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第八話
しおりを挟むテラス席に吹くやわらかな風は二人の間の空気を吹き飛ばしてはくれない。
目の前に広げられたノートには今日の実習でつけた記録が載っていて、モニカはティナとそれをまとめているところだった。最終的にはレポートにして提出する課題だ。締め切りは数日先だが実習を受けてすぐに手を付けた方が記憶も鮮明でやりやすいと思ったのだ。
課題をやりながらモニカはティナが最近はほとんど話題にしていなかったライナスのことを口にしたのを――きっと今まで何度も話題にしたかったのだろう――きっかけに、さりげなく同じグループのブルーの瞳の彼女がライナスのことを好きなのかをたずねた。
ティナは気まずそうにしながらも肯定し、気を遣ってくれたのかモニカの方がライナスと仲がいいと言ってくれはしたが、モニカの頭の中にはどうしてもあの前世でやったゲームのことが思い出されてどうしようもない気持ちになった。
でもティナに前世のことやゲームのことを話せるはずもなく、「でもあの子の方がかわいいし……」と口からこぼすことしかできなかった。成績もいいし、友だちも多い。あんな子に好意を寄せられたら、さすがにライナスだって悪い気はしないだろう。
もし、あの子がゲームの主人公ならなおさらだ。
「今日はお疲れさま」
沈黙に耐えられず、モニカはとりあえずそう声をかけた。「ああ」と返事をしたライナスは彼らしくなくどこか落ち着きのない雰囲気をまとっている。
「えっと……何か、わたしに用だった?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
でも何か言いたそうな顔をしている。モニカは広げていたノートを片づけて、ライナスを見つめた。どこか不機嫌なのに気まずそうな、申し訳なさそうな色をたたえたライナスの明るい緑色の瞳がモニカを映している。
何度かためらった後、意を決して口を開いたライナスの声は、しかしモニカを呼ぶ明るい華やかな声によって遮られることなった。
軽い足取りで駆け寄ってくる彼女の栗色の髪がふわふわと揺れている。その明るいブルーの瞳がライナスをとらえると、頬がぱっとバラ色に染まった。
「ラ、ライナスくん! 今日はお疲れさま。ライナスくん、すごくかっこよかった」
にっこりと笑ってそういう彼女は恋する女の子の顔をしていて、これ以上にないくらい愛らしい。一方で、ライナスは「ああ」とか「ありがとう」とか簡単な返事はするものの、どこか困惑したような視線を彼女に向けていた。
「えっと……どうしたの? 何か用事だったんじゃ……?」
「あ、そうなの。ティナを捜してたんだけど知らない?」
「さっきまで一緒にいたんだけどどこにいるかまでは……」
「そっかぁ……モニカとレポートするのは聞いてたから一緒にいると思ったんだけど」
「ごめんね」
「ううん、気にしないで」
そう言いながらも彼女はライナスに何か話したそうな顔をしていた。それでも話題が見つからないのだろう。立ち去ることもできずその場に留まる彼女にしびれを切らしたのはライナスだった。
「モニカ、そろそろ行こう」
「えっ?」
立ち上がったライナスはモニカの荷物とモニカの腕をごく自然な動作で手に取ると、すぐに歩きはじめてしまった。ぽかんとするブルーの瞳の彼女を置いて。「またね」と焦って告げたモニカの声に反応はしてくれたから大丈夫だと思うが、ちょっと失礼な態度になっていないだろうか?
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