27 / 59
第二話「心の闇を消し去るしあわせの鐘を鳴らそう」
気がかりな親子の存在
しおりを挟む悪霊退治をしてから一ヶ月ほど経ったころ。敏文が一週間前に退院をしたと子天狗が報せてくれた。親戚のところで療養をしているらしい。本当だったら自分の家で暮らせたらいいのだろうが、ボロボロになった家には住むことはできないのだろう。
親戚か。居づらいのではないだろうか。だからと言ってアパートにってわけにもいかないだろう。仕事をしていないし借りることができないはずだ。
そんなことを考えていたら無性に気になってきた。
何かしてあげたい。けど、そこまでする義理はない。大きなお世話だ。たとえ、してあげたいと思っても自分にできることはない。陰ながら応援することしかできないか。
それでも気になる。ちょっとだけ様子を見に行ってみようか。
康成は子天狗に頼んで親戚の家の場所を探ってもらった。
小一時間もかからずに家は判明した。子天狗の情報網は相当なものだ。ボロボロになってしまった上田家からそんなに離れていない場所にあった。
子天狗に礼を言い、康成は一人で敏文の様子を見に出かけた。
敏文の親戚の家はすぐにみつかった。
ここにいるのかと一軒家に目を向けると敏文がちょうど出てくるところだった。康成は素知らぬふりをして家の前を通り過ぎて敏文とすれ違う。やっぱり自分のことは覚えていないようだった。いや、そうではないのかもしれない。すれ違ったけど顔を見ていないだけかもしれない。そんなことよりもどこへ行くのだろうか。療養しているはずだ。まだ出歩かないほうがいいはずだ。違うのだろうか。リハビリってこともあるのか。少し行ったところで立ち止まり振り返ってみる。
敏文はどんどん遠ざかっていく。おいかけてみよう。足を速めて尾行をする。後ろを振り返る様子はない。大丈夫だ。
行き着いた先は近所の公園のベンチだった。
静まり返った小さな公園の一角にあるベンチに敏文はなにをするでもなくただ座っていた。何をしているのだろうか。こんなところにいるよりも家でゆっくり休んでいたほうがいいのではないだろうか。
敏文は溜め息を吐き、項垂れている。
心の声でも聞こえてくればわかることもあるだろう。けど、それは無理だ。そんな力は自分にはない。考えられるとしたら、親戚の家は居づらいってことだろうか。ありえることだ。
ここで様子を窺っていてもしかたがない。ちょっと話をしてみようか。アロウとウンロウを連れてくればよかったかもしれない。そうすれば心を読んでもらえただろう。
いや、あの子狼はきっとついてこないだろう。
『そんなのあたしの仕事じゃなくて、あんたの仕事でしょ』
ウンロウはそう話すだろう。きっとアロウも同じだ。子狼の仕事はあくまでも悪霊祓いだ。
これは自分の仕事だ。頑張ろう。最後まで責任もたなきゃ。けど、ここまでする義理はやっぱりないのかもしれない。悪霊退治で仕事は終了しているとも言える。いや、乗り掛かった船だ。
康成は公園内に入りベンチへと近づく。
「あの、ここいいですか」
「えっ、ああ、かまわないよ」
この公園にベンチがひとつだけでよかった。
「ここ、静かでいいですね」
「えっ、ああ、そうだね」
何を話したらいいのだろう。それよりも敏文はちょっと変な奴が来たなと煙たがっているかもしれない。
「あっ、すみません。なんか話しかけちゃって。それよりも大丈夫ですか。顔色が悪いみたいですけど」
「ああ、まあ、その少し前まで入院していたもので」
「そうでしたか。それだったらあまり出歩かないほうがいいんじゃないですか」
「まあね。けど……」
けど……なんだろう。そのあと敏文は黙ってしまった。しばらくしても『けど』のあとに続く言葉は聞けなかった。ダメだ、このままじゃ。ちょっとの沈黙が妙に怖く感じる。何か話さなくちゃ。そう思うのに気が焦るばかりで話す内容が思いつかない。
どうすればいい。
何か話題になりそうなものはないかとあたりに目を向けると一匹の猫に目が留まる。
あれ、あの猫はもしかして。そんなまさか。キンに似ているけど、いくらなんでもここにいるはずがない。猿田神社からかなりの距離がある。七、八キロはありそうだけど、猫の足で来ることができるだろうか。
人を見透かしたような目といい身体の大きさといいキンにしか見えない。
