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第三話

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 私がまだ王太子だった頃、多くの貴族が自分の家の娘を私の妃にすることを望んでいました。この国ではあまり幼い頃に婚約者を決めるということがありません。私の祖父母が若かった頃に政略的な都合で幼い頃から決まっていた婚約が突然解消になったり婚約者がすげ変わったり――そういったことがあって、少々問題になったのです。
 王家も他人事ではなく、私の父である先王や私は幼い頃に同年代の令嬢と接する機会は設けても婚約はせず様子を見ながら十代の半ばまで過ごしました。十代の半ばを過ぎるとさすがにそろそろ婚約者を選ぶべきだという話が出ます。
 特に私はその頃に父が大きな病気をして……幸い良くはなりましたが、少し後遺症のようなものがあり……いえ、普段は何の問題もないのです。今も元気に過ごしていますよ。しかし当時は弱気だったのでしょう。私にできるだけ早く後を継いで欲しいと口癖のように言っていました。それで、婚約者を選ぶように急かされたのです。

 私は両親や重臣たちと相談し、何人か候補者を選定しました。その中の一人が彼女だったのです。

 彼女――ツェツィーリアは、候補者の令嬢の中では……正直、パッとしない令嬢でした。他の令嬢たちが自身の容姿に自信を持っているような方々だったから余計にそう思ったのでしょう。今思えば、当時の私は目がおかしかったとしか思えませんが。
 もちろん、どの令嬢も見た目だけでなく知性もあり、私の妃として共にこの国を支えていくのに充分な能力を持っていました。私は――私は、その時、実のところ誰が妻になっても同じだと思っていました。最悪、周りが決めてくれればいいと……もちろん、生涯を共にするのですから誰が選ばれても尊敬の気持ちをもって接しようと決めてはいました。
 私は彼女たちと一対一で会い、よく話をし、彼女たちがどういう人なのか知ろうと努めました。彼女たちも同じでした。ツェツィーリアを除いては……。

 最初に会った時、ツェツィーリアは私にはあまり興味がないようでした。私の方もそこまで彼女に興味を抱けなかったのですが、彼女の方はそれを少しも隠そうとしていなかったのです。自惚れのように思われるかもしれませんが、そんな態度を取る女性に会ったのははじめてで、私は純粋に驚きました。同時に、彼女に少し興味を持ちました。
 彼女の家は古くから王家を支えてくれた忠臣で、領地とこの国が穏やかであればいいというような権力とは無縁の家だったのも理由の一つかもしれません。王家に嫁ぐなんて考えもしないような家なのです。候補者に選んでもすぐに辞退しそうな――いえ、辞退することは許していました。実際、そうした家もあります。内々に婚約が決まりそうだったとか万が一妃に選ばれてもその務めを果たせる自信がないとか理由はいろいろですが……。
 私は彼女が候補者になることを選んだ理由が知りたいと思い、率直に理由をたずねました。ツェツィーリアは普段からよく領地にある孤児院で読み書きを教える手伝いをしているのだと話しました。これは我が国全土で行われていることですが、金銭的に余裕がない家の子どもでも読み書きくらいはできるように授業料のかかる学校ではなく孤児院や教会で無償で子どもたちに教えているのです。
 ところが彼女の話だと、家の事情で自身が働きに出なければならない子どもは、その子こそ読み書きくらいできた方がいいに違いないのに、働く時間が減るからとそういう場には現われないというのです。

 そう、彼女が候補者になったのはもし妃になればその問題の解決に乗り出せるのではないかと考えたからだったのです。もちろん、彼女の両親もそのことを了承済みでした。もし選ばれなくても、その話を私にすることで何か対策をとってくれるのではないかと彼女は考えていました。
 私は彼女の話に――いえ、彼女自身に興味を持って、その後視察と称して彼女が読み書きを教えている孤児院へと赴きました。

 ツェツィーリアは……ツェツィーリアは、私と会った時の興味がなさそうな顔からは想像もできないような温かい笑顔で子どもたちと接し、やさしく読み書きを教えていました。私は彼女から目が離せませんでした。孤児院の日当たりのいい部屋で、子どもたちに囲まれて子どもたちの好きな物語をひとことずつ書き取りさせているツェツィーリアのやさしい声も教わった文字がうまく書けない子の手を取って一緒に書いてあげる時のしぐさも何もかもが愛らしく思え、その瞬間、彼女ほど美しい人はいないと思ったのです。

 視察を終えて私は彼女が気づいた問題の解決に取り組むことを約束しました。その結果が騎士学校に新しく作った学科になるのですが――ええ、そうです。騎士学校に通う生徒は見習いとして騎士団に所属し、騎士団での雑務を行って給金をもらうのですがそれを応用したのです。いずれは独立した学校にするつもりですよ。もちろん、視察をご希望でしたら予定を立てましょう。

 それで、話を戻しますが――この件の解決を約束すると同時に私はツェツィーリアに私の妃になって欲しいと告げました。ツェツィーリアは……彼女は……「無理です」と……私がこの件の解決を約束した時点で、彼女にとって候補者でいる理由はなくなってしまったのです……しかしあきらめきれず、私は彼女を婚約者とし、婚姻を迫ったのです。
 ツェツィーリアは私を嫌う、まではいかなくとも随分とあきれた様子を見せていました。もっとも一度は候補者になった以上、選ばれれば受け入れないといけないとは思っていたようです。無理だと言ったのは、私の申し出がかなり唐突だったせいでついうっかり口を滑らしたのでしょう……結婚してすぐは彼女はどこかよそよそしかったのは事実です。それでも私は常に彼女を愛し、尊重し、誠実に接してきました。
 私たちはどちらかというと仕事仲間だったのかもしれません。しかしそうして過ごす内に、彼女も私を大切に想ってくれるようになりました。今では多くの国民が私たちのことを理想の夫婦だと言ってくれています」


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