【完結】現実は甘くない

通木遼平

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第六話

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 三年生になると進路にあったコースの選択科目を受けるのが中心になる。希望通り、モニカは治癒師のコースへと進むことができた。ティナも一緒だ。魔法騎士のコースに進んだライナスとはほとんど接点がなくなるかと思ったが、あの日以来、食堂や廊下ですれ違えばあいさつや多少の会話をするようになっていた。

 それだけと言えばそれだけだが、モニカは十分に満足だった。毎日が充実していて、前世を含めて今がきっと一番楽しいと思う。ライナスへの気持ちは募るばかりだが、この距離感を崩したくなくて、モニカはこの頃ティナにもライナスの話をしなくなっていた。

 ゲームのことはもう気にしていないがきっかけではあるので、卒業する時にライナスに告白できたらと思う。



「今度、魔法騎士コースとの合同実習が行われます」

 治癒師コースの授業の一つで、ある日教師からそう告げられてモニカはすぐにライナスの顔を思い浮かべた。ぱちりと瞬きを一つして思考を授業へと戻すと、ちょうど前の席からプリントが渡された。
 あちらの実技訓練の授業に参加し、負傷者の治療を実際にやってみるとのことだ。実技訓練はどんなに注意していてもいつも全員がそれなりに負傷するので、どうせならと数年前からこの合同実習が行われるようになったらしい。
 もちろんこちらもまだ生徒の身なので教師や外部から治癒師を数名講師として呼び、指導を受けながらの治療になる。合同実習までは治癒魔法のおさらいや、実習で使う魔法薬の作成を行って準備をするらしい。

 実習は五人グループで行い、モニカはティナと同じグループになった。後はティナと仲がいい女子と、男子が二人いる。実習までの準備もグループで行うため、自然と仲間意識が芽生えていった。

 当日は晴天で、会場は運動場だ。治癒師のコースと違って魔法騎士のコースは少しだけ女子より男子の方が人数が多かったが、それでもモニカが最初に見つけたのはライナスだった。三年生になってから彼はますます精悍になったと思う――「ライナスくん、かっこいい……」と声が漏れるのが聞こえ、モニカは一瞬自分が言ってしまったのかと焦ってしまった。

 つぶやいたのは同じグループの、栗色のやわらかそうな髪にブルーの瞳が印象的な女の子だった。ティナと仲がよく、ティナと同じくらいかわいらしい顔立ちをしている。

 心臓が嫌な音を立てるのが聞こえ、表情を強ばらせながらティナは彼女の方を見ないようにうつむいた。ライナスはかっこいいし、モテる。誰かが彼に告白した噂を何度か聞いたこともある。でもこんな身近に彼に好意を持っている存在がいたことはなかった――彼女はただ「かっこいい」とつぶやいただけでなく、その鮮やかなブルーの瞳は確実にライナスへの恋心が浮かんでいた。



 ゲームのスチルに写っていた主人公の後ろ姿が茶色の髪だったことを唐突に思い出した。



 ティナは主人公の友人だったから彼女と仲がいい子の中に主人公がいてもおかしくないと前々から思っていた。でも、もしかして彼女が……? いざこうしてその可能性を目の前に突きつけられると、どこか見知らぬ土地に置き去りにされたような、急に足元の地面が抜け落ちたような感覚になる。

「モニカ」

 足の裏に地面の感覚が唐突に戻ってきた。

 ゆるゆると顔を上げるといつもと変わらない表情のライナスが立っていた。モニカの表情の暗さに気づいたからか、「どうかしたのか?」と心配そうにたずねてくれた。

「体調が悪いのか?」
「ううん、ちょっと緊張して……」

 背中に視線が突き刺さるのを感じる。きっとあのブルーの視線だ。

「いつもがんばってるんだ。モニカなら大丈夫だ」
「ライナスくん……ありがとう」
「今日はよろしく頼む」
「うん、ライナスくんもがんばって――あんまり大きなケガはしないようにね」
「そこは普通にケガしないようにじゃないのか?」
「それじゃあわたしたちの実習ができなくなるし」

 視線はまだ突き刺さったままだが、それでもモニカは自然と笑顔を浮かべることができた。ライナスが困ったように笑ったのを見て、なんとなく肩の力が抜けたからだ。今はただ、実習のことを考えよう。


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