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第一節 1080°回った御嬢様
Ep.8 好奇心旺盛探偵少女
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「ナノカ、知ってたの?」
「正確にはにゅーちゃんが教えてくれたの。同じ13HRのクラスメイトとして気になって調べてたんだって。妹さんが春先に大きな事故を起こしちゃったとか」
「桐太の事故とは違うのか……? まさか、桐太が妹の気持ちを代弁してるってことじゃあ」
「違うわよ。その事故は桐太くんが話してたものとは全然違って。彼女が自転車でコンビニをまっすぐ横切ろうと思った時、車に体当たり。乗ってた人が驚いて急発進でコンビニにぶつかると言う」
ぞっとする事故の話。コンビニの中に車が入っていく衝撃映像はニュースで見たことがある。轟音と共にガラスが割れ、商品棚が倒れていく凄まじいものだった。
確かに前、母さんに「この辺りで大きな事故が起きたんだから、気を付けなさい」と言われていた。あの時は「うざい」と思ったのだが。心配してくれていたのかな。だとしても「ありがとう」というのは照れ臭い。今、心の中で言うだけにしておこう。
僕が母さんに感謝している間にナノカは話を続けていた。
「まあ、車両の後ろにすっごく大きな傷が付いてたらしいわ……。でも、本当に恐ろしい話よね。怪我人が出なかったのが不幸中の幸い。たぶん出てないから、桐太くんが話してきた事故には全然関係ないと思うけどね」
「そっかぁ。でも桐太も似たような思いを持って相談できる人はいるってことだよね……交通事故について……少しでも相談できる相手が」
「うん、だからこっちが滅茶苦茶になる位焦っちゃダメよ。しっかり丁寧に調べていこっ」
ナノカのおかげで焦りもだいぶ消えていた。またも彼女に助けられてしまったな、と思う。手詰まりなんて思う必要はない。まだ時間はあるのだ。限られた時間の中で事件のことが分からずとも、知る熱意を彼に伝えよう。
ネバーギブアップ。彼女の応援で簡単に動けるのだから、自分って単純な奴だ。
そんな僕たちのところへ毛がなく、すっきりした頭の爺さんが近寄ってきた。片手にミステリーの本を携えている。
「さっきから交通事故って、騒がしいのぉ」
ナノカは少し大きな声で騒いでいたことと物騒な話題をしていたことに対し、すぐさま頭を下げた。
「あっ、ごめんなさい。不快にさせてしまいましたか……」
「いや、そういうことじゃなくてだなぁ……」
彼女が首を曲げた瞬間、爺さんは僕たちの服装をチラチラ見て、不思議なことを口にした。
「事故の本だとか訴訟の本だとか……色々調べ取って聞いてきてのぉ。二人はその友人かえ?」
これの何が不思議かって、わざわざ人に尋ねたことだ。今は機械でタイトルなどを調べられる時代。別に人に対して聞く必要がないではないか。自分であればあり得ない。知らない人と話すことには労力がかかるし、相手に「自分より機械の方がいいだろ?」なんて言われて恥を掻く可能性だってある。そんな危険を冒してまで、その人物は事故の本や訴訟の本について調べたかったのか。
僕はその友人が誰なのかを確かめる。
「その子の名前って」
「桐太だったとかって言ってたな。ほれ、胸元にあるバッジがあるじゃろ。それにもローマ数字で一と書かれておったし」
「ああ、じゃあ、友人ですね……」
間違いないと確信した。桐太がこの図書館に来て、調べものをしたのだ。しかも、少々おかしなやり方で。
謎が増えたと考えているうちにナノカが老人とヘンテコな会話を始めていた。
「そういや、お爺さん、いちゃもん付ける訳じゃないんですけど、さっきからワタシの方ジロジロと見てませんでしたか?」
「そうか? それにしてもお嬢ちゃんはべっぴんだねぇ。礼儀もいいし。変な男に引っ掛からないか、少々心配しての」
「えっ? そ、そうですか? お爺さん優しいんですね。心配してくださったんだ」
「だからちと触らせてくれないかぁ?」
「おい何処触ってんだ。お爺さん、じゃなかった、ジジイ! 叫ぶわよ!」
「助けを呼んでも無駄よのぉ。わしは図書館の推理王と呼ばれとる」
