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戻れないままの俺
しおりを挟む「今日は、部屋でゆっくりしていないさいね」と母に言われて、仕方がなくベッドに横になりテレビを観ていた。正直、テレビの内容は頭に入ってこない。
早く、安否確認したいとの思いが強いせいなのか、加奈の顔が頭に浮かぶ。もちろん、稲山様、みのり、猫地蔵、康也の顔も浮かんだが、一番気にかかるのは加奈だ。
こうなったら、こっそり抜け出して。そう思ったのだが、「ユヅル、どこ行くの」と母の監視の目が光る。心配からそうしているのはわかるから、抜け出すことができなかった。
「トイレだよ」と誤魔化すしかなかった。
トイレに入り、溜め息を漏らす。
みんな、大丈夫だろうか。
部屋に戻り、ベッドに横になり窓から外を眺めた。
あっ、猫だ。黒白猫だ。もしかして猫地蔵かも。
ベッドから飛び起き、窓を開ける。だが、猫はどこかへ逃げてしまった。違ったみたい。窓を閉めて項垂れる。
結局、未来は変えられないってことなのだろうか。このまま、知っている未来へと続いてしまうのだろうか。
***
夕飯を済ませて、リビングのソファーに座りテレビをなんとなく眺めている。だけど、頭
の中では違うことを考えていた。
俺は、子供のまま。五歳児だ。
稲山様、みのりをはじめ、誰にも会うことができないまま一ヶ月が過ぎてしまった。幼稚園からの帰り、母に「公園に行こうよ」とせがみ、マンションのそばへと行ってみた。二階のあの部屋だ。ベランダには、誰も出て来なかった。何度も加奈を求めて寄ってみても、姿を見ることはできなかった。
なぜ、どうして。公園で遊ぶ姿も見ることができないなんて、おかしい。
母がいなければ、二階まで駆け上がって加奈の無事を確認したい。もちろん、そんなことはできない。ブランコを漕ぎながら、二階のベランダに視線を送ることしかできなかった。
少し足を延ばして、皆中稲荷神社へも行ってみた。もちろん、母と一緒だ。本当だったら、ひとりで出かけたいけど許してくれない。
『稲山様、みのり』
心の中で声をかけても返事がない。姿も見せてくれない。どうしてだろう。母をどうにか誤魔化して不動産屋のほうへ足を向けたのだが、そこにもふたりの姿はなく、知らないおじさんとおばさんしかいなかった。あとで母に叱られてしまった。用もないのに不動産屋に入ってしまったせいだ。けど、そうするしか確認できなかった。
どこへ行ってしまったのだろう。
あとは猫地蔵と康也のところか。
自性院には「猫のお地蔵さんに会いたい」と言えば、母は頷いてくれた。
黒白猫を探すも、やっぱり見当たらなかった。猫地蔵の像に手を合わせても何の反応もない。こんなの変だ。
あとは康也のところだ。けど、母も住まいがどこなのか知らなかった。知っているのは親父だけ。そんなに遠くない場所に住んでいるはずなのに、親父は仕事が忙しいのか連れて行ってくれない。
みんなの顔が浮かんでは消える。俺のことを忘れてしまったのだろうか。それとも、知らないところで問題が起きているのだろうか。
なんだか、ひとりぼっちになってしまった気分だ。
家の中の雰囲気も悪い。
親父は、元気がない。そうかと思うと突然怒り出したりして変だ。母も顔色が悪くて病気が進行しているのかもしれない。不安でいっぱいになる。訊いてみても親父も母も、何も話してくれない。俺の前だと、作り笑いをして『何も変わりはないよ』みたいに装っている。
どうやら、知っている未来が近づいているようだ。それしか、考えられない。
おそらく、母の死が近づいている。けど、他にも何かありそうだ。親父の会社のことだろうか。忘れていたことだけど、このときの親父は社長ではない。どこかで最初から親父の会社だと思い込んでいた。今の役職は部長みたいだ。いつ、社長になったんだっけ。部長の親父が社長になんてなれるのだろうか。余程のことがなければ、難しいと思う。そこには、何か魔主が仕組んだ企みが関わっているのだろうか。そうだとしたら、社長にならないほうがいいのではないのだろうか。
考えてもわからない。
嫌な未来へと動き出している。それだけはわかる。
今の俺に何かできることはないのだろうか。ひとりでも何かしなきゃいけない。そう思いはじめていた。だけど、子供の俺ができることなんてたかが知れている。何の解決にもならないだろう。
小さく息を吐き、自分の部屋へと行きベッドに寝転がる。
子供は寝る時間だ。
どうにもできない歯痒さと戦いつつ、虚しさの底にいる自分を認識する。
気づけば、カーテンの隙間から覗く星空に願っていた。
重い気持ちを抱えたまま、いつの間にか俺は気絶するように寝ていた。
目を覚ましたときは、眩しい朝陽が差し込んできていた。
朝か。今日は、何か進展があるだろうか。誰かに会って、未来を変える算段をつけられるだろうか。
んっ、電話か。
母が電話に出たかと思ったら親父へと変わる。
「な、なに。それはどういうことだ」
怒鳴り声が響き、ガチャンと受話器を置く音がしたかと思ったら、親父は「ちょっとトラブルがあったから、会社に行ってくる」と家を出ていった。
あれ、そういえば今日は日曜日だ。休みのはずだ。トラブルって、いったい、何があったのだろう。
そうだ、親父について行ってみようか。
会社の場所はわかる。
母の目を盗み、俺は、どうにか家を抜け出すことに成功した。
『ごめん、母さん』
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