どんどん近づいてくるキンにそっくりな猫。似た猫なんてどこにでもいる。きっと他猫の空似だ。そう思い込もうとしたのに、太めの眼つきの悪い猫が目の前まで来るとひょいっと膝の上に乗ってきた。
「えっ、ちょっと。おまえもしかしてキンなのか」
返事をすることもなくただギロリと睨みつけてきた。ああ、こいつはキンだ。
「可愛いですね」
「あっ、はい」
可愛いか、こいつ。見ようによったら可愛いのか。ふてぶてしい態度のキンの顔を覗き込むようにして見遣る。また睨まれてしまった。
「わたしも以前は猫を飼っていてね。サクラという白猫なんだけどね」
「そうなんですね。猫、好きなんですか」
「娘が好きなんだ。けど、わたしも好きかな」
「娘さんがいるんですか」
「ええ、まあ。麻帆って言うんだけどね。中学一年なんだ。だけど、わたしの記憶は八歳のときのままで……」
敏文は溜め息を漏らして話をやめてしまった。
そうか、ずっと意識不明だったから頭が混乱しているのかもしれない。急に成長した姿の娘が目の前に現れてどうしていいのかわからないのだろう。
「あの、僕でよかったら相談に乗りますよ。ちょっと頼りないとは思いますけど」
「ありがとう」
敏文はニコリとした。
キンが突然、敏文の膝の上に移動した。
「おお、どうしたのかな」
「キンも相談に乗るよって言っているのかもしれませんね」
「そうか、賢そうだもんな」
「ウニャ」
そのあと敏文は娘の麻帆とうまく話せないこと、親戚の家にいてどうも居心地が悪いとのことも話してくれた。
「なんで、うちで面倒を見なきゃいけないんだろうね。少しはお金でも入れてくれればねぇ」なんて声も耳にしたという。
親戚だからと言って、快く面倒を見てくれるわけじゃない。優しい人もいるだろうけど、そんなものなのかもしれない。
康成はどうすればいいのか頭をフル回転させて考えた。
親戚の家から早く出たほうがよさそうだ。それだけは間違いない。ならばどこに住めばいい。敏文の家をリフォームすれば……。それは無理だ。そんな金はないだろう。アパートも無理……。
んっ、神成荘はどうだろう。人は住めないのだろうか。
神様の眷属と智也が了承してくれたら住めるのだろうか。相談してみようか。
キンがチラッと目を向けてきてすぐに逸らした。
気のせいだろうか。変なこと考えるなよとでも言いたげな顔に映った。
『キン、ダメかな』
心の中で問い掛けてみたのだが、キンからの返事はなかった。子狼みたいに心の声が聞えてくるかと期待したが声は聞こえてこなかった。キンは話さないか。やっぱり神の使いってわけじゃなさそうだ。凄い威厳ある猫に映るけど、どこにでもいる猫と変わりはない。神出鬼没ではあるけど。
敏文にはまた会う約束をした。こころのことを話し、今度は麻帆も一緒に連れて来てもらうようにお願いして帰ることにした。
「それじゃお先に」
康成はベンチから立ち上がりキンに声をかけようとしたのだが、キンはすでに先を歩いていて角を曲がろうとしているところだった。
キンはここまで歩いて来たのだろうか。その疑問は拭えないがキンと話ができないのなら答えもわからず仕舞いだ。本当に不思議な猫だ。
キンのおかげで敏文とも少しは心を通わせることができただろう。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
時守家の秘密
景綱
キャラ文芸
時守家には代々伝わる秘密があるらしい。
その秘密を知ることができるのは後継者ただひとり。
必ずしも親から子へ引き継がれるわけではない。能力ある者に引き継がれていく。
その引き継がれていく秘密とは、いったいなんなのか。
『時歪(ときひずみ)の時計』というものにどうやら時守家の秘密が隠されているらしいが……。
そこには物の怪の影もあるとかないとか。
謎多き時守家の行く末はいかに。
引き継ぐ者の名は、時守彰俊。霊感の強い者。
毒舌付喪神と二重人格の座敷童子猫も。
*エブリスタで書いたいくつかの短編を改稿して連作短編としたものです。
(座敷童子猫が登場するのですが、このキャラをエブリスタで投稿した時と変えています。基本的な内容は変わりありませんが結構加筆修正していますのでよろしくお願いします)
お楽しみください。
こずえと梢
気奇一星
キャラ文芸
時は1900年代後期。まだ、全国をレディースたちが駆けていた頃。
