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漣華、義兄たちに甘やかされる。
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はて、と考え込む漣華に稜佳は軽く小首を傾げる。
「漣華?どうかして?」
「養母上。残念ながら、何かの間違いだと思います。私は皇上のご尊顔も東宮のご尊顔も拝したことはないですから」
養母が現役の皇族であるとはいえ、漣華を含む他の家族は皇族には含まれない。
そこにははっきりと明確な線引きがある。
養母が常に腰帯に下げている玉牌を目にしながら、ふと思う。
養母は、会ったことがあるはずだ。
「私は、まだ拝謁を賜ったことはございません」
それを聞いて目の前に座る貴婦人はふうん、と漏らした。
「漣華は、まだ会ったことがないのね?」
指先が冷えてきたのか、指先を手焙りで温めながら稜佳はつぶやく。
「あのヘタレ」
ぼそり、と次いで聞こえてきた言葉に漣華は瞬きをした。
目の前の養母から聞こえてきた気がするが、それは気のせいだろうか。
この国で最高位である皇帝の一族に属する高貴な女性。
優雅で優しく、時にお茶目で明るく楽しく。
いつもふんわりと優しく微笑んで、たまに悪戯をして困らせる。
そんな養母から、そういう下世話で蓮っ葉な言葉が出てくるわけがない。
漣華は頭をひとつ振って、その考えを追い出す。
その様子を見ていた稜佳は紅を挿した唇をニンマリと弧を描くように笑みを浮かべた。
そして、手に持った絹張りの団扇でそれを優雅に隠す。
「漣華、まだあなた梨華や桐華達にまだ会っていないでしょう?楽しみにしていたわよ。早く会いに行ってあげなさいな」
「あ、はい。でも養父上にちゃんとご挨拶申し上げてなくて」
「いいわよ、あの人は。あとでどうせ会うんですからその時で」
ぱたぱたと袖をひらめかせて、稜佳はあっさりと夫であるはずの梨桐へのあいさつなど後回しでいいと言い切る。
それに戸惑っていると、うふふと笑いを漏らした。
「相変わらず真面目で、まっすぐで純情さんね、漣華」
華奢な手でするり、と頬を撫でた。
「あなたはそのままで居てね」
そう言うと、手を振る。
下がってもいいと言う合図だ。
それに謝意を示して礼を取り、漣華はひとり庭を後にする。
稜佳は漣華を手を振って見送り、姿が見えなくなるとひとりごちるようにつぶやいた。
「皇上はともかくとして、東宮には毎日のように拝謁と言うかむしろ朝昼晩一緒にいたのにねえ」
形の良い顎に団扇のふちを当てて、首を傾げる。
「もしくは、あの子がものすっごい鈍感なのかしら?」
うーん、と悩む女主人の世話を甲斐甲斐しくしていた泰園たいえんはふふふっと笑いを漏らした。
「ああいうところ、旦那さまにそっくりだと思いますよ」
それを聞いて、稜佳はぱちぱちと目を瞬かせる。
「そお?」
「ええ」
ふたりは顔を見合わせると楽しそうに微笑んだ。
*
長い回廊を抜けて、漣華は下人に輿を停めさせた。
行く先の回廊の先に、目的の人物を見つけたからだ。
「義兄上たち!」
輿にかかる埃と日差し避けの布をはねあげて、大きく手を振ると、向うに居た人物がこちらを振り向く。
次いでともに居た人物も破顔して手を振り返してくれた。
そのまま輿を降りて、運んでくれた下人たちに礼を言って、漣華はぱたぱたと石を敷いた回廊を走っていく。
そしてそのまま正面に居たがっちりとした体型の若い男に飛びついた。
「梨華義兄上!桐華義兄上!おひさしぶりです!」
破顔してそのままぎゅーっと抱きしめると、梨華と呼ばれた男は困ったような表情を浮かべながらも漣華を抱きしめ、いまひとり桐華と呼ばれた男は漣華の頭を髷を崩さないようにそっと撫ぜた。
ひとしきりまた相手を変えて抱きしめあい、交流を深めてから離れると漣華はえへへ、と笑う。
それにつられてふたりとも笑顔を返してやった。
漣華が義兄、と呼んだふたりはそっくりな顔をしている。
それもそうだろう、謝家の長男と次男は双子である。
そしてその下に妹で漣華の義姉にあたる鳳佳が居る。
