謎部屋トリップ

景綱

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新たな作戦開始

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 今回は、絶対に会社を辞めない。何があっても耐えてみせる。
 俺は、決意を固めて仕事に取り組んでいた。

 魔主の思い通りにさせてたまるか。

 今度こそ、母とともに暮らす世界を掴み取ってやる。そのためにも、加奈の手紙通り実行してみよう。けど、なぜ、今なのだろう。もっと、早くこのことを知っていれば、子供の頃にでも解決できたのではないのか。いや、それは無理か。大人だからこそ、自由に動ける。自由にってことで考えれば、学生時代でもいいのではないか。

 わからない。
 きっと、何か理由はあるのだろう。
 稲山様たちが未だに姿を現さないのも何か理由があるのだろう。

 二十年か。長いようで、短かった気もする。
 そういえば、加奈の手紙に、俺も何か託されたものがあるかもしれないとあったけど、そんなものがあっただろうか。
 いまいち、ピンとこない。

「主任、あの次の企画会議のことで相談したいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「あっ、ああ、構わないよ」

 んっ、あれ。
 この顔、どこかで。気のせいか。というか、こんな社員いただろうか。新人か。

 あっ、みのり。
 いやいや、そんなはずは。

「主任」
「ああ、すまない。で、相談というのは」
「はい、これなんですけど」

 彼女は、そう口にすると、書類を渡してきた。
 書類を受け取り、目を落とすと、鳥居のイラストと五芒星が描かれていた。
 ハッとして顔を上げるとさっきまでいた社員は消えていた。

 どこにいった。オフィス内を見回したが、どこにもいなかった。やっぱり、みのりだったのか。そうだとしたら、この書類は、いったいなんだ。

 ページを捲ると、そこには、よくわからない文字列が記されていた。読めないけれど、目で追っていく。そのとたん、文字列が光輝き、白紙になった。
 頭の中に、映像と音声が流れ出す。

 流れる水のかなで、風の囁き、淡い光りに懐かしい面々。
 稲山様だ。みのりもいる。猫地蔵も。それだけではない。俺自身の身体が横になっているじゃないか。どうなっている。
 加奈と康也まで目を閉じて俺の隣に並び、川の字になっていた。
 これは。

『聞こえるか』 

 猫地蔵の声だ。

『うむ、どうやら聞こえているようだな。加奈の手紙にかけていた術のおかげで一時的に繋がっている。おまえのいる会社がなぜか一番繋がり安いようで、ようやく伝えられる』

「どういうことだ」

 そう、呟いたところでオフィスにいる社員の視線が向けられた。すぐに口を閉じて書類を読むフリをして誤魔化す。

『心の内で話せ。通じる』
『わかった』
『時間がないから、要点だけ伝えるぞ。加奈の手紙通り行動しろ。それで、再び、ここへ戻れる。時が逆流する。いにしえの龍神様がきっと手伝ってくれるはずだ。怪し気な者も現れるだろうが、そいつも味方だ。今は、おまえだけが頼りだ。頼んだぞ。その書類を持ち歩け、魔主に気づかれないように術をかけてある。それだけだ。幸運を祈る』

 映像と声がプツリと途絶え、外からの騒音とオフィス内の音が一気に流れ込んできて、思わず耳を塞いでしまった。

 龍神様か。
 おそらく、アラハバキ神のことだろう。
 これは早いところ、三つの祠に行ったほうがいいのかもしれない。


***


 善は急げと、俺は半休を取り不動産屋に向かった。急ぎの仕事がなくてよかった。半休が取れてよかった。先日、休日出勤していたことも功を奏したのだろう。

 会社からタクシーを呼び、皆中稲荷神社前で降りる。ここまで来れば、あとは歩きだ。

 んっ、なんだ。
 気のせいだろうか。鳥居の向こう側が騒がしい。人がいるわけではない。じっと目を凝らしてみると、手のひら大の狐たちが歓声をあげていた。応援する声もしてくる。それだけではない。あの光はなんだ。鳥居の手前でみつけた明滅する光に目を留めると、とある記憶が蘇っていく。

 子供の俺が、大切に運ぶ包み。

 稲山様に頼まれて、神社へと持ってきたものだ。まさか、あのときの包みが、今もここで光を消すことなく残されていたということか。あれ、そうだったろうか。光は消え去ったのではなかったか。はっきり覚えていないが、目の前の不思議な光はあのときの包みに違いない。そういえば、この光を気に留める者はいないようだ。見えているのは俺だけなのか。

 もしかしたら、俺には霊的な力が宿っているのだろう。神仏と行動を共にしていたせいもあるのだろうが、俺自身が霊体だと言えるからな。猫地蔵堂に眠る俺が本当の身体だ。今の身体は、俺ではあるが俺ではない。考えるだけでおかしくなりそうだ。

 なるほど、よく見れば魔主のかけた結界に綻びが見える。この光の影響か。二十年かけて少しずつ結界が解けていっているのだろう。だから、今なのか。魔主を封印するチャンスなのか。いや、そう簡単ではない。だからこそ、アラハバキ神の力が必要だと言える。

 よし、急ごう。
 不動産屋はこの道をまっすぐ行った先にある。
 気がくのを、どうにか落ち着かせながら歩みを進めて、首を傾げた。おかしい、もう不動産屋があってもよさそうなのに、それらしき建物が見当たらない。

 なぜだ。

 通り過ぎたか。だいぶ歩いて来た。絶対に、こんなに距離はなかったはず。
 振り返り、来た道を眺めて銀杏の木をみつけた。右側ばかり見ていたせいで、反対側の銀杏の木に気づかなかった。あそこかと戻って、また首を傾げた。不動産屋がない。

 そこにあったのは、ラーメン屋だった。


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