謎部屋トリップ

景綱

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知っている未来

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 朝か。

 今日は何か進展があるだろうか。もう、無理かもしれない。どこかで諦めてしまっている自分がいた。
 すでに、俺が知っている未来へと進んでいる。けど、知らない事実もあった。そうではなく、忘れているだけかもしれない。

 どちらにせよ、いずれ、母も病気で手の届かない世界へと旅立ってしまうだろう。父が間違った選択をしたせいだ。違う、魔主のせいだ。

 あんな事実があったなんて。胸に何か重いものが乗っかっている気分だ。
 溜め息を漏らして、狐の置物に目を向ける。リビングから自室に持ってきていた。また、稲山様が来てくれると期待していた。

 二度目があったから、三度目もあるはずだ。
 二度目は、猫地蔵も一緒だった。

 魔主の封印の力を破るには、かなりの困難らしい。力を溜めて、一点集中で結界にほんの少しだけ穴をあけてこっちへやって来ると話していた。俺を勇気づけてくれた。対策を練っていると言っていた。それなら、絶対にまた来る。俺はそのときだけ、霊体の姿になり、親父の行動を垣間見ることができた。

 ベッドに寝たまま天井を眺め、溜め息を漏らす。
 現社長は、会社の金を私物化して使い込んでいた。脱税もしていた。
 親父は、その事実を知っていたにも関わらず、隠蔽してしまった。告発しようともしていたのに、なぜだ。そのせいで会社が傾いたっていうのに。

 いや、理由はわかっている。
 親父の優しさが間違った決断をさせてしまったのだろう。
 社長の言葉が思い出される。

『いいのかそれで。もしも、俺を告発したら、どうなってもしらないぞ。おまえが会社の金を横領したことにするぞ。警察にも知り合いがいるからな、そんなこと容易くできる。不正はすべておまえの仕業にしてやる。そうなったら、おまえの家族は路頭に迷うだろうな』

 憎い。

 ただ、憎むべきは社長ではない。俺は気づいてしまった。社長の背後に黒い影がいたことを。その影は数本の尻尾を揺らせていた。

 魔主だ。あのとき、社長は取り憑かれていたのだろう。もしかしたら、親父が頷いてしまったのも魔主の術にかかってのことかもしれない。
 それだけではない。
 瑞穂のことだ。

 この世界では、まだ先の話だけど、瑞穂が親父の後妻となって会社を乗っ取ろうとしたことも今ならわかる気がする。康也があんなにもひねくれた性格になってしまったのも頷ける。同じ境遇であったら、俺もそうなっていたかもしれない。

 俺は、間違っていた。謝罪すべきは俺であり、親父だ。それも、違うか。すべては魔主が原因だ。いや、ご先祖様が原因か。考えれば、考えるほど混乱が増すばかり。
 全員が幸せになることはできないのだろうか。誰かがハズレくじを引かなくてはいけないのだろうか。

 どうにか未来を正規のルートに戻したい。
 涙なんて見たくない。
 我が家に瑞穂が乗り込んで来た日が蘇る。

 あの日のことは、思い出しただけでも、胸が痛む。ショックすぎて、心停止してしまいそうだ。


***


 ドアベルとともに、玄関外から叫び声が飛んでくる。

「新島さん、新島さん」

 近所迷惑な声音に心拍数が上がる。いったい誰。
 自室から少しだけドアを開けて、俺は様子を窺っていた。

 母が扉を開けたとたん、飛び込んで来たのは瑞穂だった。最初は、誰だかわからなかった。乱れた髪で頬に少しだけシミのある顔のおばさんとしか認識できなかった。泣きじゃくっているせいもあって余計気づけなかったのかもしれない。いったいどうしたのだろう。

「どうして。どうして、あんな酷いことができるんです。ハルカさん、あなたの旦那は人でなしですか」
「ミズホさん、どうしたんです。人でなしって、どういうことです。夫は、もう会社に行っていないんですけど、何があったんです」

 嗚咽を漏らして、跪き玄関土間を叩く瑞穂。母の背中から伝わってくる狼狽えた感じ。
 なかなか理由を話さなかった瑞穂がか細い声で言葉を漏らす。

「私の夫は、死んだんです。あなたの旦那のせいで自殺してしまったんです」

 親父のせいで死んだ。
 母はその言葉に身体を震わせていた。母の顔はここからでは見えない。もしかしたら、泣いているのかもしれない。

「どうしてくれるんですか。なぜ、急に契約解除だなんて。私たちが何をしたっていうんですか。そんな仕打ち酷過ぎます」

 瑞穂は、母にすがりながら「夫を返してください」と繰り返していた。
 このあと、瑞穂がいつ帰っていったのか覚えていない。それくらい衝撃な事実だった。

 稲山様と猫地蔵の力を借りて、会社に乗り込んだ際に事実だと判明した。
 背後にいる魔主がそのとき笑っていて、吹雪の中に放り込まれたような錯覚に陥った。

 会社を維持させるのは、それしかなかったようだ。他にも下請け会社の契約打ち切りはあったようだが、自殺したのは坂下のところだけだった。それだけ、親父の会社から契約解除されたことが痛手だったのだろう。

 止められなかった。
 魔主の思い通りに事が進んでしまっている。
 この日から、母の具合が悪くなっていったのは言うまでもない。


***


 母の身体は病魔に蝕まれていった。
 母を取り巻く黒い煙。あれは、おそらく魔主が何か術をかけた証なのだろう。わかっていても、取り払うことができなかった。

 なんて俺は無力なのだろう。ただ見ていることしかできない。母がどんどん弱っていく中、親父の仕事は忙しくなっていった。会社を立て直そうと奔走していたためだ。頑張っているのはわかっているのだが、親父には母と少しでも長く一緒にいてほしかった。

 母は、俺が誕生日を迎える一週間前に天に召されてしまった。
 なぜ、こんな嫌な人生を再び繰り返さなくてはいけないのだろう。

 憎い、憎い、憎い。
 魔主のことが憎い。


***


 親父は、寂しさを忘れるためなのか仕事に重きをおいていた。俺のことはどうでもいいのだろうかと思ったときもある。けど、たまに帰ってくる親父は疲れた顔をして俺の頭を撫でて微笑みを浮かべ、抱きしめてくれた。それだけのことで、愛情を感じられた。

 気づけば、親父は本部長になり、常務、専務とスピード出世をして社長へと就任した。
 そのころ、俺は小学四年生だった。

 前社長はというと、どこかから不正が表沙汰になり逮捕されて解任となっていた。
 親父が告発したのだろうかとも思ったが、どうやら違うらしい。それなら、なぜ、親父は罪に問われないのだろう。不正を知りつつ隠蔽していたはずだ。不正に加担していたわけではないから問題はないのだろうか。

 まさか、そこにも魔主が関与しているのだろうか。
 そのほうが苦しむと思ってのことだろうか。のちのち、どうなるか知っている俺としては、そう考えるほうが自然だと思えた。

 そういえば、加奈は今どうしているのだろう。全然、情報が入ってこない。稲山様や猫地蔵の力を借りても、加奈の様子がつかめない。ふたりとも本来の力を発揮できていないからだろう。

 もう嫌だ。
 どうやったら、本来あるべき姿の未来にすることができるのだろう。

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