今は姿が見えないが、きっと夫に当たる男と祝いに来ているのだろう。
鳳佳は去年、これまた熱烈な恋愛をして、皇族の末席に当たる東海王に嫁いだばかりだ。
上の義兄二人はまだ結婚してはいないが、すでに然るべきやんどころないところの姫君と婚約済みだ。
いずれ結婚をするだろう。
このなかで婚約者すらいないのは漣華だけ、という事になる。
礼記に求婚された今、それも時間の問題だと言えよう。
「そう言えば、お前揮将軍に求婚されたんだって?」
「その簪、かなりの上物だなあ……」
二人の義兄がそれぞれに言い、ひとりは漣華の顔を覗き込みひとりは髷に挿された簪にしげしげと見入る。
この簪は求婚の品で、婚約の証でもある。
求婚の数だけ髪には簪が挿され、お茶会や宴でその数を競う風潮もある。
その求婚者の中からより条件が良いものを選ぶのだ。
だが、今のところ漣華の髷には一本だけだ。
まだ返事を返していない以上、これからも簪の数は増える可能性は高い。
簪の意匠はさまざまだが、漣華が挿している簪に使われている鴛鴦と柘榴石の組み合わせは人気が高い。
……相手が同性であれば、通常は別の意匠にすることが多いが、これはこれで礼記の性格を表しているとも言えるだろうか。
「お前、東宮からも求婚されたって聞いたぞ」
「そうそう!大物ばっかじゃん」
二人の義兄の言葉に困惑する。
そもそも、東宮とは会ったこともないのに、何故そんな話になるのか見当もつかないのだ。
それに、謝家がそこそこの家格で代々高官を輩出する家柄とは言え、現在の謝家の当主の妻は公主である。
そう頻々と皇室と縁を結んで権力を集中させる必要もなく、ましてやそうやって一気に集中させて妬まれたり、要らぬことで腹を探られるなど面倒ごとは避けたいはずだ。
漣華は思わず、視線を下にしてしまう。
「皇室からのお話は間違いだと思うんですけれど。礼記さまについては、まだよくわからなくて」
ぽそぽそ、と口ごもるようにして話す。
礼記とは仕事の関係で知り合った仲だ。
近衛府からの無茶な注文を、下官から泣き付かれて引き受けたのが最初。
それから色々とやり取りをして、一時上司であった瑯炎が引き受けたものの、急に辞めてしまってまた漣華が引き受けた。
結局色々と揉めはしたものの、なんとか性能を発揮できる形には落ち着いたと思う。
思えば、初めて会った時から何だかちょっとおかしかったように思わなくもない。
こちらをじっと見ているかと思えばいきなり顔を背けて、なんだろうと思えば顔が赤い。
体調を崩したのかと慌てて医官を呼ぼうとすれば、それは断られて何でもないと言う。
そして、気が付いたらいつの間にか傍に居ることが多くなっているのだ。
義理の曾祖母である家刀自の祝い事が終われば、少し遠乗りにでも行こうと言う話になっている。
もしかしたら街中を一緒に散策して買い物に変更になるかもしれないが。
仲の良い友人関係に慣れるのではないかと思っていたのだが、蓋を開ければ求婚されてしまった。
同性同士での婚姻というのもままある延唐では、そう珍しい事でもない。
だが、やはり子を望めないと言う点では、異性同士の婚姻に軍配が上がる。
それは貴族や皇族ではないこともないが、異性同士の婚姻の方が圧倒的に多い。
自らの血を受け継ぐ子に自らの財産やその他もろもろを、受け継がせたいというのはどうしてもあるのだ。
子供についてはもし漣華が礼記に嫁ぐとしたら、揮家の親戚辺りから適当な子供を養子に迎えることになるだろう。
もし揮家に適当な子供が居なければ、他家から迎えて揮家の親戚の娘と娶せるということになる。
子を生すことのできない身体で嫁ぐことになると言うのは、やはり何となく抵抗があるのだ。
それなりの家に生まれた娘と夫婦になった方が、よほど幸せになれるのではないかという気持ちが心のどこかにある。
だから、素直に受け入れるには時間もかかるし、それに養父である梨桐が返事を保留としてくれたことがとてもありがたかった。
「養父上が、お返事を待っていただけるようお話をしてくださいましたから、すぐにお返事はしなくてもいいと言うのはありがたいです。もう少し考えたいので」
そう視線をさまよわせながらぽそぽそと応えを返す漣華を見て、双子は顔を見合わせる。
「お前は、嬉しくないのか?」
貴族は幼いうちに婚約が決まることも多い。
目の前に居る二人の義兄がそうだ。
漣華が謝家に引き取られた時には既に決まっていたらしい。
ここには居ない義姉もそうだったのだが、先年嫁いでいった先の皇族と恋に落ちて、先に決まっていた婚約は解消して嫁いでいった。
その際は勿論色々と相手にごねられたらしいが。
できれば自分の結婚のときはそんなことがないように願いたい、と言うのが本音だ。
目立たなくていい。
そう家格が高くなくとも、そう豊かでなくても構わない。
漣華が望むのは穏やかな人生だ。
礼記とであれば、それが叶うだろうか。
「……わからないのです」
言葉が、ぽとりとこぼれ落ちた。
漣華の心に渦巻くものが、一粒一粒そこに落ちて、溶けていく。
「自分でも、自分がわからないのです。正直なところ、好意を向けられて戸惑うところも大きいのです。けれど、嬉しいかどうかわかりません。この身体では子を生すこともできませんし、子が生せなければ養子を迎えるのでしょうけれど、愛せるのかもわかりません。もしそれで諍いの胤になったらと思うと、不安で」
胸の奥がきゅうっと押しつぶされるように痛くなる。
漣華は思わず自らの服を握りしめた。
その言葉に再び顔を見合わせて漣華の様子を見ていた双子の義兄たちは、それぞれに漣華に腕を回し、優しく撫でながら声を掛ける。
「嫌なら嫌でいいさ、もっとゆっくり決めてもいいんだから」
「そうそう。結婚ってそうそう簡単に決めるものじゃないんだから、もっとゆっくりでかまわないよ。なんなら一生俺らの傍に居ればいいんだから」
そもそも嫁にやるつもりなんかないんだ、と続けた義兄のせりふに漣華は強張っていた表情を徐々に緩める。
「ありがとう、義兄上たち」
ふたりの血はつながらないけれど思いっきり可愛がって、いつも甘やかしてくれる義兄たちの首に両腕を回して抱き寄せる。
季節は秋も深まるはずだが、そこだけが暖かく春のようでもあった。
「漣華?どうかして?」
「養母上。残念ながら、何かの間違いだと思います。私は皇上のご尊顔も東宮のご尊顔も拝したことはないですから」
養母が現役の皇族であるとはいえ、漣華を含む他の家族は皇族には含まれない。
そこにははっきりと明確な線引きがある。
養母が常に腰帯に下げている玉牌を目にしながら、ふと思う。
養母は、会ったことがあるはずだ。
「私は、まだ拝謁を賜ったことはございません」
それを聞いて目の前に座る貴婦人はふうん、と漏らした。
「漣華は、まだ会ったことがないのね?」
指先が冷えてきたのか、指先を手焙りで温めながら稜佳はつぶやく。
「あのヘタレ」
ぼそり、と次いで聞こえてきた言葉に漣華は瞬きをした。
目の前の養母から聞こえてきた気がするが、それは気のせいだろうか。
この国で最高位である皇帝の一族に属する高貴な女性。
優雅で優しく、時にお茶目で明るく楽しく。
いつもふんわりと優しく微笑んで、たまに悪戯をして困らせる。
そんな養母から、そういう下世話で蓮っ葉な言葉が出てくるわけがない。
漣華は頭をひとつ振って、その考えを追い出す。
その様子を見ていた稜佳は紅を挿した唇をニンマリと弧を描くように笑みを浮かべた。
そして、手に持った絹張りの団扇でそれを優雅に隠す。
「漣華、まだあなた梨華や桐華達にまだ会っていないでしょう?楽しみにしていたわよ。早く会いに行ってあげなさいな」
「あ、はい。でも養父上にちゃんとご挨拶申し上げてなくて」
「いいわよ、あの人は。あとでどうせ会うんですからその時で」
ぱたぱたと袖をひらめかせて、稜佳はあっさりと夫であるはずの梨桐へのあいさつなど後回しでいいと言い切る。
それに戸惑っていると、うふふと笑いを漏らした。
「相変わらず真面目で、まっすぐで純情さんね、漣華」
華奢な手でするり、と頬を撫でた。
「あなたはそのままで居てね」
そう言うと、手を振る。
下がってもいいと言う合図だ。
