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24 残り六万七千二百二十一円(3)

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「――!」

 名前を呼ばれて、びく、と肩が跳ねた。目の前にはデスクトップのパソコンとキーボード。あれ、いつの間に居眠りしてしまったんだ?

「お前、しっかりしろよな。まったく、これだからオメガは……。ほら、これ、来週の月曜日までに頼むよ」

「え……」

 バサッと紙の束を机の上に置かれる。デスクトップの左下には、今日の日付と今の時間が表示されている。木曜日の午後四時半過ぎ。ちなみに定時は午後五時なので、あと三十分、のはずだった。
 まだ今日の仕事も、明日提出の書類も終わっていない。夜中まで残業するか、休日出勤をするか、それとも、その両方か。

 とにかく、今日の仕事を片付けたら考えようか。ああ、今日も定時に終わらない。最後に定時で帰ったのはいつだったっけ。
 カタカタと指先を動かしてキーボードを叩くが、どうにも文字がぼやけて見える。文字が記入されているのかされていないのか、よくわからない。ただ漠然と、仕事が進まない焦りだけが、僕を支配していた。

 ――と。

「あーあ、大変だ。ほら、少し手伝ってあげるよ」

 そう言って僕の机の上に載っていた紙の山から、いくつかの書類を奪っていくのは『男』だった。……男? いや、同僚に、その呼び方はおかしくないか。だって、名前くらい知って――いや、なんだったっけ?
 名前を思い出そうと頭の中で考えている僕に、「折角の週末、遊びにいけなくなっちゃうよ」と男が耳打ちしてきた。遊びに? なんで?

「ほら、――に行くって言ってただろ?」

 男の言った場所が上手く聞き取れない。でも、そこは確か遊びに行くんじゃなくて――遊びに行くんじゃなくて? 何をしに行くんだったっけ?
 ぼやけた思考がまとまるような、その逆に、ついさっき考えていたことも忘れてしまうような、ふわふわした不思議な感覚。

 ――まるで夢から覚める直前のような。

「ああ、でも、そろそろ発情期だっけ?」

 男がつつ、と僕のうなじを撫でた。

「家にいた方がいいかな」

 うっとりと、男が僕を見てくる。仕事場だろ、と言いたくなったその瞬間、あ、違う、と決定的に僕は気が付く。
 男がまだ何か喋っているが、もう、それは音にすらならない。ただ喋っているという映像が見えるだけだ。

 男は僕の同僚じゃないし、そもそも仕事はもう辞めた。

 何より、僕は男の番じゃない。

 これは全部夢だ。

 肩を揺さぶられる感覚がある。上司に叩き起こされるわけじゃない。

「――ねえ、シャワー、君の番だよ。起きなくていいの?」

 現実へと呼び戻す、『男』の声が聞こえた。
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