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皇太后馮氏、皇帝に謁見する。
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皇太后の輿を警護しながら、宦官の衣装を纏い払子を手にする龍祥をもまた警護する。
それがさりげなくであればあるほど良い。
刺客は一人であるとは限らない。
すでに、射殺されたのは龍祥の輿にしたがっていた宦官一人だが、調べてみるとその現場からほど近い高楼の中で衛士がひとり殺され、その衣装も奪われているのが発見された。
耳に非常に長い釘状の暗器を突き刺されたようで、すでにこと切れていた。
暗器も回収されたようで、実際にはどういった形状をした武器が使用されたかもわからない。
宦官を射殺した武器についても、詳細は李将軍からの報告を待つことになる。
皇太后の居する宮、照涼殿からはすでに先触れが行っていると見えて、皇帝の住まいである清涼殿の前には薄暗くなっていく夕暮れに合わせてところどころ灯りが灯されていきつつある。
それが秋を彩る花々を照らし、幻想的な風景を作り出していた。
「皇太后陛下の御成りです。今上にお取次ぎを」
龍祥が素知らぬ顔をして、取次に出てきた宦官に告げるとそのまま了承して皇太后一行を招き入れる。
礼記は皇太后と宦官に扮した東宮を見送り、そのまま清涼殿の警備についた。
今夜は、眠れるだろうか。
脳裏に愛しい佳人を思い浮かべ、心知らずため息を落とす。
*
皇太后が清涼殿に入ると、香の匂いがぷん、と鼻を掠めた。
女ものの香の匂いだ。
後宮を出て、清涼殿まで出てこられる妃嬪は限られている。
皇太后を除けば、皇后かその下の四妃くらいなものである。
「皇帝、ご機嫌はいかがか」
「おかげさまで」
皇帝が普段の生活を営む宮である清涼殿は思いのほかすっきりとしている。
そこここに、国家の最高峰たる者の住まいにふさわしいと思われる美術品がさりげなく置かれてはいるが、そう華美や奢侈に偏った印象はない。
皇帝の生活は意外に質素で通している。
「龍祥、こちらへ」
義祖母に声を掛けられ、龍祥が皇太后の傍に控えると、皇帝は破顔した。
「これはこれは。どういった趣向でしょうか」
「ちょっとしたお遊びですよ。ようお似合いでしょう?」
皇太后も皇帝の声に合わせてころころと笑う。
「どなたかいらしていましたの?」
「ええ、皇后が。それがどうかしましたか?」
皇后が皇帝のご機嫌伺いに来るのは割とよくあることだ。
夫婦仲がよいのは国家安寧のもとと皇太后は目を細める。
「それなら重畳。お耳を」
皇太后の求めに応じて耳を近づけると、そっとささやきが耳に落ちてきた。
「先ほど、東宮が狙撃を受けました。わたくしの宮の近くで」
皇帝はゆっくりと姿勢を戻すと、人払いを命じた。
皇太后を部屋に置いてある応接用の椅子に導く。
最近寒さが厳しくなってきたせいか、地爐(床や壁に空洞を巡らせ、竈で起こした火の熱を巡らせる暖房設備の一種)にも火を入れられ、室内はほかほかと暖かい。
皇太后をそっとそこに腰かけさせると、その横の椅子に自らも腰かけた。
「それでこのありさまですか」
龍祥は無言で頭を下げる。
東宮である身でたかが宦官の衣装を纏うなど、よほどでなければ正気の沙汰ではない。
「ええ。わたくしがそう命じました。東宮をお責めになられませんよう」
刺客の目を欺くための変装であったのか、と皇帝の眉間に寄りつつあった皴がゆっくりとほどかれていく。
それを見て、皇太后は内心ひと息をついた。
昔から、龍祥には厳しく当たる子だから、きちんと取りなしてやらねばね。
それからしばらくの間、会話を交わし皇太后は清涼殿を辞していった。
皇帝はそれを見送り、同じく自らの宮へ辞そうとする龍祥へ声を掛ける。
