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――そう思っていたのに。
発情期も収まって数日後。乱暴に扱われて、好き勝手セックスするくらいが丁度いい、と思っていたはずなのに、あの男がやってきて、僕の頭は少しばかりぼんやりとしてしまった。
このままでは駄目だ。
「いいか、そこからこっちに入ってくるなよ。絶対だからな」
僕はタオルで境界線を引き、部屋の壁際に立つ。男は入り口付近へ椅子を引きずって持っていき、座ったまま。
あの男は少し困ったような表情を見せたが、断固として近くに来させるわけにはいかないのだ。
一応、『客』として男はここに来ているから、男が「抱きたい」と言えば僕に拒否権はない。これでも僕はペット人間だから。
結局、僕は『人権』のないペット。
でも、そうやって無理やり迫ったところで、僕が首を縦に振ることがなければ、僕の感情も手に入らないと男は分かっているのかもしれない。
「――……」
折角来たのに、男は黙ったまま、こちらの様子をうかがっている。ちらちらと数度こちらを見た後、「もう大丈夫なのか」と聞いてきた。
「発情期のこと? もう大丈夫」
「そ、そっか……」
それだけ言うと男は黙った。
会話下手か? こいつ。
仕方がないから僕がリードしてやろう、と思ったところで――僕自身も、何か話題があるわけじゃないことに気が付いた。
この世界のことについて聞きたいことはたくさんある。ここの店主に拾われてから、店の片隅でぼんやりと客の様子を見てなんとなく察する情報はあれど、ちゃんとした知識があるわけじゃない。
でも、それは質疑応答であって、会話ではないのだ。僕が一方的に男に話を聞くだけ。
なんでこの男にそこまで僕が気を使わなきゃならんのだ、という気持ちがないわけじゃないけど……こいつより下手な会話を持ちかけるのは負けた気になるのだ。なんの勝負だって話だが。
――でも、僕は気が付いてしまったのだ。
いつも最終目的がセックスの、上っ面だけの浅い会話ばかり他人としてきたものだから、普通の雑談をどうやってやるのか分からない、ということに。
アルファ相手に「手を出さないでね」と言ったって、それは結局そう言う『プレイ』でしかなくて、本当に手を出してこない相手はこの男が初めてなのである。
「……なあ、あんた、名前は」
どのみち、名前を知らないことには、質疑応答だろうが雑談だろうが、話しにくいことに変わりはない。
そう思って、聞いただけなのに。
「――ッ、シディオン!」
自分のことに興味を持ってもらえて嬉しい、とでも言わんばかりの満面の笑みを向けられて、僕は次の言葉に詰まってしまった。
発情期も収まって数日後。乱暴に扱われて、好き勝手セックスするくらいが丁度いい、と思っていたはずなのに、あの男がやってきて、僕の頭は少しばかりぼんやりとしてしまった。
このままでは駄目だ。
「いいか、そこからこっちに入ってくるなよ。絶対だからな」
僕はタオルで境界線を引き、部屋の壁際に立つ。男は入り口付近へ椅子を引きずって持っていき、座ったまま。
あの男は少し困ったような表情を見せたが、断固として近くに来させるわけにはいかないのだ。
一応、『客』として男はここに来ているから、男が「抱きたい」と言えば僕に拒否権はない。これでも僕はペット人間だから。
結局、僕は『人権』のないペット。
でも、そうやって無理やり迫ったところで、僕が首を縦に振ることがなければ、僕の感情も手に入らないと男は分かっているのかもしれない。
「――……」
折角来たのに、男は黙ったまま、こちらの様子をうかがっている。ちらちらと数度こちらを見た後、「もう大丈夫なのか」と聞いてきた。
「発情期のこと? もう大丈夫」
「そ、そっか……」
それだけ言うと男は黙った。
会話下手か? こいつ。
仕方がないから僕がリードしてやろう、と思ったところで――僕自身も、何か話題があるわけじゃないことに気が付いた。
この世界のことについて聞きたいことはたくさんある。ここの店主に拾われてから、店の片隅でぼんやりと客の様子を見てなんとなく察する情報はあれど、ちゃんとした知識があるわけじゃない。
でも、それは質疑応答であって、会話ではないのだ。僕が一方的に男に話を聞くだけ。
なんでこの男にそこまで僕が気を使わなきゃならんのだ、という気持ちがないわけじゃないけど……こいつより下手な会話を持ちかけるのは負けた気になるのだ。なんの勝負だって話だが。
――でも、僕は気が付いてしまったのだ。
いつも最終目的がセックスの、上っ面だけの浅い会話ばかり他人としてきたものだから、普通の雑談をどうやってやるのか分からない、ということに。
アルファ相手に「手を出さないでね」と言ったって、それは結局そう言う『プレイ』でしかなくて、本当に手を出してこない相手はこの男が初めてなのである。
「……なあ、あんた、名前は」
どのみち、名前を知らないことには、質疑応答だろうが雑談だろうが、話しにくいことに変わりはない。
そう思って、聞いただけなのに。
「――ッ、シディオン!」
自分のことに興味を持ってもらえて嬉しい、とでも言わんばかりの満面の笑みを向けられて、僕は次の言葉に詰まってしまった。
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