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メインストーリー02

何かが崩れる

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 ドタドタ、と音を立てて貨物馬車の木箱を蹴飛ばし、温かなものが、俺を抱きしめた。

「イヴァン……なんで。」

「…イヴァン牧師。なぜ悪魔を庇ったのですか。」

「……。」

 イヴァンの心臓が、近くに聞こえる。イヴァンに、抱きしめられている。あぁ、だめだ。なんで、いつの間に堕ちたんだろう。こんなに強く抱きしめられたら、勘違いしそうになる。いつも柔らかな笑顔を浮かべ、全てを愛し全てを受け入れていた男が、険しい顔をしてエクソシストを睨む。ぜえ、ぜぇと、ままならず荒々しい呼吸を繰り返して、みっともないのに、それすら愛しいと思ってしまった。

「このままでは、あなたが教会に叛逆したと報告せねばなりません。わたくしの聖剣と悪魔の間合いに入ったのは間違いだったとおっしゃってください。イヴァン牧師。」

 イヴァンの呼吸が整うまで、エクソシストはしっかりと待った。イヴァン、イヴァン苦しいよ。ウィルとクロエを先に助けてあげて。オレは、もういいよ。全部、出そうとした言葉が、喉につっかかって出てこない。

「わたしは人を導き、救うために、教会の教えを信じた。神の教えに従えば、多くのものを助けられると信じていた。だから圧制に耐えた。子を拾い、育てるために利用してきた。」

「一体なんの話ですか、牧師。懺悔の時間を与えたわけではありません。退きなさい。」

「どかない」

 イヴァンが、語気を強めていった。

「わたしは、この人が、ノワールが欲しい。この人を守りたい。この人1人を守れなくなるなら、教会の教えなどいらない。神もいらない。全て邪魔だ。」

 イヴァンが、オレをまた深く抱きしめる。なぁ、イヴァン、それって。

「……つまり、天に唾を吐こうというのですか。イヴァン。」

「教会本部の方だとはわかっている。しかし、わたしの邪魔をするのなら、ノワールを殺そうというのなら容赦なく斬る。」

「……エクソシスト、天職だと思ったんですがね。どうして恋人同士を切り裂く役かただの当て馬しか選択がないんでしょうか?格好悪いったらありませんよ。」

 エクソシストは刃を戻し、馬車から降りると去っていった。

「わたくしはいい当て馬ですからね。教会にチクったりなんかしませんよ。馬車も御者も私が用意したものですから勝手に使って帰りなさい。」

ーー

「ノワール、あなたになにもなくて、よかった」

「…えっと、イヴァン?あの、近くねぇかな?ほら、ガキたちも驚いてるし。」

 おかしい、イヴァンの様子がおかしい!!いつもの慈悲博愛の微笑みじゃない。とろっとろの蜂蜜も角砂糖たっぷりのシュガーポットも顔負けの、糖度の高い視線が、至近距離で注がれている。どんぐらい近いと思う?オレ、今イヴァンの膝の上にいるんだぜ。ベティでもこんなことされてなかったのに!身じろいても、イヴァンは離してくれないし、エクソシストがかけた薬?のせいか体はずっと熱ってムラムラするし、最悪。誰か助けて!御者のおっちゃん、たすけて!

 誘拐の片棒を担がなくて済んで、御者のおっさんはとてもにこやかに馬を操っている。なんなら子供たちを御者席に連れて、「あとはお若いのでごゆっくり」なんて、誤解されてしまっていた。

「ねーねークロエ。私知ってるんだけどね?私賢いから知ってるんだけどね?」

「なぁにウィル。」

「結婚式の時恥ずかしがってる2人をね、きーすっきーすってやると、ちゅってするの!」

「おお、よく知っとるねぇお嬢ちゃん。」

「面白そうだけど、仲間外れはよくないわ。せっかくの王子様とお姫様なんだからみんなで祝福しないと。」

「なぁ、ほら、誤解されてんじゃん!!」

 馬車の真前でウィルとクロエが御者のおっちゃんとコントを始めている。やだやめておっちゃん!町の近くは絶対通らないで!ウィルたちが絶対ペラペラとその話し続けるじゃん!てか早く帰して!馬車のガタゴトした揺れをイヴァンの膝の上で感じるの、なんか体が誤解し始めてんだってば。

「お前さぁ、シスター服のかわい子ちゃんとデキてんじゃねーの?」

「それは」

「あれぇ?ノワール、イブちゃん姿のイヴァンにあったの?」

「イブちゃん姿のイヴァン?」

 ウィルたちが馬車の中に入ってくる。御者のおっちゃんはニコニコの笑顔で子供達を見送った。

「ノワールが見つけたのはベティの母親が暮らす部屋。」

 イヴァンが観念したかのような顔で話し始める。

「ベティの母親は男性恐怖症。しかし病弱で隔離と介助が必要不可欠。子供たちでは困難で。わたしが世話をしていた。」

「シスター服が一番手に入りやすかったのよね。」

「えっ、じゃああの綺麗な子はイヴァンだったってこと?」

「恥ずかしくて見られたくなかった。」

「なんだよ、てっきり…」

「てっきり?」

「女の匂いとイヴァンの匂いがしたから…、やったのかと思った。」

「なにもしてない」

「そうか。なんもしてないんだ。へぇー」

 真摯な目がじぃっとこちらを見つめてくる。うん、お前が嘘をついてないって信じたいけどな?こちとら「イヴァンが信仰心を失ってる」って知ってるわけで…。

「なぁイヴァン。本当に助けてくれてありがとな。友愛か、家族愛かはしらねぇけど、お前に守ってもらえて嬉しかったぜ。」

 感謝してるから、もう離してくれ。そう伝えるとイヴァンはより腕の力を強め俺を抱きしめる。

「わたしがあなたを友だと慕い、守ったと思っているのか。本当に?」

「さっきから、一体どうしちまったんだよイヴァン。オレに愛を囁く気になったか?」

「先ほどから愛を伝えてるつもりだった。わたしが口下手だからだろうか?それとも、あなたのために神を捨てるって言葉は嘘くさいか?」

「…?なぁクロエ。イヴァンは何言ってんだ?」

「うーん。やっぱりキスさせるべきだったかも。」
「そうかもね。そうなのかもね!」

 マセガキどもがうるさく騒ぎ立てる。ゆだった頭で子供の声を聞きながらすっと目を閉じた。





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