13 / 32
作戦開始だ
しおりを挟む飯塚加奈だ。
キョトンとした顔をした彼女と目が合った。
「来たか。待っていたぞ」
猫地蔵の言葉に俺は振り返り、「どういうこと」と訊いていた。
「魔主に対抗するにはあの者の力も必要だってことだ」
彼女の力って。何か特別な力を持っているのか。
「ゆづっち、そういうことじゃないと思うよ。まあ、ゆづっちには見えないだろうけど、赤い糸が結ばれているもの。あたし、こういうの堪らなく好き。応援しちゃう」
赤い糸。
俺は左手の小指をみつめた。糸なんてどこにもない。本当に赤い糸で結ばれているのだろうか。彼女の顔に目を向けると、同じように左手をみつめていた。どことなく頬が赤く染められているように映る。
「愛の力ですね。それは素晴らしい。流石、猫地蔵様」
猫地蔵は咳払いをひとつして、「稲山、褒めたところで何もでぬぞ」と呟いた。
「もちろん、わかっています」
「まあ、よい。とにかく、作戦開始だ。カナとユヅル、こっちへ来い」
猫地蔵に言われるまま近づいてく。隣に彼女の体温を感じる。赤い糸なんて言われたせいで、どうしても意識してしまう。
「カナが気になるのはわかるが、ほら、ユヅル。こっちを見ろ」
「いや、その、それは」
「カナも下を向くでない。照れている場合ではないのだ」
「あっ、すみません」
猫地蔵に向き直ると、額にまたしても肉球を押しつけてきた。きっと、彼女も同じなのだろう。本当に便利な力だ。猫地蔵の考える作戦がこれですべて理解できてしまうのだから。
んっ、これは。なるほど、作戦はひとつじゃないのか。それだけ魔主の力が強大なのだろう。人の運命を書き換えちまうのだから、相当なものだろう。そんな奴を簡単に封印なんてできないか。
猫地蔵は俺に向けて瞬きすると口角をあげた。わかっている。もうひとつの作戦は秘密にしろっていうんだろう。そう思った瞬間、もうひとつの作戦が頭の中から薄れていく。その代わり、五芒星の作戦が色濃く頭と身体に染みついていくように感じた。
「よし、やるべきことはわかったな。行くのだ」
「はい」
俺と彼女の声が重なり合う。その瞬間、光の雨の中を飛んでいた。彼女と手を繋いでいる。不思議なのだが自分自身も光の一部になっているような錯覚に陥っていた。もしかしたら、錯覚ではないのかもしれない。現に彼女は半透明で光を纏って見えた。別の生命体にでもなってしまったかのようだ。自由に空を飛べるなんて最高に気持ちがいい。
あれ、もうひとつ光りが近づいて来た。
あれは、康也か。
そうだった。三人でって話だった。けど、愛の力ってのはどうなのだろう。康也が来たら、うまくいかなくなりそうだ。大丈夫なのだろうか。
『実は、おまえたち三人は前世の繋がりもあったのだ。ヤスナリが父親で、ユヅルとカナが兄と妹の関係であった。面白いであろう』
頭の中に猫地蔵の声が響く。
そうだったのか。ということは、家族愛ってことか。
それにしてもあの康也が素直に協力するとは思わなかった。猫地蔵が術をかけたのだろうか。
『まあ、術と言えば術だな。ひねくれ者になっちまったからな。眠ってもらった。おそらく、今のあいつは夢でも見ていると思っているだろう。だから、現実のあいつとは違い。意外と素直だぞ。おっ、そろそろ時間だ』
素直な康也か。なんか変な感じだ。もしかしたら、もともとそういう奴だったのかもしれない。チラッとだけ光を纏った康也に目を向ける。違った状況で出会っていたなら、もっといい関係性でいられたのだろうか。そうかもしれない。子供の頃の康也を思い出して吐息を漏らす。父親の死が康也を変えてしまったのかもしれない。それも、魔主の仕業だ。
うっ、眩しい。
光の雨が激しさを増したかと思ったら、闇に吸い込まれていき重さを感じた。
落ちていく。
空に光の点が散りばめられている。
なぜか星空だと気がつくまで時間がかかった。
夜になっているとは思わなかった。いつの間に夜になったのだろう。それもそうだが、何かがおかしい。何がおかしいのだろう。
瞬く星を眺めているうちに視界に月が入り込んで来た。西の空から東へと動いている。そういうことか。時間が巻き戻されている。
太陽が西の空から昇って来た。なんとも不思議な光景だ。
黄昏時から昼時へ。気づけば清々しい朝だ。
青い空、白い雲、虹も浮かんでいる。俺は一枚の絵の中に飛び込んでしまったのだろうか。現実だとは思えない。
ああ、風を感じる。強い風だ。
忘れていた。俺は落ちていく途中だった。
地上へと落ちていく。どんどん加速している。それなのに、不思議と怖さを感じない。空から地上へと向きを変えようと身体を捻ったとき、東の空に昇る太陽が目の端に映る。時の流れがもとに戻った。一日前の日に戻ったってことか。なぜ、時を戻したのだろう。俺がまだこの世界にいないときに戻したかったのだろうか。そんなことを考えている間も地上へ落下していく。
雲の中を通り抜け、日本列島を感じ取る。気づけば東京にズームアップしていた。猛禽類のような凄い視力を手に入れたかのように遠くがはっきり見える。
新宿の街並みだ。あそこは西武新宿駅か。駅近くの線路上をよく見ると歪んで見える。上空からでないと気がつかなかったかもしれない。なぜだろう。地上までまだかなり距離があるのに、人の顔まではっきりわかる。俺は鷹にでもなってしまったのだろうか。それはないか。両隣に加奈と康也が同じように落下している。鷹にも鷲にもなってはいない。
高層ビルの並ぶ新宿から新大久保駅のほうに目を向けるとそっちに焦点が合う。稲山様とみのりが皆中稲荷神社にいる。俺のことが見えているのだろうか。目が合うと、真剣な顔をして頷いていた。
準備完了というところだろうか。
あとは俺たちが魔主をあの地に留まらせればいい。再び、新宿の街並みに目を向けて思いっきり息を吸い込む。
みつけた。子供のときの俺があそこにいる。加奈も康也もいる。眠そうな顔をして目を擦っている。西武新宿駅まで徒歩十分くらいだろうか。今は何時ごろなのだろう。日の出からそんなに時間が経っていないはず。あの子たちは猫地蔵に連れ出されて来たのだろうか。きっとそうなのだろう。待てよ、魔主の仕業ってことも。頭を振り、嫌な考えを振り飛ばす。
どちらにせよ、子供がいないと気づいたら、それぞれの親が大慌てするだろう。とにかく早く作戦を成功させなくてはいけない。
よし、行くぞ。
康也と加奈に目を合せた。もう、やるべきことはわかっている。子供時代の自分へ入り込めばいい。
ぞわぞわとの気持ち悪さを感じたと思ったら、俺は子供の姿になっていた。すんなり入り込めたようだ。これで魔主のところへ行けばいいのか。気づかれないだろうかとの思いもあったが、やるしかない。稲山様とみのりがこの間に五芒星を完成させて封印してくれるだろう。
はたしてうまくいくだろうか。魔主の力をもってすればすでに作戦に気づかれている可能性だってある。魔主の手の上で転がされているだけかもしれない。そうだとしても、きっと大丈夫。そのはずだ。
