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何かが起きている
しおりを挟む会社の前まで来たものの、どうしたらいいのだろう。子供の俺が気軽に入れるところではない。入り口のところに警備員がいる。新島部長の息子だと言えば通してくれるだろうか。きっと、無理だ。社長の息子だったら違ったかもしれないけど。
どうしたらいいだろう。
会社のビルを見上げて、溜め息を漏らす。
ビルの窓に映る空の景色を眺めながら、何かいい案はないかと黙考する。ダメだ、何も思いつかない。そんなことよりも、ここにいつまでいるわけにはいかない。俺は今、五歳児だってことを忘れてはいけない。こんなところにいたら、目につく。迷子になったのとやさしい人が声をかけてくるかもしれない。それならまだいい。補導されるかもしれない。そうなったら、どう説明すればいい。
『俺の心は大人だ。大丈夫だ』
そう話すか。そんなこと口にしたら、頭がおかしい子供だと思われてしまう。
まわりの目が気になる。
あそこでスマホをいじっているおばさんは、警察にでも連絡しているのではないだろうか。こっちへ歩いて来るおじさんは、交番へと連れて行こうとするのではないだろうか。
どうする。家に帰るか。もしかしたら、母が心配して探しているかもしれない。まだ、母が気づいていないことを祈る。寝ていると思ってくれていることを祈る。
あっ、親父が出てきた。
誰かと一緒だ。あれは誰だろう。部下なのだろうか。
「ほら、急げ。坂下フーズに行くぞ」
微かにそんな声が届き、ハッとする。坂下ってもしかして、康也の父親の会社か。取引先なのか。よくわからないけど、繋がりがあるのは間違いない。
俺もついて行かなきゃ。
あっ、ダメだ。車に乗って行ってしまった。
康也のところに行けると思ったのに。
***
俺は仕方がなく家に帰った。
「ユヅル、どこへ行っていたの」
しまった。気づかれてしまったのか。涙目の母に胸が痛む。そんな顔をしないでくれ。
「ごめん、ちょっと散歩」
そんな言葉しか思いつかなかった。
「もう、行くならママと一緒に行ってね。お願いだから」
信じてくれるんだ。けど、母はいずれいなくなってしまう。未来が変えられないのなら、少しでも一緒にいたほうがいいのかもしれない。親孝行して、見送ったほうがいいのかもしれない。
どうやっても母とずっと暮らす未来は、やって来ないのだろうか。
***
その日の夜。
親父は暗い表情で肩を落として帰宅した。
いったい、何があったのだろう。
「もうダメだ。社長の暴走を止めなくてはいけない。けど」
そんな親父の呟きが、リビングから届く。
まさか、盗み聞きしているなんて思わないだろう。社長の暴走って何をしたのだろう。俺に何かできることはないのだろうか。もしかしたら、ここが運命の分かれ道なのかもしれない。そんな直感があった。
「あなた」
「ああ、ハルカ」
親父は溜め息を漏らして母の手を取り「すまない」と謝った。
「謝ることなんてなんにもありませんよ。私は、あなたが決めた道をともにしますから」
「ありがとう」
ふたりの会話を聞いているうちに、目頭が熱くなっていく。リビングは優しい空気に包まれていた。
んっ、なんだろう。
今、一瞬だけ焦げ臭さを感じた。火事かと思ったが、どこにもそんな様子はない。気のせいだったろうか。もしかして、誰かに見られているのか。
魔主だろうか。
俺は首を傾げて、考え込んだ。何か違うような。そうだとしたら、今の気配はなんだ。
***
翌日、いつも通り親父は会社へと向かった。ただ、顔色が悪く溜め息ばかりだった。大丈夫だろうか。絶対に、何かが起きる。このままでは親父のほうが病気になって、逝ってしまいそうだ。
俺のいた世界と違う世界になるのではないか。
まさか。
そう考えるのは早計だろうか。
どうしたらいいのだろう。親父の会社に忍び込むか。そうじゃない。それで解決できるとも思えない。母に何かが起きるという可能性だってある。それなら、ここにいるべきなのか。
わからない。
誰か、俺に力を。
稲山様、みのり、猫地蔵、助けてくれ。そう思ったところで静けさが漂っているだけ。
本当に、魔主に抹殺されてしまったのだろうか。いくらなんでもそこまでの力はないだろう。神様と仏様だ。いくら力が増したからってそう簡単にはいかないはずだ。
きっとどこかにいるはずだ。
みんな、姿を現してくれ。
俺一人では何もできない。
んっ、今、何か聞こえなかったか。気のせいか。
耳を澄ませみる。
気のせいじゃない。どこからかなんだかわからないけど、聞こえてくる。どこだろう。リビングのほうだろうか。
あたりに目を向けて、サイドボードの上に小さな狐の置物をみつけた。もしかして、あそこからかもと近づいて「狐さん」と声をかけていた。
何か聞こえる。はっきり聞こえないことに苛立つ。
キッチンから椅子を抱えてサイドボードのところへ持っていく。よし、これでいい。
狐の置物に耳を近づけると、微かに言葉が伝わってきた。
「ユヅル、稲山だ。置物を持つのです。早くするのです。時間がありません。そして、すぐに椅子から下りなさい」
言われた通り、狐の置物を手に取り、椅子から飛び降りる。そのとたん、眩暈がして倒れてしまった。気が遠くなっていく中、俺を呼ぶ母の声とやわらかなぬくもりを感じた。
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