「推理王じゃなくて推理小説マニアってだけでしょ! あっ、言ってるそばから……」
落ち着いて、考えれば分かる。
このセクハラ爺さんとナノカを一緒にさせておくのは危険だ。そう判断し、僕は図書館の敷地から外に出るよう、ナノカの背中を押しておく。
今のところは訴訟や前例について調べるより、頭に引っかかった謎を何とかするべきだ。相談しに行っても誤解があると、更に桐太を落ち込ませることにもなるだろう。
まだパズルのピースはバラバラだ。考えているうちにナノカがとんとんと僕の肩を叩いてきた。ちょっとしおらしい。
「そう言えば、情真くん……教室ではごめんね。あそこまでタコ殴りにすることなかったわね」
「……まぁ、それは僕が悪かったし、気にしないでよ。僕の方こそ、本当にごめん……」
話が終わり、顔を上げる。気が付くと、空が青い黒に包まれていた。星々もところどころで光っている。もう時間だ。
ナノカはまだ心の隅で「どうしよう」と悩んでうじうじする僕に言葉を投げ掛けた。
「きっと、なんとかなるって! 情真くん!」
「う、うん」
その笑顔は夜空に浮かぶ月より輝いていた。ナノカにそう言われれば、何とかなる気もする。桐太のこともそれ程不安にならなくなってきた。
「じゃあ……」
「また明日ね!」
笑顔で帰っていく彼女の方を見送って、帰路に着く。
そしてどっと哀しさに襲われた。今日、楽しかった分、一気に。図書館まで駆けつけてくれる彼女が僕でなくて、謎の方に夢中だという事実に痛感して、だ。今までの方も僕ではなく、謎の方に興味があったのではないか。僕の心配は彼女のお節介な部分からだとして、本当は謎だけを意識している。
だったら、僕を放っておいてくれ。僕を忘れて、事件の謎を解く方に集中してくれ。そう叫びたかったのだが。それでも彼女にいてほしいとの感情も持ち合わせていた。
今の感情を僕の中でどう処理すれば良いのだろうか。
好きとの感情を捨てられない僕はどう生きれば良いのだろうか。
「何とも……できないん……だろうなぁ……」
自転車を漕ぎながら、何とか涙は我慢した。泣くのは謎が終わってから、だ。その時、悲しかったら一気に泣こう。目から何か出てしまうと、やる気まで零れ落ちてしまいそうな気がした。
「正確にはにゅーちゃんが教えてくれたの。同じ13HRのクラスメイトとして気になって調べてたんだって。妹さんが春先に大きな事故を起こしちゃったとか」
「桐太の事故とは違うのか……? まさか、桐太が妹の気持ちを代弁してるってことじゃあ」
「違うわよ。その事故は桐太くんが話してたものとは全然違って。彼女が自転車でコンビニをまっすぐ横切ろうと思った時、車に体当たり。乗ってた人が驚いて急発進でコンビニにぶつかると言う」
ぞっとする事故の話。コンビニの中に車が入っていく衝撃映像はニュースで見たことがある。轟音と共にガラスが割れ、商品棚が倒れていく凄まじいものだった。
確かに前、母さんに「この辺りで大きな事故が起きたんだから、気を付けなさい」と言われていた。あの時は「うざい」と思ったのだが。心配してくれていたのかな。だとしても「ありがとう」というのは照れ臭い。今、心の中で言うだけにしておこう。
僕が母さんに感謝している間にナノカは話を続けていた。
「まあ、車両の後ろにすっごく大きな傷が付いてたらしいわ……。でも、本当に恐ろしい話よね。怪我人が出なかったのが不幸中の幸い。たぶん出てないから、桐太くんが話してきた事故には全然関係ないと思うけどね」
「そっかぁ。でも桐太も似たような思いを持って相談できる人はいるってことだよね……交通事故について……少しでも相談できる相手が」
「うん、だからこっちが滅茶苦茶になる位焦っちゃダメよ。しっかり丁寧に調べていこっ」
ナノカのおかげで焦りもだいぶ消えていた。またも彼女に助けられてしまったな、と思う。手詰まりなんて思う必要はない。まだ時間はあるのだ。限られた時間の中で事件のことが分からずとも、知る熱意を彼に伝えよう。
ネバーギブアップ。彼女の応援で簡単に動けるのだから、自分って単純な奴だ。
そんな僕たちのところへ毛がなく、すっきりした頭の爺さんが近寄ってきた。片手にミステリーの本を携えている。
「さっきから交通事故って、騒がしいのぉ」