いつもと同じ時間に起き、同じ時間に学校に行き、同じ時間に帰宅して、同じ時間に寝る。そんな日々を退屈に感じていた、高校生のこずえ。
『大阪 龍斬院』に所属して、喧嘩に明け暮れている、レディースで17歳の梢。
ある日、オートバイに乗っていた梢がこずえに衝突して、事故を起こしてしまう。
幸いにも軽傷で済んだ二人は、病院で目を覚ます。だが、妙なことに、お互いの中身が入れ替わっていた。
※レディース・・・女性の暴走族
※この物語はフィクションです。
蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜
二階堂まりい
ファンタジー
メソポタミア辺りのオリエント神話がモチーフの、ダークな異能バトルものローファンタジーです。以下あらすじ
超能力を持つ男子高校生、鎮神は独自の信仰を持つ二ツ河島へ連れて来られて自身のの父方が二ツ河島の信仰を統べる一族であったことを知らされる。そして鎮神は、異母姉(兄?)にあたる両性具有の美形、宇津僚真祈に結婚を迫られて島に拘束される。
同時期に、島と関わりがある赤い瞳の青年、赤松深夜美は、二ツ河島の信仰に興味を持ったと言って宇津僚家のハウスキーパーとして住み込みで働き始める。しかし彼も能力を秘めており、暗躍を始める。
あやかしの茶会は月下の庭で
Blauregen
キャラ文芸
「欠けた月をそう長く見つめるのは飽きないかい?」
部活で帰宅が遅くなった日、ミステリアスなクラスメート、香山景にそう話しかけられた柚月。それ以来、なぜか彼女の目には人ならざるものが見えるようになってしまう。
それまで平穏な日々を過ごしていたが、次第に非現実的な世界へと巻き込まれていく柚月。彼女には、本人さえ覚えていない、悲しい秘密があった。
十年前に兄を亡くした柚月と、妖の先祖返り景が紡ぐ、消えない絆の物語。
※某コンテスト応募中のため、一時的に非公開にしています。
陰陽怪奇録
井田いづ
キャラ文芸
都の外れで、女が捻り殺された──「ねじりおに」と呼ばれ恐れられたその鬼の呪いを祓うは、怪しい面で顔を覆った男と、少年法師の二人組。
「失礼、失礼、勝手な呪いなど返して仕舞えば良いのでは?」
物理で都に蔓延る数多の呪いを"怨返し"する、胡乱な二人のバディ×異種×鬼退治録。
※カクヨム掲載の『かきちらし 仮題陰陽怪奇録』の推敲版です。
佐世保黒猫アンダーグラウンド―人外ジャズ喫茶でバイト始めました―
御結頂戴
キャラ文芸
高校一年生のカズキは、ある日突然現れた“黒い虎のような猫”ハヤキに連れられて
長崎の佐世保にかつて存在した、駅前地下商店街を模倣した異空間
【佐世保地下異界商店街】へと迷い込んでしまった。
――神・妖怪・人外が交流や買い物を行ない、浮世の肩身の狭さを忘れ楽しむ街。
そんな場所で、カズキは元の世界に戻るために、種族不明の店主が営むジャズ喫茶
(もちろんお客は人外のみ)でバイトをする事になり、様々な騒動に巻き込まれる事に。
かつての時代に囚われた世界で、かつて存在したもの達が生きる。そんな物語。
--------------
主人公:和祁(カズキ)。高校一年生。なんか人外に好かれる。
相棒 :速来(ハヤキ)。長毛種で白い虎模様の黒猫。人型は浅黒い肌に金髪のイケメン。
店主 :丈牙(ジョウガ)。人外ジャズ喫茶の店主。人当たりが良いが中身は腹黒い。
※字数少な目で、更新時は一日に数回更新の時もアリ。
1月からは更新のんびりになります。
超能力者一家の日常
ウララ
キャラ文芸
『暗闇の何でも屋』
それはとあるサイトの名前
そこには「対価を払えばどんな依頼も引き受ける」と書かれていた。
だがそのサイトの知名度は無いに等しいほどだった。
それもそのはず、何故なら従業員は皆本来あるはずの無い能力者の一家なのだから。
これはそんな能力者一家のお話である。
CODE:HEXA
青出 風太
キャラ文芸
舞台は近未来の日本。
AI技術の発展によってAIを搭載したロボットの社会進出が進む中、発展の陰に隠された事故は多くの孤児を生んでいた。
孤児である主人公の吹雪六花はAIの暴走を阻止する組織の一員として暗躍する。
※「小説家になろう」「カクヨム」の方にも投稿しています。
※毎週金曜日の投稿を予定しています。変更の可能性があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる