で話せ。通じる』
『わかった』
『時間がないから、要点だけ伝えるぞ。加奈の手紙通り行動しろ。それで、再び、ここへ戻れる。時が逆流する。古の龍神様がきっと手伝ってくれるはずだ。怪し気な者も現れるだろうが、そいつも味方だ。今は、おまえだけが頼りだ。頼んだぞ。その書類を持ち歩け、魔主に気づかれないように術をかけてある。それだけだ。幸運を祈る』
映像と声がプツリと途絶え、外からの騒音とオフィス内の音が一気に流れ込んできて、思わず耳を塞いでしまった。
龍神様か。
おそらく、アラハバキ神のことだろう。
これは早いところ、三つの祠に行ったほうがいいのかもしれない。
***
善は急げと、俺は半休を取り不動産屋に向かった。急ぎの仕事がなくてよかった。半休が取れてよかった。先日、休日出勤していたことも功を奏したのだろう。
会社からタクシーを呼び、皆中稲荷神社前で降りる。ここまで来れば、あとは歩きだ。
んっ、なんだ。
気のせいだろうか。鳥居の向こう側が騒がしい。人がいるわけではない。じっと目を凝らしてみると、手のひら大の狐たちが歓声をあげていた。応援する声もしてくる。それだけではない。あの光はなんだ。鳥居の手前でみつけた明滅する光に目を留めると、とある記憶が蘇っていく。
子供の俺が、大切に運ぶ包み。
稲山様に頼まれて、神社へと持ってきたものだ。まさか、あのときの包みが、今もここで光を消すことなく残されていたということか。あれ、そうだったろうか。光は消え去ったのではなかったか。はっきり覚えていないが、目の前の不思議な光はあのときの包みに違いない。そういえば、この光を気に留める者はいないようだ。見えているのは俺だけなのか。
もしかしたら、俺には霊的な力が宿っているのだろう。神仏と行動を共にしていたせいもあるのだろうが、俺自身が霊体だと言えるからな。猫地蔵堂に眠る俺が本当の身体だ。今の身体は、俺ではあるが俺ではない。考えるだけでおかしくなりそうだ。
なるほど、よく見れば魔主のかけた結界に綻びが見える。この光の影響か。二十年かけて少しずつ結界が解けていっているのだろう。だから、今なのか。魔主を封印するチャンスなのか。いや、そう簡単ではない。だからこそ、アラハバキ神の力が必要だと言える。
よし、急ごう。
不動産屋はこの道をまっすぐ行った先にある。
気が急くのを、どうにか落ち着かせながら歩みを進めて、首を傾げた。おかしい、もう不動産屋があってもよさそうなのに、それらしき建物が見当たらない。
なぜだ。
通り過ぎたか。だいぶ歩いて来た。絶対に、こんなに距離はなかったはず。
振り返り、来た道を眺めて銀杏の木をみつけた。右側ばかり見ていたせいで、反対側の銀杏の木に気づかなかった。あそこかと戻って、また首を傾げた。不動産屋がない。
そこにあったのは、ラーメン屋だった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
エンリルの風 チートを貰って神々の箱庭で遊びましょ!
西八萩 鐸磨
ファンタジー
**************
再編集、再投稿になります。
**************
普通の高校生が、通学の途中で事故にあい、気がつくいた時目の前には、見たこともない美しい女性がいた。
チートを授けられ、現在と過去、この世界と別世界の絆をつなぎとめるため、彼は旅立つ(転移)することになった。
***************
「ちーと?」
小首をかしげてキョトンとする。
カワイイし!
「ああ、あなたの世界のラノベってやつにあるやつね。ほしいの?」
手を握って、顔を近づけてくる。
何やってんねん!
・・嬉しいけど。
***************
「えへっ。」
涙の跡が残る顔で、はにかんだ女の子の頭の上に、三角のフワフワした毛を生やした耳が、ぴょこんと立ち上がったのだ。
そして、うずくまっていた時は、股の間にでも挟んでいたのか、まるでマフラーのようにモフモフしたシッポが、後ろで左右にゆれていた。
***************
『い、痛てえ!』
ぶつかった衝撃で、吹き飛ばされた俺は、空中を飛びながら、何故か冷静に懐に抱いたその小さな物体を観察していた。
『茶色くて・・・ん、きつね色?モフモフしてて、とっても柔らかく肌触りがいい。子犬?耳が大きいな。シッポもふさふさ。・・・きつね?・・なんでこんな街なかに、キツネが?ん?狐?マジで?』
次の瞬間、地面に叩きつけられた。
信じられない痛みの中、薄れゆく意識。
***************
舞台は近東、人類文明発祥の地の一つです。
***************
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
クラス転移で神様に?
空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。
異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。
そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。
異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。
龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。
現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる