【完結】現実は甘くない

通木遼平

文字の大きさ
上 下
9 / 9

最終話

しおりを挟む



「ライナスくん」

 どこに向かっているのかわからないままモニカは小走りに大股で歩くライナスの後ろを追いかけて行った。テラスから随分と離れた人けのない廊下でさすがに息苦しくなりライナスの名前を呼べば、立ち止まった彼は振り返って自分がモニカの腕をつかんだままなこと、モニカの歩幅が自分の歩幅とだいぶ違うことに気づいたのか申し訳なさそうな顔をした。

「すまない……」
「う、ううん……大丈夫。でも、その……よかったの?」
「何がだ?」
「あの子……ライナスくんのこと……」
「俺はモニカと――いや、名前も知らないのに、好意を持たれても正直迷惑だ」

 心臓を深々と突き刺されたような気持ちだった。一年生の時の自分は、やっぱり迷惑だったのか……。ショックを受けたのが顔に出てしまったのか、ライナスはハッとしてそれから視線を斜め下へとそらした。

「いや、そうじゃないな……」
「えっ?」
「相手にも、よる」

 明るいグリーンの瞳が今までになく真剣にモニカを見つめた。

 さっき傷ついた心臓は現金なものでもうその痛みを放り出し、代わりに落ち着きなく揺れ動いていた。

「……モニカこそ、迷惑じゃないのか? 俺のこんな……今日、同じグループのやつと仲がよさそうだったし……」

 思わず口が開いてしまった。ライナスが何度か救護テントに来ていたことは知っていたが、まさか見られているとは思わなかった。

「仲はいいと思うけど、そういうのじゃないよ」

 頬が熱い。不満そうなライナスの表情がうれしかった。

「今日だって、実習中は治療のことしか話さなかったし……」
「だけどうれしそうにしてただろう?」

 どこまで細かく見ていてくれたのだろう?

「それは――たぶん、ノートをほめられた時だと思う」

 見上げたライナスの緑色の瞳は、まだ真っ直ぐモニカに向けられている。

「わたし、他に好きな人なんていないよ」
「えっ――?」

 ぽかんとした次の瞬間、ライナスの耳が彼の髪の色と同じ色になるのが見えた。そのことになんだか首元が熱くなり、モニカもそっと視線をそらした。

「……俺も、他に気になるヤツなんていない」

 そう言ったライナスが、どんな顔をしているかモニカにはわからなかった。

「今度、自主訓練につき合ってくれないか?」

 話題を変えるように、ライナスは言った。

「自主訓練に?」
「時間が空いた時でいいんだ――見学で……俺がもしケガをしたら治療して欲しい」

 そっと視線を上げると、ライナスの耳はまだほんのりと赤く染まっていた。

「今日、一度もモニカのグループにあたらなかったから……」

 「残念で」とそうぼそりとつぶやいたライナスに、モニカは笑みをこぼした。

「うん、いいよ。わたしも、ライナスくんの治療にあたらなくて、残念だなって思ってたから」

 うれしそうに笑うライナスの顔に、モニカは目を細めた。人けのない廊下には夕日が差し込んでいる。こうして二人で向き合ってこんな風に話す場面はゲームに存在していなかった。でももう前世も乙女ゲームも気にする必要はない――告白のタイミングだって、ゲームと違って卒業の時じゃなくなるかもしれない。前世のゲームの世界でも、モニカには現実なのだから。

 ゲームにはなかったちょっとした約束をしながら、モニカは心からそう思った。きっとこれからもライナスとはモニカの記憶にない日々を少しずつ重ねていくのだ。


しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

婚約破棄はいいですが、あなた学院に届け出てる仕事と違いませんか?