それに謝意を示して礼を取り、漣華はひとり庭を後にする。
稜佳は漣華を手を振って見送り、姿が見えなくなるとひとりごちるようにつぶやいた。
「皇上はともかくとして、東宮には毎日のように拝謁と言うかむしろ朝昼晩一緒にいたのにねえ」
形の良い顎に団扇のふちを当てて、首を傾げる。
「もしくは、あの子がものすっごい鈍感なのかしら?」
うーん、と悩む女主人の世話を甲斐甲斐しくしていた泰園たいえんはふふふっと笑いを漏らした。
「ああいうところ、旦那さまにそっくりだと思いますよ」
それを聞いて、稜佳はぱちぱちと目を瞬かせる。
「そお?」
「ええ」
ふたりは顔を見合わせると楽しそうに微笑んだ。
*
長い回廊を抜けて、漣華は下人に輿を停めさせた。
行く先の回廊の先に、目的の人物を見つけたからだ。
「義兄上たち!」
輿にかかる埃と日差し避けの布をはねあげて、大きく手を振ると、向うに居た人物がこちらを振り向く。
次いでともに居た人物も破顔して手を振り返してくれた。
そのまま輿を降りて、運んでくれた下人たちに礼を言って、漣華はぱたぱたと石を敷いた回廊を走っていく。
そしてそのまま正面に居たがっちりとした体型の若い男に飛びついた。
「梨華義兄上!桐華義兄上!おひさしぶりです!」
破顔してそのままぎゅーっと抱きしめると、梨華と呼ばれた男は困ったような表情を浮かべながらも漣華を抱きしめ、いまひとり桐華と呼ばれた男は漣華の頭を髷を崩さないようにそっと撫ぜた。
ひとしきりまた相手を変えて抱きしめあい、交流を深めてから離れると漣華はえへへ、と笑う。
それにつられてふたりとも笑顔を返してやった。
漣華が義兄、と呼んだふたりはそっくりな顔をしている。
それもそうだろう、謝家の長男と次男は双子である。
そしてその下に妹で漣華の義姉にあたる鳳佳が居る。
今は姿が見えないが、きっと夫に当たる男と祝いに来ているのだろう。
鳳佳は去年、これまた熱烈な恋愛をして、皇族の末席に当たる東海王に嫁いだばかりだ。
上の義兄二人はまだ結婚してはいないが、すでに然るべきやんどころないところの姫君と婚約済みだ。
いずれ結婚をするだろう。
このなかで婚約者すらいないのは漣華だけ、という事になる。
礼記に求婚された今、それも時間の問題だと言えよう。
「そう言えば、お前揮将軍に求婚されたんだって?」
「その簪、かなりの上物だなあ……」
二人の義兄がそれぞれに言い、ひとりは漣華の顔を覗き込みひとりは髷に挿された簪にしげしげと見入る。
この簪は求婚の品で、婚約の証でもある。
求婚の数だけ髪には簪が挿され、お茶会や宴でその数を競う風潮もある。
その求婚者の中からより条件が良いものを選ぶのだ。
だが、今のところ漣華の髷には一本だけだ。
まだ返事を返していない以上、これからも簪の数は増える可能性は高い。
簪の意匠はさまざまだが、漣華が挿している簪に使われている鴛鴦と柘榴石の組み合わせは人気が高い。
……相手が同性であれば、通常は別の意匠にすることが多いが、これはこれで礼記の性格を表しているとも言えるだろうか。
「お前、東宮からも求婚されたって聞いたぞ」
「そうそう!大物ばっかじゃん」
二人の義兄の言葉に困惑する。
そもそも、東宮とは会ったこともないのに、何故そんな話になるのか見当もつかないのだ。
それに、謝家がそこそこの家格で代々高官を輩出する家柄とは言え、現在の謝家の当主の妻は公主である。
そう頻々と皇室と縁を結んで権力を集中させる必要もなく、ましてやそうやって一気に集中させて妬まれたり、要らぬことで腹を探られるなど面倒ごとは避けたいはずだ。
漣華は思わず、視線を下にしてしまう。
「皇室からのお話は間違いだと思うんですけれど。礼記さまについては、まだよくわからなくて」
ぽそぽそ、と口ごもるようにして話す。
礼記とは仕事の関係で知り合った仲だ。
近衛府からの無茶な注文を、下官から泣き付かれて引き受けたのが最初。
それから色々とやり取りをして、一時上司であった瑯炎が引き受けたものの、急に辞めてしまってまた漣華が引き受けた。
結局色々と揉めはしたものの、なんとか性能を発揮できる形には落ち着いたと思う。
思えば、初めて会った時から何だかちょっとおかしかったように思わなくもない。
こちらをじっと見ているかと思えばいきなり顔を背けて、なんだろうと思えば顔が赤い。
体調を崩したのかと慌てて医官を呼ぼうとすれば、それは断られて何でもないと言う。
そして、気が付いたらいつの間にか傍に居ることが多くなっているのだ。
義理の曾祖母である家刀自の祝い事が終われば、少し遠乗りにでも行こうと言う話になっている。
もしかしたら街中を一緒に散策して買い物に変更になるかもしれないが。
仲の良い友人関係に慣れるのではないかと思っていたのだが、蓋を開ければ求婚されてしまった。
同性同士での婚姻というのもままある延唐では、そう珍しい事でもない。
だが、やはり子を望めないと言う点では、異性同士の婚姻に軍配が上がる。
それは貴族や皇族ではないこともないが、異性同士の婚姻の方が圧倒的に多い。
自らの血を受け継ぐ子に自らの財産やその他もろもろを、受け継がせたいというのはどうしてもあるのだ。
子供についてはもし漣華が礼記に嫁ぐとしたら、揮家の親戚辺りから適当な子供を養子に迎えることになるだろう。
もし揮家に適当な子供が居なければ、他家から迎えて揮家の親戚の娘と娶せるということになる。
子を生すことのできない身体で嫁ぐことになると言うのは、やはり何となく抵抗があるのだ。
それなりの家に生まれた娘と夫婦になった方が、よほど幸せになれるのではないかという気持ちが心のどこかにある。
だから、素直に受け入れるには時間もかかるし、それに養父である梨桐が返事を保留としてくれたことがとてもありがたかった。
「養父上が、お返事を待っていただけるようお話をしてくださいましたから、すぐにお返事はしなくてもいいと言うのはありがたいです。もう少し考えたいので」
そう視線をさまよわせながらぽそぽそと応えを返す漣華を見て、双子は顔を見合わせる。
「お前は、嬉しくないのか?」
貴族は幼いうちに婚約が決まることも多い。
目の前に居る二人の義兄がそうだ。
漣華が謝家に引き取られた時には既に決まっていたらしい。
ここには居ない義姉もそうだったのだが、先年嫁いでいった先の皇族と恋に落ちて、先に決まっていた婚約は解消して嫁いでいった。
その際は勿論色々と相手にごねられたらしいが。
できれば自分の結婚のときはそんなことがないように願いたい、と言うのが本音だ。
目立たなくていい。
そう家格が高くなくとも、そう豊かでなくても構わない。
漣華が望むのは穏やかな人生だ。
礼記とであれば、それが叶うだろうか。
「……わからないのです」
言葉が、ぽとりとこぼれ落ちた。
漣華の心に渦巻くものが、一粒一粒そこに落ちて、溶けていく。
「自分でも、自分がわからないのです。正直なところ、好意を向けられて戸惑うところも大きいのです。けれど、嬉しいかどうかわかりません。この身体では子を生すこともできませんし、子が生せなければ養子を迎えるのでしょうけれど、愛せるのかもわかりません。もしそれで諍いの胤になったらと思うと、不安で」
胸の奥がきゅうっと押しつぶされるように痛くなる。
漣華は思わず自らの服を握りしめた。
その言葉に再び顔を見合わせて漣華の様子を見ていた双子の義兄たちは、それぞれに漣華に腕を回し、優しく撫でながら声を掛ける。
「嫌なら嫌でいいさ、もっとゆっくり決めてもいいんだから」
「そうそう。結婚ってそうそう簡単に決めるものじゃないんだから、もっとゆっくりでかまわないよ。なんなら一生俺らの傍に居ればいいんだから」
そもそも嫁にやるつもりなんかないんだ、と続けた義兄のせりふに漣華は強張っていた表情を徐々に緩める。
「ありがとう、義兄上たち」
ふたりの血はつながらないけれど思いっきり可愛がって、いつも甘やかしてくれる義兄たちの首に両腕を回して抱き寄せる。
季節は秋も深まるはずだが、そこだけが暖かく春のようでもあった。
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