ナノカは少し大きな声で騒いでいたことと物騒な話題をしていたことに対し、すぐさま頭を下げた。
「あっ、ごめんなさい。不快にさせてしまいましたか……」
「いや、そういうことじゃなくてだなぁ……」
彼女が首を曲げた瞬間、爺さんは僕たちの服装をチラチラ見て、不思議なことを口にした。
「事故の本だとか訴訟の本だとか……色々調べ取って聞いてきてのぉ。二人はその友人かえ?」
これの何が不思議かって、わざわざ人に尋ねたことだ。今は機械でタイトルなどを調べられる時代。別に人に対して聞く必要がないではないか。自分であればあり得ない。知らない人と話すことには労力がかかるし、相手に「自分より機械の方がいいだろ?」なんて言われて恥を掻く可能性だってある。そんな危険を冒してまで、その人物は事故の本や訴訟の本について調べたかったのか。
僕はその友人が誰なのかを確かめる。
「その子の名前って」
「桐太だったとかって言ってたな。ほれ、胸元にあるバッジがあるじゃろ。それにもローマ数字で一と書かれておったし」
「ああ、じゃあ、友人ですね……」
間違いないと確信した。桐太がこの図書館に来て、調べものをしたのだ。しかも、少々おかしなやり方で。
謎が増えたと考えているうちにナノカが老人とヘンテコな会話を始めていた。
「そういや、お爺さん、いちゃもん付ける訳じゃないんですけど、さっきからワタシの方ジロジロと見てませんでしたか?」
「そうか? それにしてもお嬢ちゃんはべっぴんだねぇ。礼儀もいいし。変な男に引っ掛からないか、少々心配しての」
「えっ? そ、そうですか? お爺さん優しいんですね。心配してくださったんだ」
「だからちと触らせてくれないかぁ?」
「おい何処触ってんだ。お爺さん、じゃなかった、ジジイ! 叫ぶわよ!」
「助けを呼んでも無駄よのぉ。わしは図書館の推理王と呼ばれとる」
「推理王じゃなくて推理小説マニアってだけでしょ! あっ、言ってるそばから……」
落ち着いて、考えれば分かる。
このセクハラ爺さんとナノカを一緒にさせておくのは危険だ。そう判断し、僕は図書館の敷地から外に出るよう、ナノカの背中を押しておく。
今のところは訴訟や前例について調べるより、頭に引っかかった謎を何とかするべきだ。相談しに行っても誤解があると、更に桐太を落ち込ませることにもなるだろう。
まだパズルのピースはバラバラだ。考えているうちにナノカがとんとんと僕の肩を叩いてきた。ちょっとしおらしい。
「そう言えば、情真くん……教室ではごめんね。あそこまでタコ殴りにすることなかったわね」
「……まぁ、それは僕が悪かったし、気にしないでよ。僕の方こそ、本当にごめん……」
話が終わり、顔を上げる。気が付くと、空が青い黒に包まれていた。星々もところどころで光っている。もう時間だ。
ナノカはまだ心の隅で「どうしよう」と悩んでうじうじする僕に言葉を投げ掛けた。
「きっと、なんとかなるって! 情真くん!」
「う、うん」
その笑顔は夜空に浮かぶ月より輝いていた。ナノカにそう言われれば、何とかなる気もする。桐太のこともそれ程不安にならなくなってきた。
「じゃあ……」
「また明日ね!」
笑顔で帰っていく彼女の方を見送って、帰路に着く。
そしてどっと哀しさに襲われた。今日、楽しかった分、一気に。図書館まで駆けつけてくれる彼女が僕でなくて、謎の方に夢中だという事実に痛感して、だ。今までの方も僕ではなく、謎の方に興味があったのではないか。僕の心配は彼女のお節介な部分からだとして、本当は謎だけを意識している。
だったら、僕を放っておいてくれ。僕を忘れて、事件の謎を解く方に集中してくれ。そう叫びたかったのだが。それでも彼女にいてほしいとの感情も持ち合わせていた。
今の感情を僕の中でどう処理すれば良いのだろうか。
好きとの感情を捨てられない僕はどう生きれば良いのだろうか。
「何とも……できないん……だろうなぁ……」
自転車を漕ぎながら、何とか涙は我慢した。泣くのは謎が終わってから、だ。その時、悲しかったら一気に泣こう。目から何か出てしまうと、やる気まで零れ落ちてしまいそうな気がした。
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