「しばらく、東宮殿で休んでいるように」
龍祥は了承の意を込めて、頭を下げた。
それがさりげなくであればあるほど良い。
刺客は一人であるとは限らない。
すでに、射殺されたのは龍祥の輿にしたがっていた宦官一人だが、調べてみるとその現場からほど近い高楼の中で衛士がひとり殺され、その衣装も奪われているのが発見された。
耳に非常に長い釘状の暗器を突き刺されたようで、すでにこと切れていた。
暗器も回収されたようで、実際にはどういった形状をした武器が使用されたかもわからない。
宦官を射殺した武器についても、詳細は李将軍からの報告を待つことになる。
皇太后の居する宮、照涼殿からはすでに先触れが行っていると見えて、皇帝の住まいである清涼殿の前には薄暗くなっていく夕暮れに合わせてところどころ灯りが灯されていきつつある。
それが秋を彩る花々を照らし、幻想的な風景を作り出していた。
「皇太后陛下の御成りです。今上にお取次ぎを」
龍祥が素知らぬ顔をして、取次に出てきた宦官に告げるとそのまま了承して皇太后一行を招き入れる。
礼記は皇太后と宦官に扮した東宮を見送り、そのまま清涼殿の警備についた。
今夜は、眠れるだろうか。
脳裏に愛しい佳人を思い浮かべ、心知らずため息を落とす。
*
皇太后が清涼殿に入ると、香の匂いがぷん、と鼻を掠めた。
女ものの香の匂いだ。
後宮を出て、清涼殿まで出てこられる妃嬪は限られている。
皇太后を除けば、皇后かその下の四妃くらいなものである。
「皇帝、ご機嫌はいかがか」
「おかげさまで」
皇帝が普段の生活を営む宮である清涼殿は思いのほかすっきりとしている。
そこここに、国家の最高峰たる者の住まいにふさわしいと思われる美術品がさりげなく置かれてはいるが、そう華美や奢侈に偏った印象はない。
皇帝の生活は意外に質素で通している。
「龍祥、こちらへ」
義祖母に声を掛けられ、龍祥が皇太后の傍に控えると、皇帝は破顔した。
「これはこれは。どういった趣向でしょうか」
「ちょっとしたお遊びですよ。ようお似合いでしょう?」
皇太后も皇帝の声に合わせてころころと笑う。
「どなたかいらしていましたの?」
「ええ、皇后が。それがどうかしましたか?」
皇后が皇帝のご機嫌伺いに来るのは割とよくあることだ。
夫婦仲がよいのは国家安寧のもとと皇太后は目を細める。
「それなら重畳。お耳を」
皇太后の求めに応じて耳を近づけると、そっとささやきが耳に落ちてきた。
「先ほど、東宮が狙撃を受けました。わたくしの宮の近くで」
皇帝はゆっくりと姿勢を戻すと、人払いを命じた。
皇太后を部屋に置いてある応接用の椅子に導く。
最近寒さが厳しくなってきたせいか、地爐(床や壁に空洞を巡らせ、竈で起こした火の熱を巡らせる暖房設備の一種)にも火を入れられ、室内はほかほかと暖かい。
皇太后をそっとそこに腰かけさせると、その横の椅子に自らも腰かけた。
「それでこのありさまですか」
龍祥は無言で頭を下げる。
東宮である身でたかが宦官の衣装を纏うなど、よほどでなければ正気の沙汰ではない。
「ええ。わたくしがそう命じました。東宮をお責めになられませんよう」
刺客の目を欺くための変装であったのか、と皇帝の眉間に寄りつつあった皴がゆっくりとほどかれていく。
それを見て、皇太后は内心ひと息をついた。
昔から、龍祥には厳しく当たる子だから、きちんと取りなしてやらねばね。
それからしばらくの間、会話を交わし皇太后は清涼殿を辞していった。
皇帝はそれを見送り、同じく自らの宮へ辞そうとする龍祥へ声を掛ける。
「しばらく、東宮殿で休んでいるように」
龍祥は了承の意を込めて、頭を下げた。
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