来住野つかさ
恋愛
侯爵令嬢オリヴィア・マルティネスの現在の状況を端的に表すならば、絶体絶命と言える。何故なら今は王立学院卒業式の記念パーティの真っ最中。華々しいこの催しの中で、婚約者のシェルドン第三王子殿下に婚約破棄と断罪を言い渡されているからだ。 パン屋で働く苦学生・平民のミナを隣において、シェルドン殿下と側近候補達に断罪される段になって、オリヴィアは先手を打つ。「ミナさん、あなた学院に提出している『就業許可申請書』に書いた勤務内容に偽りがありますわよね?」―― よくある婚約破棄ものです。R15は保険です。あからさまな表現はないはずです。 ※この作品は『カクヨム』『小説家になろう』にも掲載しています。

距離を置きましょう? やったー喜んで! 物理的にですけど、良いですよね?

hazuki.mikado
恋愛
婚約者が私と距離を置きたいらしい。 待ってましたッ! 喜んで! なんなら物理的な距離でも良いですよ? 乗り気じゃない婚約をヒロインに押し付けて逃げる気満々の公爵令嬢は悪役令嬢でしかも転生者。  あれ? どうしてこうなった?  頑張って断罪劇から逃げたつもりだったけど、先に待ち構えていた隣りの家のお兄さんにあっさり捕まってでろでろに溺愛されちゃう中身アラサー女子のお話し。 ××× 取扱説明事項〜▲▲▲ 作者は誤字脱字変換ミスと投稿ミスを繰り返すという老眼鏡とハズキルーペが手放せない(老)人です(~ ̄³ ̄)~マジでミスをやらかしますが生暖かく見守って頂けると有り難いです(_ _)お気に入り登録や感想、動く栞、以前は無かった♡機能。そして有り難いことに動画の視聴。ついでに誤字脱字報告という皆様の愛(老人介護)がモチベアップの燃料です(人*´∀`)。*゜+ 皆様の愛を真摯に受け止めております(_ _)←多分。 9/18 HOT女性1位獲得シマシタ。応援ありがとうございますッヽ⁠(⁠*゚⁠ー゚⁠*⁠)⁠ノ

その国外追放、謹んでお受けします。悪役令嬢らしく退場して見せましょう。

ユズ
恋愛
乙女ゲームの世界に転生し、悪役令嬢になってしまったメリンダ。しかもその乙女ゲーム、少し変わっていて?断罪される運命を変えようとするも失敗。卒業パーティーで冤罪を着せられ国外追放を言い渡される。それでも、やっぱり想い人の前では美しくありたい! …確かにそうは思ったけど、こんな展開は知らないのですが!? *小説家になろう様でも投稿しています

【完結】あなたに従う必要がないのに、命令なんて聞くわけないでしょう。当然でしょう?

チカフジ ユキ
恋愛
伯爵令嬢のアメルは、公爵令嬢である従姉のリディアに使用人のように扱われていた。 そんなアメルは、様々な理由から十五の頃に海を挟んだ大国アーバント帝国へ留学する。 約一年後、リディアから離れ友人にも恵まれ日々を暮らしていたそこに、従姉が留学してくると知る。 しかし、アメルは以前とは違いリディアに対して毅然と立ち向かう。 もう、リディアに従う必要がどこにもなかったから。 リディアは知らなかった。 自分の立場が自国でどうなっているのかを。

悪妻と噂の彼女は、前世を思い出したら吹っ切れた

下菊みこと
恋愛
自分のために生きると決めたら早かった。 小説家になろう様でも投稿しています。

お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

白い結婚はそちらが言い出したことですわ

来住野つかさ
恋愛
サリーは怒っていた。今日は幼馴染で喧嘩ばかりのスコットとの結婚式だったが、あろうことかバーティでスコットの友人たちが「白い結婚にするって言ってたよな?」「奥さんのこと色気ないとかさ」と騒ぎながら話している。スコットがその気なら喧嘩買うわよ! 白い結婚上等よ! 許せん! これから舌戦だ!!

魅了アイテムを使ったヒロインの末路

クラッベ
恋愛
乙女ゲームの世界に主人公として転生したのはいいものの、何故か問題を起こさない悪役令嬢にヤキモキする日々を送っているヒロイン。 何をやっても振り向いてくれない攻略対象達に、ついにヒロインは課金アイテムである「魅惑のコロン」に手を出して…

処理中です...