猫地蔵の顔を思い出して、ひとり頷いた。
この作戦は、時間との戦いだ。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
大好きな母と縁を切りました。
むう子
ファンタジー
7歳までは家族円満愛情たっぷりの幸せな家庭で育ったナーシャ。
領地争いで父が戦死。
それを聞いたお母様は寝込み支えてくれたカルノス・シャンドラに親子共々心を開き再婚。
けれど妹が生まれて義父からの虐待を受けることに。
毎日母を想い部屋に閉じこもるナーシャに2年後の政略結婚が決定した。
けれどこの婚約はとても酷いものだった。
そんな時、ナーシャの生まれる前に亡くなった父方のおばあさまと契約していた精霊と出会う。
そこで今までずっと近くに居てくれたメイドの裏切りを知り……
聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います
登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」
「え? いいんですか?」
聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。
聖女となった者が皇太子の妻となる。
そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。
皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。
私の一番嫌いなタイプだった。
ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。
そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。
やった!
これで最悪な責務から解放された!
隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。
そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい
一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。
しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。
家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。
そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。
そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。
……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──
異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~
繭
ファンタジー
高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。
見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に
え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。
確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!?
ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・
気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。
誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!?
女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話
保険でR15
タイトル変更の可能性あり
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる! ×ランクだと思ってたギフトは、オレだけ使える無敵の能力でした
赤白玉ゆずる
ファンタジー
【10/23コミカライズ開始!】
『勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる!』のコミカライズが連載開始されました!
颯希先生が描いてくださるリュークやアニスたちが本当に素敵なので、是非ご覧になってくださいませ。
【第2巻が発売されました!】
今回も改稿や修正を頑張りましたので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。
イラストは蓮禾先生が担当してくださいました。サクヤとポンタ超可愛いですよ。ゾンダールもシブカッコイイです!
素晴らしいイラストの数々が載っておりますので、是非見ていただけたら嬉しいです。
【ストーリー紹介】
幼い頃、孤児院から引き取られた主人公リュークは、養父となった侯爵から酷い扱いを受けていた。
そんなある日、リュークは『スマホ』という史上初の『Xランク』スキルを授かる。
養父は『Xランク』をただの『バツランク』だと馬鹿にし、リュークをきつくぶん殴ったうえ、親子の縁を切って家から追い出す。
だが本当は『Extraランク』という意味で、超絶ぶっちぎりの能力を持っていた。
『スマホ』の能力――それは鑑定、検索、マップ機能、動物の言葉が翻訳ができるほか、他人やモンスターの持つスキル・魔法などをコピーして取得が可能なうえ、写真に撮ったものを現物として出せたり、合成することで強力な魔導装備すら製作できる最凶のものだった。
貴族家から放り出されたリュークは、朱鷺色の髪をした天才美少女剣士アニスと出会う。
『剣姫』の二つ名を持つアニスは雲の上の存在だったが、『スマホ』の力でリュークは成り上がり、徐々にその関係は接近していく。
『スマホ』はリュークの成長とともにさらに進化し、最弱の男はいつしか世界最強の存在へ……。
どん底だった主人公が一発逆転する物語です。
※別小説『ぶっ壊れ錬金術師(チート・アルケミスト)はいつか本気を出してみたい 魔導と科学を極めたら異世界最強になったので、自由気ままに生きていきます』も書いてますので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる